第317話 『トレース』の魔法
ゴーレムコアの話をした数日後、アリサたち四人と俺は鳴神ダンジョンへ向かった。目的は二つあり、一つはアリサたちに五層までを案内して彼女たちの探索がスムーズに行えるようにする事だ。
もう一つはゴーレムコアと魔導吸蔵合金を使って分析魔法の『トレース』について実験するためである。
まず俺たちは一層の奥へと進み二層に下りる階段を目指した。起伏の激しい草原を進んでいると、黄色い花を咲かせたセイタカアワダチ草のような雑草が生い茂る場所の近くでオークと遭遇する。
「私が仕留めます」
千佳が告げるとスッと進み出て、オークとすれ違いざまに魔導武器である雪刃丸を抜いて首を刎ねる。その流れるような動作は、美しいと表現するしかないほどだ。
「また腕を上げたようだな」
俺が褒めると、千佳は嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます。大学に居合術をされている先生が居るので、習っているんです。そう言えば、グリム先生が三橋師範から凄い技を習っていると聞きましたよ」
誰から聞いたのかと思ったが、タイチが見ていた事を思い出す。
「素早い魔物を倒すための戦い方を習っているんだ」
「D粒子センサーを鍛えていると聞きましたが、どういう事です?」
「素早い魔物になると、その動きが目では追いきれないから、D粒子センサーで動きを捉えようと思って鍛えている」
「でも、D粒子センサーだと魔物の位置しか分からないですよ」
俺はD粒子センサーで感じ取った情報と視覚情報を組合せて、一つの映像のようなものを再構築する新しい能力を獲得するために鍛練していると教えた。
アリサが首を傾げている。
「そんな事が、本当にできるんですか?」
「まだ試している最中だから分からない。だけど、脳は視覚でも同じような事をしているから、D粒子センサーでもできるようになるかもしれない」
その手応えは感じていた。D粒子センサーの情報で脳内に映像が浮かび上がった事が何度かあるのだ。
そんな事ができるようになった生活魔法使いは、死角がなくなる。冒険者としての格が一段上がるのではないかとアリサたちは思った。
階段の近くまで来た時、ブルーオーガと遭遇する。俺と目が合ったブルーオーガは戦鎚を振り上げながら飛ぶように迫ってきた。若い女性に取り囲まれた俺に腹を立てたのだろうか、と変な事を想像してから身構える。
俺は『サンダーバードプッシュ』を発動し稲妻プレートをブルーオーガに向けて放つ。高速で撃ち出された稲妻プレートは、青い角を持つ鬼の胸に命中して火花放電を起こしてダメージを与えた後、その肉体を撥ね飛ばす。
ブルーオーガは宙を舞い地面に叩き付けられた。そこに天音が『コールドショット』を発動し、D粒子冷却パイルをブルーオーガの胸に叩き込んでトドメを刺す。
『オーガプッシュ』でも『ティターンプッシュ』でもなかったと気付いた由香里が、俺に視線を向けた。
「約束した『サンダーバードプッシュ』だ」
「本当に創ってくれたんですか。ありがとうございます」
由香里が本当に嬉しそうな顔になる。
ブルーオーガを倒した俺たちは、二層へと進みアリサたちを回復の泉へ案内した。
「へえー、これが回復の泉ですか。ここの水を不変ボトルに入れているんですね」
そう言って由香里が水を掬って飲んだ。そして、魔力残量を調べて回復したのを確かめる。
天音も泉の水を飲んでから残念そうな顔をする。
「この万能回復薬が、普通の水筒でも保存できたら凄いのに」
「そうなったら、ここの水が日本を代表する輸出品になるかも。でも、不変ボトルでしか保存できないのが現実よ。その不変ボトルを手に入れるには、感覚共有機能付き蛙型シャドウパペットが必要なんですね?」
アリサの質問に俺は頷いた。
「感覚共有機能付きのソーサリーアイを作れるのが、魔導職人の龍島さんだけなんだが、今はフランスに行っているので頼めないようだぞ」
アリサたちはガッカリした顔をする。
「そんな顔をしていないで、先に行くぞ」
俺たちは二層を通過して三層へ下りる。この海エリアでは、海中神殿の位置だけ教えて通過した。四層の砂漠エリアではワイバーンと遭遇する。
D粒子ウィングで飛んでいる時に、遭遇して戦いとなったのだ。
四人は連携して飛びながらワイバーンを
それを見た俺は、チームワークが素晴らしいと感じた。ソロでやっている俺とは違う強さをアリサたちは持っている。
五層に下りてから、シャドウパンサー狩りを行う。六匹のシャドウパンサーを倒し、六個の影魔石とシャドウクレイ二十キロを手に入れた。
それらのドロップ品を皆で分けてから、五層の中ボス部屋へ行く。
「疲れただろう。ここで一休みしてから、実験を行うぞ」
俺たちはお湯を沸かして、コーヒーを淹れた。インスタントだが、その香りで落ち着いた気分になる。
「実験というのは、何をするのですか?」
アリサがコーヒーを飲みながら質問した。
「分析魔法の『トレース』が、どんな魔法でもコピーできるのかを実験する」
アリサが魔法レベル20で習得できる攻撃魔法や魔装魔法をコピーできるのなら、凄い発見になる。それを確かめるための実験だった。
ちなみに、アリサの魔法レベルは分析魔法が『10』、生活魔法が『14』で、他の魔法レベルは『1』か『0』である。
千佳に魔装魔法、由香里に攻撃魔法、天音に付与魔法を魔導吸蔵合金に保存してもらう。最初は魔法レベル1の魔法を保存して、それをアリサがゴーレムコアにコピーする。
魔法レベル1の魔法は問題なくコピーされた。ゴーレムコアにコピーされた魔法は、魔力を注ぎ込むと発動した。その後、魔法レベル5の魔法、魔法レベル10の魔法と試してみた。
結果、問題なく『トレース』でコピーできた。次に由香里が魔法レベル13で習得できる『ウォール』を魔導吸蔵合金に保存してコピーしようとした時、コピーできなかった。
「どうして? 同じ魔法レベル13の『フライングブレード』はコピーできたんですよ」
アリサが腑に落ちないという顔で言う。
「それは生活魔法の魔法レベルが高いからじゃないか」
「と言うと、魔法レベル15以上の生活魔法はコピーできないという事ですか?」
「そうなるな。魔法レベル16の『ダイレクトボム』で試してみよう」
俺が『ダイレクトボム』を魔導吸蔵合金に保存して、アリサに渡す。その中にある魔法をゴーレムコアにコピーしようとしたが、ダメだった。
「なるほど、コピー対象の魔法と分析魔法の魔法レベルを比べて、高い方の魔法レベルでコピー可能かどうかが決まるという事だな」
この発見を論文に纏めたアリサは世界に発表した。その御蔭でアリサはちょっとした有名人となる。俺も論文を読み、論文の最後に俺と天音たちの名前が協力してくれた事に対する謝辞と一緒に書かれているのに気付いて嬉しくなった。
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