第347話 オークを撥ねる

 ホバービークルの底の部分は、三つの特性を付与した白輝鋼で覆うのだが、側面の部分は蒼銀を使おうと思っている。その蒼銀には<ベクトル制御>と<衝撃吸収>を付与して『ティターンプッシュ』のように体当りしてきた魔物を弾き飛ばすようにしたいのだ。


 もちろん、常時<衝撃吸収>の効果を発動させるのは魔力の無駄遣いなので、ボタンを押した時だけ魔力が注入され衝撃を吸収して相手に送り返すようにする。


 バランスについては、バラストなどで調整しようかと考えたが、面倒なので特性を付与した白輝鋼を四分割する事にした。


 四分割したものを前の左右、後ろの左右に分けて機体に貼り付け、それぞれに流し込む魔力の量を調節する事でバランスを取ろうと考えた。魔力量が多い部分の反発力が強くなって持ち上がるという仕組みだ。


 アルミ合金のフレームと特性を付与した白輝鋼の板、推進装置二基、ブレーキ、操縦システム、魔力バッテリー、方向舵などを組み立てホバービークルが完成する。


 メーカーの工場で完成したホバービークルを受け取った俺たちは、試運転にダンジョンに向かった。

「どこで試運転をするんですか?」

 天音の質問に、一層にしようと答える。


 鳴神ダンジョンの一層にある草原で、ホバービークルを収納アームレットから出して乗り込む。

「一番心配なのが曲がれるかどうかなんだよな」

 二基の推進装置の後ろにはラダーと呼ばれる方向舵が付いている。推進装置から噴き出される空気は、ラダーを左右に動かす事で噴き出す向きが変えられホバービークルが方向転換する。


 俺は起動スイッチを押して、魔力バッテリーから魔力を白輝鋼へ流し込むと機体が浮かんだ。

「高さは一メートルくらいですね」

 アリサが冷静に測定した。


「進ませるぞ」

 『エアジェットエンジン』と呼ぶようになった推進装置を起動させると、ゴーという音が響いてホバービークルが動き始めた。


 時速五十キロに達した時、操縦桿を右に倒した。機体が斜めになってドリフト走行する。アリサたちが楽しそうに声を上げていた。ジェットコースターに乗っているような感じなのだろう。


「ダメだな。曲がる前にスピードを落とさないと、慣性力でドリフトしてしまう」

 曲がる直前にブレーキを踏んで、スピードを落としてから操縦桿を倒すと綺麗に曲がれる事が分かった。


 途中、オークと遭遇したので『ぶちかましボタン』を試す事にした。

「あのオークに体当りするから、気を付けろ」

 俺は側面に貼った蒼銀に魔力を流して、オークを撥ね飛ばす。オークが綺麗な弧を描いて飛んだ。


「全然、衝撃がなかった」

 天音が驚いて声を上げた。

「それが<衝撃吸収>の効果なんだ」


 それからアリサたちも操縦したいというので、操縦を交代する。操縦自体は簡単なので、全員が操縦できるようになった。


 それから三層へ移動して、海の上で試運転してみた。陸上より海上が操縦しやすい。エアボートの構造を基にして作っているからだろうか?


 ホバービークルは二機作製して、一機はアリサたちが使う事になった。


 その後、付与魔法の魔導書を翻訳する作業は続け、完了したものを天音に渡した。これをどう使うかは天音の判断に任せる。きっと魔導職人として有名になるのではないかと思う。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 天音たちと同じ大学に通う亜美は、グリムから卒業祝いにもらったマジックポーチだけを持って大学に向かった。


「おはよう」

 大学に入ってから友人となった大野沙雪の後ろ姿を目にした亜美が声を掛けた。

「あっ、おはよう。夏休みは何をしていたの?」


「私はダンジョン攻略よ。沙雪は何をしていたの?」

「アルバイトよ。秋に海外旅行へ行きたくて頑張ったんだから」

「そうなんだ、凄いね。海外旅行か、私も行きたいな」


「フランスだよ、一緒に行く?」

「そうだね。行こうかな」

「でも、旅費はあるの?」

 亜美は海外旅行へ行った事がなかったので、どれほどの費用が掛かるか知らなかった。だけど、夏休みにダンジョンで稼いだ金が有るから大丈夫だろうと思った。


「ダンジョンで稼いだお金が有るから大丈夫だと思う」

 沙雪が首を傾げる。

「でも、ダンジョンで稼げるのはほんの僅かで、普通の冒険者はお小遣い程度にしかならないと聞いたけど」


 沙雪が言っているのはG級やF級の冒険者の事だろう。そういう冒険者はダンジョンの浅い層で活動しているので稼げないのだ。


「これでもD級冒険者だから、大丈夫よ」

「D級なんだ。……D級って凄いの?」

 沙雪は冒険者について、ほとんど知らないようだ。亜美は溜息を漏らす。


 その時、背後から声がした。

「大野さん、慈光寺さん、おはよう。何を話しているの?」

 同じ外国語学部で学ぶ河野孝之だった。河野も冒険者で水月ダンジョンで活動しているらしい。


「冒険者は稼げるのか、という話よ」

 沙雪が答えた。

「僕たちのようなF級までは、稼ぐのは難しいけど、E級以上になるとプロとして、やっていけるからな」


「へえー、河野君はF級なんだ。亜美も冒険者なのよ」

 河野が鋭い視線を亜美に向けた。

「冒険者だとは知らなかった。僕は攻撃魔法使いなんだけど、慈光寺さんは?」

「私は生活魔法使いよ」


 沙雪が羨ましそうな顔をする。沙雪も生活魔法の才能があったが『E』だったようだ。

「『E』だと冒険者になるのは難しいかな。でも、生活魔法には便利なものが有るから、習得して損はないと思う」


 亜美は掃除系の魔法や『パペットウォッシュ』の習得を勧めた。

「でも、魔法レベルを上げるには、魔物を倒さないとダメなんでしょ」

「まあ、そうだけど。ちゃんと勉強すれば、オークくらいなら倒せるようになるよ」


 そんな事を話しながら大学へ続く道を歩いていると、ふらふらしている軽トラックが見えた。

「あの軽トラックは、おかしいな」

 河野が声を上げた時、軽トラックが歩道に乗り上げ学生たちの集団に突っ込んできた。それを目にした亜美が駆け出し影から熊型シャドウパペットのパゥブを出す。


 亜美は軽トラックに向かってトリプルオーガプッシュを放った。本当は七重起動にしたかったが、それでは運転手が死んでしまう。


 オーガプレートが軽トラックに命中しスピードが落ちたところに、パゥブが体当りして軽トラックを止めた。


「熊!」「熊だ」

 命拾いした学生たちが、パゥブを見て怯えている。亜美はパゥブに手を伸ばして、褒めながら撫でる。


 沙雪が近付いて声を掛けた。

「亜美、その熊は大丈夫なの?」

「これは、私のシャドウパペットよ。ねっ、パゥブ」

 パゥブが甘えるように亜美の身体に頭を擦り付ける。亜美が影に戻るように命じるとパゥブは影の中に消えた。その瞬間、『うわっ』という声がいくつも上がった。


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