第355話 二宮の先輩

 気絶から目覚めた二宮は、保健室のベッドから起き上がった。

「おれは……あっ、授業」

「授業は終わっていますよ」

 二宮が振り返ると保健室の先生が立っていた。模擬戦で負けて担ぎ込まれたと聞いた二宮は、千佳との戦いを思い出す。


「クソッ、何で負けたんだ? おれの方が速かったのに」

 二宮は千佳の動きを見て、自分より遅いと分かり勝てると思っていた。なのに、結果は完璧な負けである。納得できない二宮は、夢断流格闘術の道場へ向かう。


 夢断流格闘術の道場は全国にあるが、渋紙市の道場は比較的小さな道場だった。

「師範、ナンクル流空手というのを知っていますか?」


 道場の師範は、鈴木という引き締まった体格の男だ。

「ナンクル流空手? ああ、今にも潰れそうな道場だろ。もう潰れたんじゃないか」

「潰れていません。今日、そこの道場生と模擬戦をしたんですが、負けました」


「負けただと、詳しく話してみろ」

 二宮が高速戦闘の模擬戦で負けた事を話すと、鈴木師範は渋い顔になる。

「お前が相手より弱かったというだけの事だ。夢断流格闘術が弱いという訳じゃない」


 そこにボディビルダーのような体格をした柴田という弟子が割り込んだ。

「情けねえな。そんなマイナーな流派に負けたのかよ」

 二宮が口を尖らせる。

「五月蝿いな。相手はC級冒険者だったんだぞ」


 二宮はD級冒険者なので、C級に負けても仕方ないという顔をする。

「同じ歳なんだろ。それほど実力に差が有るとは思えねえな」

「言うだけなら、誰でも言えるさ」


 柴田がムッとした顔をする。

「先輩に向かって生意気だな。口の利き方に注意しろ」

「それには実力を示してくれないと。ナンクル流の師範を倒したら、尊敬して丁寧な言葉遣いに変えるよ」


 それを聞いていた鈴木師範が眉をひそめる。

「お前たち、馬鹿な事はするなよ」

 二宮と柴田は、その時は『分かりました』と返事をしたが、師範の言う事を聞く気はなかった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 身体を動かしたくなった俺は、ナンクル流空手道場へ行った。道場では千佳とタイチを相手に三橋師範が指導していた。


