第318話 禁止事項

 時間を遡り、『トレース』の実験をした直後。

 二回目の長瀬とシルバーオーガの戦いも、エスケープボールを使って脱出したそうだ。俺は近藤支部長に状況を聞いた。


「素早さを十倍にする『ヘルメススピード』を使って戦ったのだが、制限時間の二分以内に勝負が着かなかったようだ」


「三回目が有るんですか?」

「作戦を練り直す事になるから、時間が掛かると思うぞ」

「大変ですね」


 近藤支部長が俺の顔をジロリと見た。

「他人事のように言っているが、グリム君もA級冒険者なんだから、挑戦してもいいんだぞ」

「無理言わないでくださいよ。支部長もシルバーオーガを倒せるのはA級の魔装魔法使いだけだと言っていたじゃないですか」


 支部長が溜息を漏らす。

「そう言ったが、誰でもいいからシルバーオーガを倒してくれないか、とも思っているのだ。こういう時に、無理してシルバーオーガに挑戦しようという冒険者が出て来て、大怪我したり死んだりするものなのだよ」


 過去にそういう事があったらしく、B級の魔装魔法使いがシルバーオーガに挑戦して死んだという。

「その『ヘルメススピード』を使える魔装魔法使いだけを集めて、レイドバトルというのはダメなんですか?」


 支部長が渋い顔になる。

「二、三人ほど死ぬのを覚悟するなら、それも有りだ。だが、それは許されない。それにもっとランキング順位が高い魔装魔法使いに依頼するという手も有る」


 別の魔装魔法使いに頼むという事をすれば、長瀬のメンツを潰す事になる。支部長としてはやりたくないだろう。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺は気長に鍛練をしながら、長瀬がシルバーオーガを倒すのを待つ事にした。そして、亜美が天音たちと同じ大学に合格し、タイチと亜美、シュンは魔法学院を卒業する。


 タイチは冒険者を続けながら、魔法学院の臨時教師に就任する。俺は屋敷の改装と地下練習場が完成したので、バタリオンの設立申請書を出した。一ヶ月後くらいには、許可が下りるらしい。


 俺はこの数十日間をD粒子センサーと『疾風の舞い』の鍛練に没頭していた。少しずつ強くなっていると感じられたので、鍛練自体が楽しかったのだ。


 『韋駄天の指輪』を使った高速戦闘も、指輪の限界である素早さ八倍までもう少しという七倍まで上げても戦えるようになり、D粒子センサーからの情報と視覚からの情報を統合して映像化するという能力『超速視覚』も使えるようになった。


 『疾風の舞い』についても三橋師範と毎日のように練習して、動きを身体に叩き込んだ。御蔭で体中が痣だらけになったが、レッドオーガなら確実に倒せるという自信がついた。


 この頃から『雰囲気が変わった』と言われる事が多くなる。支部長やアリサたちからも言われたが、どう変わったのかは分からない。


 鳴神ダンジョンの攻略が進まない事に焦る気持ちもあったが、こういう事は上級ダンジョンならよく有る事だという。長い時には何年も攻略が進まず、実力者を遠くから呼んで攻略を進める事も有るようだ。


 ちなみにリントヴルムのシャドウ種は倒していない。黒いリントヴルムは警戒心が強く、近付くと影に潜ってしまう。今はどうやって倒すかを考えている最中である。


 俺はリントヴルムについてもう一度調べ直し、この小型の翼竜が眼と耳が良い事が分かった。リントヴルムの眼が良い事は今までの経験で分かっていたのだが、耳まで良いとは知らなかった。


「でも、『気配消しのイヤリング』を使った時は、なぜ逃げられたんだ?」

『あれは赤いリントヴルムに攻撃されたからです』

 メティスの言葉を聞いて思い出した。『気配消しのイヤリング』を装備して黒いリントヴルムに近付こうとした時、赤いリントヴルムに邪魔されたのだった。


 その時も黒いリントヴルムには逃げられたので、『気配消しのイヤリング』も効果がないと思ってしまったのだ。


 俺は鳴神ダンジョンへ向かう。一層の転送ルームから十層の転送ルームへ移動し、D粒子ウィングでピラミッドの右側にある岩山地帯へ飛ぶ。


 この岩山地帯はリントヴルムの巣になっている。それも様々な色のリントヴルムが巣食っていた。赤や緑、蒼や黄金などのリントヴルムが目立つが、その中に黒いリントヴルムも居るのだ。


 着地した俺はリントヴルムの巣を目指して進んだ。鎧の上に迷彩色のポンチョを羽織り、周りの景色に同化して見えないように工夫している。それに加え『気配消しのイヤリング』も装備していた。


 慎重にリントヴルムの巣へ近付き、黒いリントヴルムを探す。見付けた。周りをチェックすると近くに様々な色のリントヴルムが数匹居る。


 ジリジリと慎重にリントヴルムたちへ近付く。今回は小型飛竜たちに気付かれる事なく五十メートルほどまで近付けた。ただこれ以上近付けば気付かれてしまうだろう。


 一発で仕留める必要がある。『デスクレセント』を発動し黒いリントヴルムに向かってD粒子ブーメランを放った。凄まじい速さでD粒子ブーメランが飛びリントヴルムたちが逃げる前に命中し、空間振動波を放ちながら回転速度を上げる。


 破壊の魔物のような空間振動波の渦は、数匹のリントヴルムを巻き込み息の根を止めた。それだけではなく岩山自体にも大きな傷を刻む。


『『デスクレセント』は、明らかに大物狩り用の魔法ですね』

 岩山の一部を切り刻み小型飛竜であるリントヴルムを数匹纏めて仕留めたのを見て、メティスが声を上げた。

「でも、こいつが一番速いんだよな」


 『マジックストーン』を使って魔石を集めると、三個の赤魔石<中>と一個の影魔石<中>が回収できた。それからも狩りを続け、影魔石三個とシャドウクレイ四十キロを手に入れる。


 取り敢えず目的の影魔石を手に入れた俺は、ピラミッドの中ボス部屋に向かう。シルバーオーガの様子を確認しようと思ったのだ。


 すると、九層のミノタウロス墳墓で呪いを受けた『鉄の誓い』チームが、中ボス部屋の前で言い争いをしていた。


「おれたちでシルバーオーガを倒せると思うのか?」

 『鉄の誓い』チームのリーダーらしい男が、他の三人に尋ねた。

「やってみないと分からないだろ」


「でも、A級の長瀬さんでも倒せなかったんだぞ」

「それはソロで戦ったからさ。部屋に飛び込んで一斉攻撃すれば、シルバーオーガだって倒せる」


 そんな声が聞こえてきた。馬鹿な奴らだと思いながら、巻き込まれないうちに帰ろうと彼らに背中を向ける。その時、シルバーオーガを倒せると言っていた冒険者が、変な事を言い出す。


「部屋の外から、攻撃したらいいんじゃねえか?」

「馬鹿か、魔法学院で禁止事項だって習っただろ」

「やってみなきゃ分からないだろ」


 それを聞いた俺は振り返った。その時、その冒険者がシルバーオーガ目掛けて攻撃魔法を発動する。

「やめろ!」

 俺は叫んだが、遅かった。何かの魔法が中ボス部屋に撃ち込まれる。次の瞬間、俺を含めた全員が、中ボス部屋に投げ込まれた。


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