第390話 ツリードラゴン対策

 その後も講習は続き、由香里は病理学が専門の加山教官から多くの知識を学んだ。友人となった妃奈には、グリムとカリナが書いた『生活魔法教本』をプレゼントすると約束する。


 充実感を感じた講習を終えて、由香里は渋紙市に戻った。久しぶりに冒険者ギルドへ行くと、グリムたちの邪神討伐が話題になっている。


 由香里は受付にマリアの姿を見付けて話を聞いた。

「あれっ、新聞を読んでいないんですか?」

「講習の課題をクリアするのが精一杯。新聞なんて読む暇なかったの」


「グリム先生とアリサちゃんと千佳ちゃんが、鳴神ダンジョン十三層に封印されていた邪神チィトカアを倒したの。凄い評判になっているのよ」


「邪神って、何なの?」

 由香里が首を傾げる。マリアはワーベアの街を発見したところから詳しく説明した。

「へえー、凄い。二人から話を聞かなくちゃ」


 由香里はアリサと千佳ばかりではなく、天音やグリムにも連絡して会う事にした。場所はグリムの屋敷である。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 久々にアリサたち四人が集まった。由香里が俺に視線を向ける。

「邪神討伐、おめでとうございます。凄い評判になっていますよ。新聞にも載っていました」


 由香里は実家で新聞を調べて、邪神討伐の記事が載っているのを見付けたのだ。

「あたしも一緒に行けば良かった」

 天音が後悔しながら言う。由香里も同意するように頷く。


「由香里は医療魔法士の講習で、天音は『フォーストブレーキ』を教授たちと共同研究していたんでしょ。将来に関わる重要な事じゃない」

 アリサが指摘するように言うと、二人は認めた。


「そうだけど、魔法レベルも上がったんじゃないの?」

 天音が質問した。

「まあね。邪神を倒したんだもの」


 俺とアリサ、千佳は邪神討伐の様子を二人に詳しく話した。それを聞いた天音が千佳のタトゥーに視線を向ける。


「へえー、千佳とアリサがホバーキャノンでトドメを刺したの。しかも千佳が転送ゲートキーを手に入れたのか……やっぱり参加したかったな」


 アリサと千佳が顔を見合わせて笑った。

「天音や由香里も、収穫があったんでしょ?」

 二人は頷いた。天音は『フォーストブレーキ』を応用した魔導技術を魔導特許として魔法庁に登録できたらしい。その魔導技術は乗り物の緊急ブレーキとして活用すると応用範囲が広いようだ。


 由香里は後一回の講習を受ければ、医療魔法士の資格を取れそうだという。俺は医療魔法士が診断に使う『ボディスキャン』について興味を持った。


「使う人によって、結果が違うのはどうしてなんだ?」

 人によって見落としが有るという事が気になって俺は質問した。

「それは『ボディスキャン』が、使用者の知識を利用して、病気かどうかを判断しているからです」


 なるほど、知識が不足していれば病気だと判定されずに見落としが発生するのか。そうなると、医療魔法士は広範囲な病気の知識が必要になる訳だ。


「それだと、医療魔法士の負担が大きいな」

「政府は、医療魔法士を増やして、循環器・消化器・脳神経などの専門に分けようと、考えているようです」


 その方が見落としは少なくなるだろうが、大変な数の医療魔法士が必要になるだろう。

「それに医療魔法士は、病気の情報を正確に医師に伝える必要があるのですが、それが中々大変なんです」

 医療魔法士たちはスケッチを描いて情報を伝えたりするようだが、正確に描けず苦労しているらしい。


「絵は得意不得意が有るからな」

「グリム先生、何とかできないでしょうか?」

 由香里によると、『ボディスキャン』により取得した患部の情報は、魔法により五分ほど鮮明に記憶に残るらしい。但し、五分経過すると記憶から消去されるという。


 それを聞いて違和感を覚えた。魔法が記憶の消去とかしているのだろうか? と疑問に思ったのだ。その疑問はともかく、由香里の頼みは医療に貢献するものなので、考えてみる事にした。


「ところで、俺も頼みが有るんだ」

 『デトックス』の魔法が必要になるかもしれない事を思い出した俺は、由香里に『デトックス』を魔導吸蔵合金に保存してもらい、その分析をアリサに頼んだ。


 アリサがこちらに顔を向け尋ねる。

「毒を持つ魔物が居るダンジョンへ潜るんですか?」

「欲しい物があって、遠征に出ようと思っているんだ」

「遠征ですか……私も一緒に行きたいけど、大学の授業を休めないんです」


 アリサが残念そうに言った。大学を休めてもアリサを封鎖ダンジョンへ連れて行く事はできない。ちょうど良かったと思いながら、千佳やアリサの大学生活についても聞いた。


 翌朝、朝食を食べてから作業部屋へ行く。メティスと相談しながら樹海ダンジョンの対策を練ろうと思ったのだ。


「メティス、ツリードラゴンについて、何か情報を持っていないか?」

『残念ながら情報はありません。ですが、討伐する二つの方法が考えられます』

「その方法というのは?」


『一つはホバーキャノンを使った遠距離攻撃です』

 ツリードラゴンの蔓の長さは、七十メートルほどだという。それ以上の距離からホバーキャノンで攻撃すれば、倒せるかもしれないとメティスは言った。確実ではないらしい。


「もう一つの方法は?」

『火攻めです。植物系の魔物は火に弱い傾向があります』

「そう言えば、生活魔法で派手に燃え上がるような魔法はなかったな」


 加熱する『ヒートアロー』などは有るが、それは炎が出る訳ではない。攻撃魔法に『プロミネンスノヴァ』や『スーパーノヴァ』という魔法が有るが、そう言う魔法をメティスは言っているのだ。


『D粒子というのは、燃えるのでしょうか?』

 俺は首を傾げた。燃えるというのは、酸素と物質の結合という化学的な反応である。D粒子が酸素と結合するとは思えないので、高温の炎のようなもので対象を包み込むという魔法になるだろう。


「そうすると、超高温のD粒子で包み込むという魔法になるのか?」

『D粒子に拘る必要はないと思います。空中の元素を集め、加熱してプラズマ化するという方法もあります』


 その言葉を聞いてなるほどと納得した。そう言うものなら、ジェットエンジンのような形が良いかもしれない。この時代、電子制御ができないので高度なジェットエンジンは造れないが、原始的なジェットエンジンは存在しており、ジェット機も存在していた。


 ジェット機が開発されたのは第二次大戦の頃なので、その頃のジェットエンジンを洗練した形で使っているのである。


 新しい魔法を考えている時、そんな必要が有るんだろうかという気持ちになった。

「そんな魔法を開発するより、『フラッシュムーブ』で近付いて、油を撒いて火を点けるのが良さそうな気がしてきたんだけど」


『油が燃えるような温度では、ツリードラゴンにダメージを与えられないかもしれません』

 ダメージを与えるには温度が重要らしい。


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