 以前は理解するのに苦労していた指導方法も、俺が直すように指摘したので、だいぶ分かりやすくなっている。

「おう、グリムも来たのか」

「ええ、身体を動かしたくなったので来ました」


「忙しいのは分かるが、もう少し頻繁に来るようにしろ。身体が鈍るぞ」

「分かってはいるのですが、やる事が多くて中々来れなかったんです」

 挨拶代わりである三橋師範との会話が終わると、千佳とタイチが挨拶してきたので、俺も挨拶を返す。


 千佳が俺に視線を向ける。

「グリム先生は、高速戦闘での模擬戦を行った事があります?」

「あの変な武器を使った試合なら、経験はない」

「大学の授業でやったんですが、高速戦闘にもいろんなものが有ると知りました」


 千佳が新袍流剣術の『雷速術』と夢断流格闘術の『飛燕闘術』について感想を言うと、三橋師範が面白そうに聞いていた。


「その二つの流派は、初歩で単純な動作で素早く動く事を学び、次第に複雑な動きができるように修業するのだろう」


「なるほど、講師と二宮君は、初歩の段階だったという事ですね」

 俺は二宮の名前を聞いて、魔法学院時代の事を思い出した。


 その時、門の方から声が聞こえた。

「僕が見てきます」

 タイチが門の方へ向かう。少し待っていると、二宮と知らない男が道場に入って来た。


「三橋師範、この方たちは道場破りです。初めて見ました」

 タイチがキラキラした目で二宮たちを見ながら言う。二宮がタイチを睨んだ。

「後輩のくせに、先輩を珍獣でも見るような目で、見るんじゃない」


 タイチが頭を下げた。

「済みません。道場破りなんて、珍しいものに遭遇したもので」

 二宮の連れが殺気を含んで視線でタイチを睨んでいる。


「それで本当に道場破りに来たのか?」

 俺が二宮に尋ねると、二宮が千佳をチラッと見てから答える。

「ナンクル流空手に興味があって、見学に来たんです」

 見学に来たと言うが、二人とも闘争心を隠していないので、狙いが道場破りなのは明らかだった。


 二宮が先輩の柴田を紹介した。D級冒険者で夢断流格闘術を八年ほど学んでいるという。年齢は俺より五つくらい上だろう。パワーが有りそうなタイプである。


 見学させてくれというので、道場の端に二人を座らせて、練習を続ける。俺は基本の突きや蹴りを繰り返してから、三橋師範と約束組手を行った。


 それを見ていた柴田が挑発してきた。

「やっぱりナンクル流なんて大した事はないな。こんなものなら、うちの茶帯でも勝てるぞ」

 俺が柴田を睨むと睨み返してきた。それからも挑発を繰り返す柴田に、三橋師範の顔も険しいものに変わる。


「師範、この二人も身体を動かしたいようです。練習に参加させたらどうです?」

「そうだな、組手なら参加できるだろう」


 三橋師範は二人が邪魔だと思い始めたようだ。さっさと追い返せという事らしい。

「組手だとよ。お前から行け」

 柴田が二宮を押し出した。道場の中央へ出てきた二宮が、俺を睨む。


「グリム先生、生活魔法は反則だからな」

「分かっている。使わないから安心しろ」

 それなら勝てると二宮は思ったようだ。


 道場の中央に出てきた二宮は、開始の合図と同時に踏み込んで素早いジャブを放つ。そのジャブを右手で払い落とすと同時に、二宮の前に出ている足にローキックを放つ。


 足払いのような格好になった蹴りは二宮のバランスを崩したが、転ばせるほどではなく、二宮は下がって構え直す。二宮の顔が強張っていた。俺の攻撃を受けて油断できないと思ったのだろう。


 俺が踏みこんでローキックを放つと二宮が足を上げて受け止め、お返しとばかりに右の突きを放つ。その突きを右手の腕を叩き付けて払い、そのまま右手を上にクルッと回して二宮の肩に振り下ろす。


 その痛みで隙が出来た二宮の腹に膝蹴りを叩き込む。その一撃で崩れ落ちる二宮。

「そこまでだ」

 三橋師範が止めた。それを見ていた柴田が、唇を噛み締めている。


「次は柴田さん、相手してもらえますか?」

 俺が言うと、柴田が首を振った。

「いや、三橋師範にお相手してもらいたい」


 よほど自信が有るのかと思った。三橋師範を選ぶという事は、俺では物足りないと思ったのだろうか? まあいい、三橋師範なら負ける事はないだろう。


 俺は千佳の横へ行って座った。その代わりに三橋師範が中央に進み出る。

 夢断流格闘術の真価は、二宮では分からなかった。柴田から教えてもらおう。三橋師範と柴田が向き合い、師範の声で組手という名の試合が始まった。


 目を吊り上げた柴田が吠えて、いきなり踏み込んで前蹴りを出そうとする。三橋師範は、この攻撃を完全に見切っていた。技の『起こり』と呼ばれる予備動作の段階で一歩踏み込み、左腕で蹴りを弾くと同時に右の突きを柴田の鳩尾に放つ。


 柴田が腕で払うと思っていたのだが、反応できなかったようだ。こういう技を受けたのは初めてだったのだろう。三橋師範の中段突きが綺麗に相手の腹にめり込んだ。


 瞬殺されてしまった二宮の先輩を見て、千佳が首を傾げた。

「この人、なぜ師範を指名したの?」

 大口を叩く割に、実力が伴っていない。さすが二宮の先輩だと、俺は思った。


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