第342話 天音とゼミ

「『トップスピード』か。素早さを七倍にする魔装魔法だな」

 『韋駄天の指輪』は素早さを八倍に上げるために必要な身体能力を強化するが、『トップスピード』も同じである。


『まあ、カリナ先生や鉄心さん、千佳さんには必要ないでしょうが、タイチさんやアリサさんなどには必要でしょう』


「そうか、鉄心さんやカリナ先生には、バタリオン秘蔵の魔法というのがいいか」

『『サンダーバードプッシュ』をバタリオン秘蔵の魔法にしたら、どうでしょう?』

「ふむ、いいんじゃないかな」


 少し眠くなったので、俺は巨大亀の甲羅の中で寝た。

 六時間ほど寝た俺が起きると、エルモアたちが見張りをしている。

「おはよう」

『おはようございます。ここにはランニングスラッグとアリゲーターフライは、近付かないようです』


「ここはニードルカメレオンの縄張りという事か。さて、朝飯を食べてから帰ろう」

 俺はフレンチトーストとコーヒーで朝食を済ませ、野営道具を片付けてナメクジ草原を進み始める。


 十二層へ下りる階段は発見されていないのだが、帰り道でもランニングスラッグの群れを倒さなければならないと考えると、探す気にはなれなかった。


 今日もランニングスラッグの群れを倒しながら草原を突破した。四つの群れを倒したが、収穫は魔石だけである。ドロップ品を期待したのだが、さすがに一万匹倒して一回ドロップするという確率だと無理だ。


 地上に戻った俺は、冒険者ギルドへ行って十一層の蟠桃を採取した事を報告した。

「凄いな。ソロで蟠桃の森まで到達したのは、グリム君が初めてだよ」

 支部長が報告を聞いて感心する。


「モンタネール氏は、どうなんですか?」

「転送ゲートが使えないから、まだ途中の階層を攻略しているところだろう」

 A級の魔装魔法使いだと言っても、一層ずつ攻略していくのなら、時間が掛かるだろう。でも、案内役が居れば、早いはずだ。


「モンタネール氏は、ソロで活動しているんですか?」

「案内役を紹介しようと言ったのだが、足手まといは要らないそうだ」

「普通の冒険者が、そんな事を言ったなら、傲慢になっていると判断してしまうんですが、相手がランキング百位以内の冒険者だと、実際に足手まといになるんでしょうね」


「そのようだな。A級でランキングが高い冒険者は、ソロで活動している場合が多いからな」

 そういう冒険者は国で一人か二人という状況なので、同レベルの者同士がチームを組むというのが難しい。その結果、ソロで活動という事になるようだ。


 俺は蟠桃をオークションに出す手続きをした。オークションにおいて、同じ商品が出品される回数が増えると落札価格が下がるのだが、蟠桃はその効果が実証されるに従い落札価格が上がっているようだ。


 以前にも同じような蟠桃がダンジョンで発見された事があると支部長が教えてくれた。その時は争奪戦が起きて、熟していない果実も全てもぎ取られ、枝も切られてしまったようだ。結果、その蟠桃の木は消滅したらしい。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 グリムが蟠桃を手に入れた頃、天音は大学で魔導工学という技術を学んでいた。

 D粒子が存在しなかった時代、集積回路というものがあった。それは一つの基板の上にトランジスタ・抵抗・コンデンサなどの様々な機能を持つ素子を多数作り纏めた電子部品である。


 その集積回路と同じように魔導基板の上に様々な機能を持つ魔導素子を魔導素子刻印術により刻み込み、魔導効果を発生させる技術が魔導工学である。ソーサリーアイやソーサリーイヤーも魔導工学を応用して作られている。


 天音は魔導素子刻印術の基本となる『エレメントカーブ』という付与魔法を習得して、緑魔石を加工して作られた魔導基板に魔導素子を刻み込んだ。


「ふうっ、もうちょっとね」

 天音は顔に装着していた魔導ゴーグルを外した。このゴーグルは魔力を映像化する機能が組み込まれているものだ。作っているのは、魔物探知装置である。


 魔物が発する魔力を検知して警報を鳴らすものだ。

母里もりさん、魔物探知装置の作製は順調かね?」

 魔導工学を教えている三谷教授が、天音に尋ねた。


 天音はニコッと笑って答える。

「はい、明日くらいには完成すると思います」

「順調なようで良かった。ところでゼミの連中が、蒼銀を採掘するために水月ダンジョンへ行くと言っておるのだが、一緒に行ってくれないか?」


 最近になって、天音がC級冒険者だと知られるようになると、ダンジョンから素材回収する探索に誘われる場合が多くなった。


 予算が少ないゼミにおいて、ダンジョンで蒼銀や魔石を手に入れる活動は必要だった。ゼミのメンバーはほとんど冒険者なので、危険は覚悟している。


 天音はゼミの研究室にある装置を使わせてもらっているので、なるべく協力するようにしていた。

「分かりました。一緒に行きます」

「済まないね。母里さんが一緒だと学生たちのリスクが減るから、安心なのだよ」


 三谷教授のゼミに所属する学生は付与魔法使いである。水月ダンジョンの十九層まで潜って蒼銀を採掘するのは、それなりにリスクが有るのだ。


 普通は魔装魔法や攻撃魔法を使う学生に護衛を頼むのだが、快く承知してくれる学生は少ないらしい。


 今回のダンジョン探索には、天音を除くと三人の学生が参加する。三人は、付与魔法の他に攻撃魔法や魔装魔法が使えるようだ。


 天音が水月ダンジョンへ行くと、先輩の柿本ユリアが先に来て待っていた。

「今日はよろしくね」

「ユリア先輩も、よろしくお願いします」


 天音は着替えてダンジョンの前へ行く。

「あれっ、そのバッグは?」

 天音はアリサから借りてきたマジックバッグを肩に掛けていた。


「これはマジックバッグです。蒼銀を持ち運ぶなら必要だと思って」

「へえー、マジックポーチの他に、そんなものまで持っているんだ」

「あたし個人の持ち物ではなく、チームの所有物です」


 そんな話をしていると、残りの二人が来てダンジョンへ入る。残る二人は前島結城ゆうきと児玉昭雄で二人とも魔装魔法が使える。ユリアは攻撃魔法が使えるという。三人ともE級冒険者である。


 七層までは順調に進んだのだが、八層の森林エリアを進んでいる時に、リザードソルジャーの集団と遭遇してしまった。


 六匹ほどの集団である。リザードソルジャーは群れを作る魔物ではないので、偶然に集団となっていたようだ。他の三人が顔を強張らせている。


「み、皆、撤退するぞ」

 リーダー格の前島が言う。前島たちにとって、リザードソルジャー六匹は脅威らしい。それを聞いた天音は自分が対処するしかないと思う。


「先輩たちは、ここで待っていてください。あたしが始末してきます」

 ユリアが青褪めた顔で、首を振る。

「ダメ、危険よ」

 天音は溜息を漏らす。天音は美人というより可愛いという感じの顔をしている。そのせいか、C級冒険者だと知っていても、実力を評価されない傾向にあった。


「あたしがC級だというのは知っていますよね。リザードソルジャーくらいなら、三十匹でも倒せます」


 天音は前に出ると、『パイルショット』を連続で発動する。数発のD粒子パイルが三匹の胸を貫き、リザードソルジャーの数を半分に減らした。そして、近付いてくるリザードソルジャーに対して、クイントハイブレードを発動し薙ぎ払う。


「うそっ、瞬殺じゃない」

 ユリアが大きな声を上げる。ユリアたちは、C級冒険者という存在がどれほど強いのか知らなかったようだ。


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