第354話 千佳の高速戦闘

「おれは夢断流格闘術の『飛燕闘術』を学んでいます」

 夢断流格闘術は、ランキング五十六位である高瀬龍二も学んでいるという格闘術だ。素手の格闘術が中心となる武術だが、棒術や棍棒術、鎌術などの武器術も教えている。


「ほう、飛燕闘術を学んでいるのか。どれほどの腕前か見せてくれ」

 講師が模擬戦をすると言い出した。新袍流剣術の『雷速術』と夢断流格闘術の『飛燕闘術』の戦いになるようだ。


 高速戦闘での模擬戦には、スポーツチャンバラで使われるエアーソフト剣のような武器が使われる。竹刀でも高速で叩かれると大怪我をするからである。


「皆もよく見ておくように」

 講師は『トップスピード』の有用性を示すために、模擬戦を行うと決めたらしい。千佳はじっくり見せてもらおうと修業している『超速視覚』と『トップスピード』を発動する。


 二宮と講師が模擬戦用の武器を持って向き合った。同時に『トップスピード』を発動し動き始める。最初に二宮が動き始めた。


 飛ぶようなスピードで走り出し模擬剣を講師の肩に叩き込もうとした。だが、講師の模擬剣が攻撃を受け止め押し返す。


 押し返された二宮はバランスを崩して三歩ほど後退する。そこに講師の模擬剣が打ち込まれた。二宮は慌てて躱すが、余裕のない躱し方だ。


 二人の模擬戦を見ていて、千佳は気付いた点がある。彼らの動きが単純な動作の組み合わせだという事だ。飛ぶように前進してスピードを緩めて攻撃、攻撃されたら受け止めるか、左右に避けて反撃する。


 スピードは上がったが、動きは単純になったようだ。『雷速術』も『飛燕闘術』も初歩なのだろう。それでも見学していた学生たちは、凄いという顔をしている。


 確かに素早さは六倍ほどになっているだろう。素早さ五倍までしかスピードを上げられない千佳よりも速いのだが、千佳が彼らと戦って負けるのかというと、そうでもない気がする。


 彼らの模擬戦は、講師が二宮の胴に一撃を入れる事で決着した。千佳は『トップスピード』の魔法を解除してから拍手する。


 他の学生たちも拍手している。二宮は悔しそうな顔をして下がった。

「どうだ。『トップスピード』は、使い熟せれば凄いだろう」

 講師の言葉に学生たちが頷いた。


 二宮が千佳に視線を向ける。

「御船さんはC級の冒険者だよな。『ハイスピード戦闘術』くらい習得しているはずだ。おれと同じように実力を見せてくれよ」


 千佳は思わず顔をしかめた。自分の高速戦闘はまだまだだと思っていたからだ。

「私の『ハイスピード戦闘術』は、未熟なので披露するほどではない」


 それを聞いた講師が千佳に視線を向ける。

「未熟なのは、皆同じだ。それでも他の者たちに参考になるので、披露してくれると助かる」

 昔の武芸者なら絶対に断るのだが、魔装魔法使いの敵は魔物であり人間ではないのだ。講師に言われると断れない。


 それに『疾風の舞い』は一度見た程度で、その術理が分かるという簡単なものではなかった。

「分かりました」

「それでは、私と模擬戦をしよう」


 二宮が口を挟む。

「御船さんとの模擬戦は、おれにやらせてください」

「それでも構わないが、御船さんはどうだ?」

「構いません」


 千佳は二宮と模擬戦をする事になり、模擬剣を手にした。先ほどと同じように二人が構えて開始の合図を待つ。


 講師の『始め!』の声で、千佳は『トップスピード』を発動する。続いて『超速視覚』も発動。二宮の方を見るとまだ『トップスピード』の発動が終わっていなかった。


 この瞬間なら二宮を簡単に倒せると思ったが、目的は他の学生たちに『ハイスピード戦闘術』を披露する事なので待つ。


 やっと二宮が高速で動き出し、直線的な動きで千佳の間合いに踏み込んできた。真上から打ち込んでくる模擬剣を同じ模擬剣で受け流し、反撃として袈裟懸けに斬撃を放つ。


 二宮が慌てたようにピョーンと飛び退いた。千佳は二宮を追って走り出す。それは『疾風の舞い』独特の動きで、低い姿勢のまま身体が浮かび上がらないようにする走り方だ。


 斬撃の間合いに踏み込もうとする千佳に向かって、二宮が高速の薙ぎ払いを放った。千佳は踏み込むのをやめるために複雑なステップを踏む。高速移動時にピタリと止まるのは難しいので、それを解決するために存在する歩法である。


 薙ぎ払いが空を切った二宮に対して、千佳が胴に打ち込んだ。必死の表情で受け止める二宮。千佳は冷静に模擬剣を振り、二宮を攻撃する。


 二宮がまたピョーンと飛び下がり、模擬剣を構え直すと猛烈な勢いで連続攻撃を仕掛けた。千佳よりも速い攻撃なのだが、『超速視覚』を使っている千佳にははっきりと見えている。


 最小限の動きで二宮の斬撃を躱す。講師と見学していた学生たちが、驚きの表情を浮かべる。これほど鮮やかに相手の攻撃を避けられるというのは、高度な技術が必要だったからだ。見ていた者は、その技術の高さを感じたのである。


 その時、訓練場に強い風が吹いた。訓練場の一角で咲いていた金木犀きんもくせいの花びらが風で舞い上がり、千佳たちが戦っている場所に舞い落ちる。


 加速した時間の中に居る千佳は綺麗だなと思った。空中をゆっくりと舞うオレンジ色の花びらが幻想的な景色を生み出している。その中にあって、目を吊り上げて肩で息をしている二宮の存在が邪魔だった。


 高速で突っ込んでくる二宮に合わせて踏み込んだ千佳は、二宮の模擬剣をぎりぎりで躱して、胴を薙ぎ払う。綺麗に決まった斬撃で、二宮は倒れた。


 千佳が呼吸を整えてから『トップスピード』の魔法を解除すると、大きな拍手の渦が湧き起こっていた。

「御船、素晴らしい『ハイスピード戦闘術』だった。どこの流派なのだ?」

 講師が尋ねた。


「ナンクル流空手の『疾風の舞い』です」

「空手なのか。それは珍しいな」

 二宮は気絶していた。ほとんど重さのない模擬剣でも、それだけの衝撃を生み出す威力があったらしい。


 千佳は他の学生たちから称賛されたが、増長する事はなかった。目標が三橋師範やグリムだったからである。


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