第353話 千佳の修業

「信じられない。今のは何だったんだ」

 サムウェルが独り言のように呟いた。そして、顔に厳しい表情を浮かべ、鋭い視線を向けてきた。


「今のは何だったんだ?」

「濃密なD粒子です。俺の魔力はD粒子を集める干渉力が強いんです」


「そんな事が有るのか。信じられんな」

「鍛錬した生活魔法使いの魔力は、そう言うものなんですよ」

 サムウェルは納得していないようだ。


「あれは魔法ではないんだな?」

「D粒子にあんな無意味な事をさせるような魔法は有りませんよ」

 その言葉に渋々納得したサムウェルが頷く。


「素晴らしい魔力制御力だ。その点については、私より上だろう」

「いえ、それほど差があった訳ではありません。誤差の範囲ですよ」

 その頃になって、離れていた清水たちが戻ってきた。


 清水はウォーミングアップの時に俺から溢れ出た魔力を感じて、実力差が分かったらしい。借りてきた猫のようにおとなしくなっている。


 俺は地上に戻る事にした。サムウェルたちに別れの挨拶をしてから、ナメクジ草原を突破して地上に戻った。


 この出来事は清水たちが、あちこちで言いふらしたせいで有名となった。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 同じ頃、千佳がナンクル流空手の三橋師範の下を訪れていた。道場で正座した二人が話し始める。

「グリム先生から、『疾風の舞い』について聞いたのですが、その技術は剣術にも活かせるものなのですか?」

 三橋師範は千佳の顔を見て頷いた。


「もちろん、活かせるだろう。『疾風の舞い』は基礎となる身体操作を高める技術なのだ」

「ならば、私に『疾風の舞い』を伝授してもらえませんか?」

 三橋師範が値踏みするような視線を千佳に向ける。


「その仕草や動きから、幼少から剣術を学んでいるようだな。その技術を洗練させる方がいいのではないか」


 千佳が首を振る。

「行き詰まっているんです。高速戦闘で、グリム先生に全く歯が立たないんです」

 それを聞いた三橋師範が笑い出した。


 千佳がムッとした顔をする。

「師範、冗談を言ったつもりはないんですが」

「そうじゃない。高速戦闘でグリムと戦おうと考えている君の勇気に感心したのだ」


 感心したと言っているが、実際には笑われている。納得できないものを感じた千佳は、笑った理由を尋ねた。


「グリムは高速戦闘で、シルバーオーガを倒した剛の者だぞ。そのグリムに歯が立たないから、行き詰まっていると言えるのは、凄いと思ったのだ」


「ですが、いつまでもグリム先生に子供扱いされているようではダメだと思います。友人のアリサに相談したら、三橋師範の『疾風の舞い』を身に付ければ、打開する切っ掛けになるのでは、と言われたんです」


「それなら、グリムに習えば良いだろう」

「グリム先生は忙しいんです。それに教えを受ける代価を用意できそうにないので、三橋師範にお願いする事にしたんです。あっ、決して三橋師範が暇だと言っている訳ではないです」


