第387話 医療魔法士の卵

「健一郎、そんな顔をするな。これくらい自分も手に入れてやる、というように考えられんのか」

「いやいや、その風の三鈷杵をドロップしたのは、鳴神ダンジョンの邪神じゃないの。俺はまだD級だよ。上級ダンジョンにも潜れないんだ」


「ん、そう言えば、そうか」

「そうだよ。アリサが異常なんだ。二十歳でC級なんて、普通じゃないから」

 アリサが苦笑いする。

「私なんかは、常識の範疇はんちゅうよ。グリム先生はA級なのよ」


 アリサの祖父が溜息を漏らし、視線を俺に向ける。

「世の中には、時に化け物のような冒険者が現れる事がある。特にランキング二十位以内の冒険者は、化け物だ。君もその一人だと思う」


「俺はまだ二十位以内じゃないですよ」

「いや、君ならなれるだろう。おっと、話が逸れてしまったな。風の三鈷杵の次は神剣グラムだが、グラムの情報は噂程度しか聞いた事がないのだ」


 俺は噂というのが気になった。

「噂というのは?」

「神剣グラムは、神殺しの武器だというものだ」


「神殺し? 物騒なものだな。邪神を封印するために使われていたから、そういう力があるのかもしれないが、それなら何で封印に使われたのだろう。殺せば良かったのに」


「まあ、本当の神ではなく、ダンジョンがやる事だからな」


 具体的な事が分からなかったので、ちょっと残念に思いながら、俺は光剣クラウ・ソラスについても尋ねた。

「昔、一度だけ光剣クラウと光剣ソラスが揃った時、黒き巨竜ニーズヘッグが現れて、誰も倒せない事態になったらしい。そこに二つの光剣を持つ冒険者が現れて、二つ目の太陽を作り出して倒したと言われておる」


 二つ目の太陽というのは、高熱を持ち光っている球体という事だろう。それを光剣クラウ・ソラスの力で作り出し、魔物を攻撃したという事か?


 その後、いろいろな魔導武器について話を聞いた。

「ところで、君とアリサちゃんは付き合っているのかね?」

 それを聞いたアリサの顔が真っ赤になる。

「お祖父さん、変な事を言わないで」

 アリサの顔を見た哲郎は、全てを悟り俺に顔を向ける。


「孫の事をよろしく頼む」

「分かりました」

 真っ赤になっているアリサを可愛いと思う。その後、アリサと俺の距離が縮まったように思う。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 グリムたちが邪神退治に乗り出した頃、由香里は大学で医療魔法士になるための特別講習を受けていた。この講習は生命魔法の魔法レベルが『7』以上の者が受けられるもので、大学二年生で受ける者は少なかった。


 講習を受けている場所は通っている大学ではなく、青森県にある医療魔法大学だ。近くに中級の恐山ダンジョンもあり、大勢の人が医療魔法士になるために勉強と修業をしている。


 修業は魔法レベルを上げるためである。高度な生命魔法は、どうしても魔法レベルが高くなければ習得できないのだ。


「急がないと修業に遅れるよ」

 ここに来て初めての友人である翠川みどりかわ妃奈ひなが由香里に声を掛けた。妃奈は医療魔法大学の学生で、由香里が生活魔法を習得していると知って話し掛けてきた。


 妃奈が修業と言っているのは、恐山ダンジョンへ行ってアンデッドたちを倒す事である。医療魔法士になるためには、魔法レベルが『9』以上でないとダメだと言われている。


 魔法レベル9で習得できる生命魔法の中に、重要な『メディカルトリートメント』『ボーンコレクト』『アネスシージア』などがあるからだ。


 『メディカルトリートメント』は、『ヒーリング』の上位版で病気の治療にも使われる。『ボーンコレクト』は骨折治療用の魔法である。また『アネスシージア』は麻酔であり、局所麻酔も全身麻酔も可能らしい。


 それらの魔法を習得するために恐山ダンジョンで魔法レベルを上げる修業をするのだ。但し、由香里は生命魔法のレベルは『10』なので、修業の必要はない。講習に参加している医療魔法士の卵を護衛するために参加しているようなものだった。


 二人が恐山ダンジョンへ行って、ダンジョンハウスで着替えて外に出る。そこには六人の医療魔法士の卵が待っていた。その中には何でこんな修業をしなければならないんだ、というような顔をしている者も多い。


 彼らは冒険者になりたいのではなく、人を治す治療者になりたいのだ。だからだろうか、魔物となぜ戦わねばならないのかという気持ちを持つ者が居るのだ。


「皆、集まって」

 指導教官の加山が声を上げた。由香里たちは加山教官の周りに集まる。加山教官は三十代後半であるが、二十代に見えるという評判の女性だ。


「今日の護衛を務めてくれるのは、D級冒険者の野田さんと篠崎しのざきさんです」

 加山教官が護衛役の二人の冒険者を紹介する。医療魔法士の卵たちはアンデッドは倒せるが、普通の魔物は倒せない場合が多い。


 そう言う場合に備えて、冒険者を雇っているのだ。

「君島さん、魔物が多い場合はサポートしてください」

 由香里が『はい』と返事をする。それを聞いた冒険者の二人が苦笑いする。


「C級の冒険者が居るなら、おれたちは要らないんじゃないか?」

 冒険者二人は、由香里がC級冒険者だと知らされているらしい。

「護衛は決まりですから、守らなければなりません」


 由香里たちはダンジョンに入った。

「このダンジョンは、呪われそうで嫌なのよね」

 妃奈が由香里に言う。恐山ダンジョンはアンデッドが多いダンジョンなのだ。アンデッドの比率が八割以上と言われており、生命魔法使いのレベル上げには最適だとの評判がある。


「気のせいよ。私は地元の骸骨ダンジョンで、アンデッドを倒しまくったけど、何ともないよ」

 由香里は一層から五層までアンデッドを全滅させながら下りて行った話をした。


 妃奈が目を丸くして驚く。

「初級ダンジョンとは言え、無茶するわねぇ。そう言う事をすると、本当にばちが当たりそうな気がするんだけど」


「アンデッドよ」

 加山教官の声が響いた。由香里たちは身構える。そこにスケルトンソルジャー五体が近寄ってくる。手にはショートソードを持っている。


 由香里たちは一斉に『ターンアンデッド』を発動する。スケルトンソルジャーたちがボロボロになり崩れるように倒れた。


 そういう戦いを繰り返しながら奥へと進むと、珍しくアーマーベアと遭遇する。D級昇級試験で課題となる事もあるアーマーベアである。


 D級冒険者二人なら、余裕で倒せるだろう。由香里は見物する事にした。

 野田と篠崎は、前に出て相対する。野田が魔装魔法使い、篠崎が攻撃魔法使いらしい。二人は連携しながら、アーマーベアにダメージを与え、最後に篠崎が『ソードフォース』でトドメを刺した。


 鮮やかな手並みである。この調子なら、由香里がサポートする必要はないだろうと思った時、前方から誰かが走ってくるのが見えた。


「逃げろ。ブルーオーガが三匹出た」


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