第340話 ナメクジ草原

 支部長からバタリオンの運営についても助言をもらった。看板はちゃんと作って出すべきらしい。バタリオンの資料室などが充実すれば、多数のメンバーが集まるようになるので、その時のために厨房の料理人やスタッフが必要になるかもしれないと言われた。


「グリム君は、十一層の蟠桃を狙わないのかね?」

「狙っています。ですけど、まだナメクジ草原を突破するのに成功していないんです」

「石橋君が使った方法はソロだと難しいという事か。それなら、空を飛んで……アリゲーターフライが邪魔するのか。考えると難しいな」


「ナメクジ草原のランニングスラッグと空中のアリゲーターフライでは、どちらの数が多いのでしょう?」

「報告を聞いた限りでは、アリゲーターフライだな」


「そうなると、やはり地上を突破した方がいいのか」

「アリゲーターフライを範囲攻撃できるような生活魔法が有れば、空を飛んで進んでもいいが、そんな魔法が有るのかね?」


「今のところ、ありません」

 アリゲーターフライは自分たちの縄張りを空中だと決めているようだが、どれくらいから上が空中だと認識しているのだろう? その点を支部長に聞いてみた。


「そこまで詳しくは知らないな」

「そうですか。自分で調べてみます」

 支部長と別れて資料室へ行った。誰も居ないのを確かめた時、メティスが話し掛ける。

『アリゲーターフライの件ですが、高度四メートル以上の空中に浮かんでいるものを、自分たちの縄張りを侵したと思うようです』


「四メートルか、微妙な高さだな。D粒子ウィングで飛んでいると、ちょっとした障害物を避けた拍子に、四メートルくらいは、高度が上がりそうだな」


『以前に、<反発(地)>と<反発(水)>の特性を使って、水陸両用の乗り物を開発するという話をしておられましたが、それを開発してはどうでしょう』


 メティスが提案したのは、魔法ではなく実体のある乗り物である。作ろうと思っていたが、必要な状況が生じなかったので、保留になっていたものである。


「でも、開発には時間が掛かりそうだ」

『ナメクジ草原は、何度も往復する事になるので、作られた方が良いと思います』


 俺は溜息を吐いた。

「それを作ったら、追尾機能の開発はしなくても良かったという事か?」


『いえ、将来的には追尾機能が必要になると思います。無駄になるという事はないでしょう。それに進路方向に居るランニングスラッグを仕留める魔法として、『ガイディドブリット』は便利だと思います』


 石橋たちが使用した即席装甲車でも、体当たりに成功したランニングスラッグが、二、三匹ほど居たらしいので、ランニングスラッグを仕留める魔法は必要だと思う。


 待てよ。ランニングスラッグが体当たりしてきたら、ちょっとだけ上昇すれば良いのではないか? それをメティスに確かめる。


『ランニングスラッグは、上方へ背伸びができるんです』

「はあっ、ナメクジだろ。芋虫が背伸びして背中を反り返すのは、見た事が有るけど、ナメクジはあり得ないだろう」

『ですが、事実です』


 俺は思いっ切り顔をしかめた。背伸びしたランニングスラッグを避けようとして上昇すれば、四メートルを超えるかもしれない。

「左右のどちらかに回避すれば、問題ないのか」


『……その乗り物の推進方式は、どのようなものになるでしょう?』

 俺のイメージとしては、浅瀬や湿地帯などで使われるエアボートを考えている。エアボートというのは、大型の扇風機みたいなものを推進装置とする小型ボートである。


『そのような推進装置だと、小回りを利かせる事は難しいと思います』

 大きく舵を切るとボートの向きは変わるが、横滑りしながら前進するのではないかとメティスは言う。


 前方に居る多数のランニングスラッグが、その乗り物に向かって走ってくる姿を想像するとナメクジ退治用の魔法が必要だと感じた。とは言え、その乗り物がすぐにできる訳ではない。材料を調達して、開発を始めても二ヶ月くらいは掛かるのではないだろうか。


「まず、蟠桃を確保したいから、『ガイディドブリット』が早撃ちできるまで練習しよう」

 その後、数日間を『ガイディドブリット』の練習に費やした俺は、鳴神ダンジョンへ向かった。


 転送ゲートで十層まで移動して、十一層へ下りる。広々とした草原を目にして、あちこちにランニングスラッグとアリゲーターフライの姿が見えるのに気付いた。


 しかし、空を飛んでいるアリゲーターフライが意外に少ないように感じる。

「本当にアリゲーターフライの方が多いのかな?」

 エルモアの目を通してアリゲーターフライの数を確認したメティスが、

『支部長の言葉が間違っているとは思えませんが、見た感じは少ないですね』


 俺とメティスは話し合って試してみる事にした。戦闘ウィングで飛んで、どれほどアリゲーターフライが集まるのか確かめようと決めたのだ。但し、包囲されそうになったら階段に逃げ込むという作戦である。


 『ブーメランウィング』を発動して戦闘ウィングが形成されると、乗り込んで飛び上がる。すぐにアリゲーターフライに発見され、グロロロというエンジン音のような鳴き声が響き渡る。


 すると、どこから湧いて出たのか、五十匹以上だと思われるアリゲーターフライが現れ、俺に向かって飛んできた。


 そのアリゲーターフライたちが一斉にグロロロという鳴き声を発し始めた。もしかして、これ以上増えるのか、と顔を強張らせて全速で引き返し始める。


 俺は何とか階段に逃げ込んで、アリゲーターフライたちの追跡を逃れた。

「やっぱり飛んで突破するのは無理だ」

『支部長が言うように、範囲攻撃できる魔法がないと突破できそうにありませんね』


 俺とエルモアはナメクジ草原を進み始めた。五分ほどでランニングスラッグの群れと遭遇する。巨大なナメクジたちが、人が走る速さで迫ってくる。


 この速さは理不尽な気がするが、俺は迎撃の用意をする。エルモアはトリシューラ<偽>と魔導銃を構えて、ランニングスラッグを睨んでいる。


 戦いが始まり『ガイディドブリット』を発動して、先頭を走ってくるランニングスラッグの頭をロックオンするとD粒子誘導弾を放つ。


 D粒子誘導弾は巨大なナメクジを目指して飛翔し、頭に命中して空間振動波を放射。直径二十センチの破壊空間が形成され、その内部に存在するランニングスラッグの脳が砕かれた。


 エルモアは魔導銃を撃って攻撃したが、正確に頭を撃ち抜くというのは難しく、仕留められなかった。


 その後、五匹のランニングスラッグが迫ってきたので、五重並列起動の『ガイディドブリット』を発動してロックオンしてからD粒子誘導弾を放つ。この攻撃方法だと照準をつけてロックオンする時間が掛かるので、攻撃が一瞬だけ遅れる。


 その遅れは正確に攻撃するための代償なので仕方ないと思う。ただ素早いシルバーオーガとの戦いなどでは、その遅れが危険に繋がるかもしれない。


 五発のD粒子誘導弾は、五匹のランニングスラッグの頭に命中して仕留めた。

『この調子だと、この群れは全滅できそうですね』

「そうだな。だけど、ここの草原には、多数の群れが居るらしいから油断はできない」


 俺は多重並列起動の『ガイディドブリット』でランニングスラッグを倒し続け、その群れを全滅させる。だが、酷く疲れる戦いだと感じた。


 俺が撃ち漏らしたランニングスラッグを、エルモアがトリシューラ<偽>を使って倒したが、頭を刺さないと仕留められないので苦労したようだ。


 俺は少し休憩してからナメクジ草原を奥へと進み始めた。


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