第341話 蟠桃の森

 十五分ほど進むと、別のランニングスラッグの群れと遭遇した。

「またか、いくつの群れを全滅させると、草原を突破できるんだ」

『魔力は大丈夫ですか?』

「不変ボトルの中に万能回復薬が有るから、大丈夫だと思う。……やっぱり乗り物は必要だな」


 俺は戦い続けて、ランニングスラッグの群れを次々に絶滅させた。四つの群れを全滅させた時、俺の魔法レベルが上がり、魔法レベル20になる。


「よし、ナメクジ草原を攻略したぞ」

『帰り道もありますよ』

 メティスの言葉でうんざりした気分になる。周りを見回すと、蟠桃の木の森が目に入る。俺とエルモアは森の方へ向かう。


『あの森には、ニードルカメレオンが居ますので、私が蟠桃を採取します』

 その提案に頷いた。エルモアなら毒が効かないからだ。エルモアが蟠桃の木に近付き、熟している蟠桃をもぎ取ろうとした。


 その時、蟠桃の木に潜んでいたニードルカメレオンが、毒針を飛ばした。それに気付いたエルモアが手で毒針を叩き落とす。


 ソーサリーアイを高速戦闘モードにしていたらしい。エルモアが菊池槍を取り出して、ニードルカメレオンの頭を突き刺した。


 ニードルカメレオンが魔石を残して消えると、エルモアが手を伸ばして赤く熟した美味しそうな蟠桃をもぎ取る。その瞬間、美味しそうだった蟠桃が黒ずみ朽ち果てる。


『どうしてでしょう?』

 俺は蟠桃の実が地面に落ちると腐り始めるという話を思い出した。シャドウパペットはシャドウクレイから出来ている。シャドウクレイも土の一種なのだ。それが関係しているのかもしれない。


 俺はエルモアの顔を見た。そこには何の感情も浮かんでいない。人間ならショックを受けていただろうが、シャドウパペットの精神とは不思議なものだ。


 魔物に心というものが有れば、それをコピーしているのではないかと思っていたが、為五郎やタア坊を見ていると違うようだ。


 エルモアはメティスが制御しているので参考にはならないが、シャドウパペットの心を研究するだけで、いくつもの論文が書けそうだ。


「人間が自分の手で取らないとダメなのかもしれない」

『仕方ありません。蟠桃は、お任せします。私はニードルカメレオンの攻撃を防ぎます』


 俺は『オートシールド』を発動してから蟠桃をもぎ取る。手の中に有る蟠桃は美味しそうなままで変化はない。やはり人間の手でもぎ取る必要が有るのだろうか?


 熟している蟠桃を探して隣の木を探すと、少し高い位置に熟した蟠桃の実が有る。俺はエルモアに踏み台になってもらい蟠桃の実を取ろうとした。


 その時、見逃したニードルカメレオンが動いて毒針を飛ばしてきたが、自動防御するD粒子シールドが跳ね返す。俺の装備している鎧は『身躱しの鎧』なのだが、この鎧は魔力を供給しないと頑丈なだけの鎧なので、『オートシールド』を使用したのだ。


 俺はトリプルパイルショットでニードルカメレオンを撃ち抜いた。

『お怪我は、ありませんか?』

「大丈夫だ。毒針はD粒子シールドが跳ね返したから」


 まずは蟠桃を採取する。石橋や後藤のチームが採取したからだろうか、熟している蟠桃は意外に少ない。俺は十二個の蟠桃を採取して終わりにした。


 その一つを食べてみた。鼻に抜ける甘い香りと齧り付いた時の歯触り、そして口の中に広がる甘みが凄かった。生まれて初めて食べる蟠桃を夢中で食べた俺は、もう一つを食べようと無意識で取り出す。


『一つだけ食べるのではなかったのですか?』

 メティスに言われて、ハッとする。

「危なかった。本気で全部食べてしまうところだった」


 その時、蟠桃が効果を発揮し始めた。身体が熱を発し始め、肌が赤くなる。俺は若いので身体の変化は大きくないが、老齢の者が蟠桃を食べると動脈硬化を起こした血管が正常に戻り若返ったように肌に張りが戻るらしい。


 蟠桃の効果は血管だけなので、筋肉や骨は元のままであるが、それでも蟠桃を求める者は多く居る。


『今日はどうします?』

「これからナメクジ草原を突破すると、真夜中を過ぎるだろうな。ここで一泊しよう」

 俺は野営道具と巨大亀の甲羅を出して野営の準備をしてから、シャドウパペットたちを影から出した。


 鳴神ダンジョンは外と同じように暗くなるので、焚き火を用意する。夕食はナポリタンを作る事にした。乾燥パスタを茹で食べやすい大きさに切った野菜やソーセージと一緒に炒めて、ケチャップや他の調味料によって味付けするシンプルなものだ。


 俺はナポリタンを食べながら、メティスと話し始めた。

「エルモアも衝撃吸収服が必要なんじゃないか?」

『それは有り難いですが、グリム先生の防御も考える必要が有るのでは?』

「そうだな、この鎧は使い難いんだよ。新しい鎧を作ろうかな」


 俺は『身躱しの鎧』を装備しているが、魔力を流し込まないと効果を発揮しないので、不意打ちに弱いのだ。


 俺は衝撃吸収服を着ているので、物理的な攻撃は衝撃吸収服が防いでくれる。ちなみに衝撃吸収服はバージョンⅢである。


 バージョンⅢの改良点は、魔力バッテリーを組み込んでいるのでスイッチ一つで衝撃を吸収するという点だ。『身躱しの鎧』も改良できればいいのだが、魔力バッテリーを組み込む事はできなかった。


 衝撃吸収という点は大丈夫なので、鎧に求める機能は魔法攻撃に対する防御力だ。高温の炎や超低温の冷気から守れるような鎧が欲しいのである。


「鎧については後で考えるとして、バタリオンのメンバーになった鉄心さんやカリナ先生に何かアドバイスできないか考えているんだけど、どう思う?」


『アドバイスというのは、何かを教えるという事ですか?』

「まあ、そうだ。バタリオンに入ったのに、あまり進歩がないというのもまずいと思うんだ」


『メンバーだけが使える生活魔法や技術というのもいいと思います』

「バタリオンメンバー限定の魔法か」

『そういう魔法を持っているバタリオンも、実際に存在するようです』

 大きなバタリオンになると、ダンジョンで手に入れた魔法を魔法庁に登録せずにバタリオン専用としているところも有るのだ。


「技術というと何にする?」

 『干渉力鍛練法』の本に書かれている鍛練法については、俺自身がよく分かっていない点も有るので教える自信がなかった。


『D粒子の感知能力を伸ばす訓練を体系化して、教えるのではどうでしょう。アリサさんたちを別にすれば、あまりD粒子センサーを鍛えているとは思えません』


 俺が高速戦闘の時に使う『超速視覚』は、D粒子センサーからの情報と視覚からの情報を統合して映像化するという能力である。なので、D粒子センサーを鍛えるというのは大事なのだ。


「俺には『韋駄天の指輪』が有るけど、他の皆は持っていないぞ」

『魔装魔法の『トップスピード』を、魔導吸蔵合金に保存して、分析魔法の『トレース』でゴーレムコアにコピーできるようにすればいいと思います』


 魔法回路刻印装置を使って恒久的に使える魔法回路コアCにしないのは、魔法回路刻印装置の存在を秘密にしているからだ。


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