 三橋師範は千佳と自分以外は誰も居ない道場を見て溜息を漏らす。


「その代価というのは?」

 千佳はマジックポーチから、魔法回路コアCを取り出した。

「これは私が習得した『トップスピード』を、アリサに分析してもらい魔法回路にして、ある方法でゴーレムコアに刻み込んだものです」


 千佳は秘密にしているものだから他の人に喋らないように頼んだ。

「その魔法回路コアCを使えば、本当に『トップスピード』の魔法を発動できるのかね?」

「はい、本当です。確かめてみますか?」


 千佳は魔法回路コアCの使い方を教えた。三橋師範が魔法回路コアCに魔力を注ぎ込み『トップスピード』を発動する。


 筋力増強・神経伝達速度の増速・思考速度アップ・身体機能強化・体細胞や骨の強化などが三橋師範の肉体に施され、高速化した時間感覚により周りが遅くなったように感じる。


 グリムから話は聞いていたので慎重に行動する。右足を一歩踏み出そうとして、その足が重いのに気付いた。『疾風の舞い』を応用して無駄のない動きでゆっくりと動く。


 三橋師範はゆっくりと動いているつもりだったが、見ていた千佳は高速で三橋師範が動き始めたように感じる。


 『トップスピード』の魔法が解除されると、三橋師範が噴き出した汗を拭う。

「ふうっ、今の儂では、これが精一杯だな」

 千佳が溜息を漏らす。


「どうした?」

「初めて『トップスピード』を使った師範の動きと、一年ほど練習した私の動きが同じ程度だったので、自信をなくしました」


 それを聞いた三橋師範がまた笑う。

「この代価は気に入った。『疾風の舞い』は伝授しよう」

 千佳が頭を下げた。

「ありがとうございます」


 それから千佳は三橋師範の弟子になり、『疾風の舞い』の修業を始める。この修業にタイチも参加する事があった。タイチもグリムに憧れて高速戦闘を習得したいらしい。


 『トップスピード』は素早さを七倍に上げるだけの肉体強化を行うが、それだけで七倍速く動けるようになる訳ではない。


 強化した状態で普通に動けば、バランスを崩して転んでしまうのだ。空気の抵抗や感じる慣性力も変わるので、そのパワーを使い熟すための修業が必要なのである。


 千佳は素早さを四倍にまで上げられるようになっているが、グリムと同じ七倍にまで高めたいと考えていた。


「グリムから聞いたのだが、『超速視覚』というのを知っているか?」

 千佳が頷いた。

「話だけは聞いています。ですが、まだ修業していません」


「グリムの高速戦闘は、この『超速視覚』が基礎になっている。相手の動きが見えないようでは戦えんからな」


 千佳は焦るあまり自分の動きを速くする事だけに目を向けていたが、三橋師範はそれではダメだと言う。

「『疾風の舞い』の修業と並行して、『超速視覚』を身に付ける修業も行う」

 三橋師範に言われて、千佳は赤面した。当然の事だったからだ。


 三橋師範との修業を一ヶ月ほど続け、素早さ五倍で高速戦闘できるようになった。ちなみに三橋師範は素早さ六倍で動けるようになっている。


 千佳は三橋師範の下で修業を続けながら大学へ通っていた。その授業で講師の魔装魔法使いが学生たちに問う。

「魔装魔法の中で、習得して損したという魔法が有るか?」

 すると、多くの学生たちが『トップスピード』だと答える。


 それを聞いた講師が苦笑する。

「理由を聞かせてくれ」

 学生の一人が実戦で使えないからだと言う。素早さを七倍にするという『トップスピード』だったが、実戦では三倍が限界で、それ以上素早く動こうとすると転倒したりすると言う。


 『トップスピード』の下位魔法として、素早さを三倍にする『トリプルスピード』という魔法が有るのだが、それで十分だと言いたいらしい。


「それは君たちの練習が足りないからだ。『トップスピード』の魔法を活かすには、『ハイスピード戦闘術』が必要になるのだ。この技術には様々な流派が有るので、どれか一つを選んで習得する必要がある」


 学生の一人が手を挙げて質問する。

「先生は、『ハイスピード戦闘術』を習得しているんですか?」

「ほんの初歩だが学んでいる。新袍流剣術の『雷速術』と呼ばれているものだ。他に『ハイスピード戦闘術』を学んでいる者は居ないか?」


 千佳は『ハイスピード戦闘術』と生活魔法の高速戦闘に違いが有るのだろうかと悩んだ。その間に一人の学生が手を挙げた。


「おっ、二宮か。どんな『ハイスピード戦闘術』を学んでいるんだ」

 千佳は二宮の顔を見て、眉間にシワを寄せる。この二宮は魔法学院の時のクラスメートなのだが、問題児だったのだ。


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