第389話 医療魔法士の実習
加山教官が由香里のところへ来て礼を言う。
「ありがとう。君島さんの御蔭で犠牲者を出さずに、講習が続けられます」
「いえ、これくらいはC級だったら当然です。それより中級ダンジョンの浅い層でブルーオーガなんて出て来るものなんですか?」
「そうね。変だわ」
由香里は逃げて来た冒険者に、どういう状況でブルーオーガに追われる事になったのか尋ねた。
「領主の館を探索していた時に、罠を作動させたようなんだ。その罠が召喚系の罠だったらしい」
何を召喚するか分からない罠だったようで、運が悪い事にブルーオーガ三匹を召喚してしまったという。
「よりによって、ブルーオーガが召喚されるなんて、おれは運が悪いぜ」
由香里の横に立った妃奈が、その足元で身体を由香里に擦り付けている猫に気付いた。
「ねえ、この猫は?」
「シャドウパペットのブチよ。あたしの相棒なの」
ブチが妃奈の顔を見上げて声を上げる。
「よろちくね」
その言葉を聞いた妃奈はびっくりする。
「ブチは、猫語も喋れるけど、日本語もいくつか覚えさせたのよ」
シャドウパペットに日本語を覚えさせるのは、難しい。それに発音に苦労するようだ。
「ありがとうね。影に戻って」
ブチは由香里の影に飛び込んだ。それを見た妃奈が溜息を漏らす。
今日は引き返す事になり、由香里たちは地上に戻った。
「ねえ、由香里。私の生活魔法の才能は『D』なの。生活魔法を習得したいんだけど、大丈夫かな?」
「あたしも『D』よ。何の問題もないから」
妃奈は由香里の生活魔法の才能が『D』だと知って驚いていた。『B』か『C』だと思っていたようだ。
「という事は、魔法レベル10までの生活魔法で、ブルーオーガを倒したの?」
由香里は頷いた。
「魔法レベル10で習得できるようになる『クラッシュボール』は、凄い威力を持つ魔法なの。これが有れば、ドラゴンも倒せるかもしれない」
「そうなんだ。でも、魔法レベル10か、そこまで上げるのは大変なんでしょうね」
苦笑いした由香里が頷いた。魔法学院時代は、ほとんど遊ぶ時間はなく勉強と生活魔法や攻撃魔法の修業、そして、ダンジョンでのレベル上げを行っていた。
グリムの弟子となった他の三人も同じだったので乗り越えられたが、由香里一人だったら途中で挫折していただろう。
由香里たちの講習は続き、その日は生命魔法の実習という事になった。実習を行うには患者が居なければならない。由香里たちは医療魔法大学の附属病院へ向かう。
この病院には最先端の医療技術を提供する医師とスタッフが居る。その中で医療魔法士は貴重な存在だった。日本に居る医師は、三十万人ほどである。それに比べて医療魔法士の数は三千人ほどでしかない。
日本政府は五万人ほどの医療魔法士が必要だと言っているが、一割にも達していない。この医療魔法大学附属病院でも医療魔法士が不足していると言われている。
加山教官が由香里たちを治療室へ案内した。
「皆さんには、ここで患者さんに生命魔法を掛けてもらいます。選んだ患者さんに診断の魔法『ボディスキャン』を掛けて病名を確定してください」
加山教官は簡単そうに言ったが、『ボディスキャン』で病名を確定する事は簡単ではなかった。この魔法は病巣の画像が頭の中に浮かんでくるだけで、病名が分かる訳ではない。その画像を見て判断するという魔法だった。
病巣の位置は分かるので、肝臓が悪いとか心臓が悪いというのは簡単に分かるのだが、それがどう悪いのかを判断するには、病理学などの医学分野の知識が必要である。
患者が連れて来られ、医療魔法士の卵たちが『ボディスキャン』を掛ける。由香里たちは頭に浮かんだ画像を判断して病名を用紙に書いた。
由香里は眉間にシワを寄せて考え病名を書く。昔ならMRIなどの画像を医師が判断して病名を確定していたのだが、現在はMRIなどの画像診断機器が使えないので、その代わりを医療魔法士が務めている。
医療魔法士の役割はそれだけではないのだが、診断は重要なものだった。八人の患者に対して『ボディスキャン』を掛け、由香里たちが書き出した診断の一覧を加山教官に提出する。
まだ卵の段階である由香里たちの診断には、見落としや間違いもあった。加山教官はチェックしていて、学生たちの診断に見落としが多いのに気付いた。
その中で由香里の診断は見落としはなかったが、病名を間違えているものが二つある。まだまだなのだが、優秀な方だろう。
教官が結果を発表すると、医療魔法士の卵たちは肩を落とす。
「はあっ、そんなに見落としがあったんだ」
妃奈の声を聞いて、由香里も溜息を漏らす。
そんな時、病院の看護師が部屋に駆け込んできた。
「加山さん、解毒ができる学生は居ませんか?」
「どうかしたんですか?」
「ダンジョンで、ポイズンマウスの群れに遭遇した冒険者が運び込まれてきたのですが、病院の医療魔法士で『デトックス』が使える者が一人しか居ないんです」
医療魔法士は魔法レベル9になれば資格を取れるので、魔法レベル10にならないと習得できない『デトックス』を使える医療魔法士は少ないのだ。
たった一つだけなら、魔法レベルを『10』まで上げる者も多いのでは、と思うかもしれない。ところが、医療魔法士になるためには膨大な医学の知識を学ばなければならないので、ダンジョンに行く暇が有れば、勉強するというのが実状だった。
加山教官は由香里に顔を向ける。
「君島さんは、『デトックス』を使える?」
「はい、使えます」
看護師が由香里を案内して、毒に侵された患者が居る治療室に向かう。その治療室では、一人の医療魔法士が魔力が尽きてへたばっていた。
「連れてきました」
看護師が医師に向かって大きな声を上げる。
「この患者たちに急いで『デトックス』を掛けてくれ。一人の患者に三回使わないと毒を完全に除去できないようだ」
「分かりました」
由香里は『魔法強化の指輪』を思い出して指に嵌める。由香里の指には『効率倍増の指輪』も嵌めてあるので、魔力消費は大丈夫だろう。
指輪に魔力を流し込みながら『デトックス』を発動する。青い顔をして苦しがっていた患者の容体が、改善する。だが、毒が完全に抜けてはおらず、顔色は悪いままだ。
二回目の『デトックス』を発動して、医師に視線を向ける。
「『魔法強化の指輪』を使ったんですが、どうですか?」
医師は患者の容体を確かめ頷いた。
「解毒できたようだ。しかし、『魔法強化の指輪』とは貴重なものを持っているな」
由香里は残っている患者に二回ずつ『デトックス』を掛け解毒した。
「今日は『デトックス』を使える医療魔法士が一人しか居ない日だったので、助けられないかもしれないと心配していたが、助かったよ」
医師から礼を言われた由香里は、医療魔法士になるための講習を受けようと決めて良かったと喜んだ。
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