第388話 由香里とブルーオーガ

 ブルーオーガに追われて逃げてきたのは、ソロで活動している冒険者らしい。階段へ逃げ込もうとして、医療魔法士の卵たちと鉢合わせしたようだ。


 ブルーオーガのスピードを考えると、生命魔法使いでは逃げられない。逃げて来た冒険者は、魔装魔法使いで筋力を上げているのだろう。


 由香里は覚悟を決めて、『センシングゾーン』と『オートシールド』を発動してから前に出る。こちらに迫って来るブルーオーガの未来位置を予想しながら、クイントハイブレードを発動。


 D粒子で形成された巨大な刃を、ブルーオーガたちの首に向かって横に薙ぎ払う。ブルーオーガの身長は三メートルほどなので、逃げて来る冒険者には当たらないはずだが、念のために警告する。


「伏せて!」

 その冒険者は由香里が何らかの魔法を発動したと分かって、スライディングする。その上をD粒子の刃が通り過ぎ、ブルーオーガへと伸びる。


 先頭のブルーオーガは、冒険者を真似て地面に転がった。二匹目は斜め後ろに跳躍し、三匹目は戦鎚の柄で受け止めようとする。D粒子の刃は戦鎚の柄を真っ二つにして、ブルーオーガの首に食い込み斬り裂く。


 由香里はスライディングした冒険者をチェック、怪我はないようだ。そのために七重起動ではなく、五重起動にしたのだ。七重起動にすると音速を超えて衝撃波が生じるので、近くに味方が居る時は使えない。


 魔装魔法使いの野田が目を丸くして驚く。

「うわっ、ブルーオーガが瞬殺された」

 妃奈は青い顔をして、友人の由香里に視線を向けていた。


 残った二匹のブルーオーガが由香里に視線を向ける。追っ掛けていた冒険者を完全に無視している。その冒険者は素早く立ち上がると、必死の形相で逃げて来た。


「すまん、助かった」

 その冒険者は由香里に感謝してから、野田たちのところまで逃げて尋ねた。顔見知りらしい。

「あの娘は何者なんだ?」

「医療魔法士の卵だけど、C級冒険者だそうです」


 篠崎が野田に顔を向ける。

「なあ、僕たちも加勢した方がいいんじゃないのか?」

「いいや、おれたちだとブルーオーガのスピードに付いていけないだろう。邪魔になるかもしれない」


 篠崎は『デスショット』や『ソードフォース』の攻撃魔法を使えるが、それをブルーオーガに命中させられるかというのは、別なのだ。もし篠崎が『ソードフォース』でブルーオーガを攻撃したとしても、魔力を感知して避けられただろう。


 しかし、由香里の魔法は至近距離で発動した事と、そのタイミングが絶妙だった事により避けられなかった。


 由香里はD粒子センサーでブルーオーガの動きを把握しながら、野田たちが参戦しない事にホッとしていた。下手に参戦されると、戦い難くなるからだ。その辺は冒険者の先達として理解しているのだろう。


 ブルーオーガの一匹が弾かれたように走り出す。それは目では追い掛けられないほど素早かった。だが、由香里のD粒子センサーは捉えており、五重起動の『サンダーバードプッシュ』を発動する。火花放電を生じさせながら猛烈なスピードで飛び出した稲妻プレートがブルーオーガを弾き返し電流を流し込む。


 ブルーオーガが悲鳴を上げて、宙を舞った。

 もう一匹のブルーオーガは戦鎚を構えて、由香里の動きを観察していた。こういうのが手強いのよね、と由香里は考えながら、自分の影をチラリと見た。


 由香里は連続で『クラッシュボール』を発動して、ブルーオーガへ向かってD粒子振動ボールを放り投げた。ブルーオーガは身構えていたので避けて、由香里に向かって走り出す。


 由香里は影から猫型シャドウパペットのブチを出すと、ブルーオーガの足を狙わせる。ブチはブルーオーガの脹脛ふくらはぎに噛み付き、そのバランスを崩す。


 そこに七重起動の『クラッシュランス』を発動しD粒子ランスを放った。超高速で飛翔したD粒子ランスは、ブルーオーガの胸を捉え、空間振動波を放射。


 そのブルーオーガは胸に穴が開き、足をもつれさせて地面に転がる。由香里は『クラッシュボール』を発動して、倒れたブルーオーガの頭に命中させる。それがトドメとなった。


 残っているのは、『サンダーバードプッシュ』で飛ばしたブルーオーガである。と言っても、完全に頭に血が上っているようで、目を血走らせて由香里を睨み駆け出す。


 こういう頭に血を上らせた魔物には、簡単なフェイントが効く。由香里は五重起動の『プロテクシールド』を発動し、ブルーオーガの足元にD粒子堅牢シールドを横にして置いた。それをブルーオーガは飛び越える。


 空中で何もできない状態のブルーオーガへ、由香里が放ったD粒子振動ボールが命中し放射された空間振動波が胸に大きな穴を開ける。


 最後のブルーオーガが倒れて消えると、後ろで見守っていた医療魔法士の卵たちは歓声を上げ拍手する。その一方、冒険者たちは納得できないという顔をしている。


 あれだけの戦いをした冒険者が、二十歳ほどの女子大生だからだろう。野田がゆっくりと首を振る。

「あれは、どう考えてもC級のベテランの戦い方だぞ」

「僕の目にもそう見えた。なぜブルーオーガの動きが見えるんだ」

 そう答えた篠崎が、溜息を吐く。


 由香里が『マジックストーン』を発動。すると、赤魔石<中>が三個と指輪一個が飛んで来て、由香里の手の中に落ちる。


「指輪か。何の指輪だろう?」

 由香里が指輪を見詰めていると、妃奈が走ってきて抱きついた。

「凄いよ。こんなに強いとは思っていなかった」

「あたしなんて普通よ」


 由香里は自分が弱いとは思っていないが、アリサ・天音・千佳の三人と比べると劣っていると思ってしまう。三人が自分には習得できない強力な生活魔法を習得しているからだ。


 妃奈が手を振る。

「ないない。由香里が普通なんて、あり得ないから」

 いつの間にか集まっていた医療魔法士の卵たちが頷いた。その中の一人が由香里の手の中にある指輪に気付いた。


「ブルーオーガがドロップしたのね。私が鑑定してあげようか?」

「『アイテム・アナライズ』が使えるのね。お願い」

 由香里が指輪を渡すと『アイテム・アナライズ』で調べてくれた。指輪は『魔法強化の指輪』だったらしい。この指輪に魔力を流し込みながら魔法を発動すると魔法効果が五割増しになるようだ。


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