第316話 ゴーレムコア

 <衝撃吸収>の特性が機能を発揮するためには魔力を必要とする。アブソーブ力場を発生させるのに魔力が必要なのだ。但し、受ける衝撃の力が大きくても消費する魔力は同じである。


 特性を付与した布を試していると、アブソーブ力場を発生させると布の形を変えられなくなるのに気付いた。内側から布を変形させる力もアブソーブ力場が吸収してしまったのだ。


「はあ、ダメだ。このまま服に特性を付与すると、アブソーブ力場が発生している間は、身体が動かなくなる」


 アリサがアイデアを出した。

「服の外側にだけアブソーブ力場を発生させるようにはできないんですか?」

「そうか、<ベクトル制御>が使える」


 俺は余った粒子布に<ベクトル制御>と<衝撃吸収>を付与し、布の一方側だけにアブソーブ力場が発生するようにした。その御蔭でアブソーブ力場が発生していない側からなら、布を変形させられる事が分かった。


 俺は服と手袋、靴下に<ベクトル制御>と<衝撃吸収>を付与した。もちろん、アブソーブ力場が発生するのは外側だけである。


 <ベクトル制御>と<衝撃吸収>の特性を付与した服が出来たが、これで完成ではない。この服は聖属性を付与して完成する。ファントムなどの霊体アンデッドを撃退する機能も持たせるつもりなのだ。


「よし、終わった。話というのは?」

 俺の付与作業を見守っていたアリサに尋ねた。アリサはマジックポーチからゴーレムコアを取り出した。


「これはゴーレムコアです。アイアンゴーレムのドロップ品なんですが、魔道具の部品として使われています」


 俺はゴーレムコアを見詰めながら頷いた。

「ゴーレムコアに関して、何か発見したという事?」

「分析魔法を使って調べてみたんです。そうしたら、魔導吸蔵合金に保存した魔法の魔法回路だけを、分析魔法を使ってゴーレムコアにコピーする事ができると分かったんです」


 魔法の魔法回路だけ、という意味が分からなかった。それを尋ねると、魔導吸蔵合金に保存されている魔法は、魔法回路と魔力が同時に保存されている状態だそうだ。なので、発動しろという意志だけで魔法が発動するらしい。


 一方、ゴーレムコアにコピーしたものは魔法回路だけであり、発動しろという意志だけでは発動せず魔力を回路に注ぎ込まなければならないという。


「ほう、分析魔法使いが、そんな事ができるとは知らなかった。その方法を使えば、攻撃魔法や魔装魔法を分析魔法使いが使えるようになるんじゃないか」


 コピーという事は、魔導吸蔵合金に保存した魔法はそのまま残っているのだろう。コピーしたゴーレムコアの魔法回路を発動させると魔法回路はどうなるんだ?


 俺はその点をアリサに尋ねた。

「一度使うと魔法回路は消去されるようです。なので、もう一度分析魔法を使ってコピーする必要があります」


 話を聞いて、これは付与魔法の分野じゃないかと思った。だが、付与魔法を使ってゴーレムコアに刻み込んだら、使用しても消えるような事はないらしい。それに付与魔法でコピーとかできないという。


「面白い、ちょっと実験してみようか」

「今からですか?」

「いや、他の三人も必要だから、次に集まる時にしよう」

 アリサたちは定期的に集まってダンジョン探索をしているので、その時に俺が合流して実験しようという事になった。


「そのコピーの魔法を習得できるのは、魔法レベルがいくつなのか教えてくれる?」

「魔法レベル5です」

 思っていたより魔法レベルが低い。これなら分析魔法使いが、ダンジョンで活動する手助けになるんじゃないだろうか。


 分析魔法使いが魔法レベル10になるのは難しい。魔法による攻撃手段を持っていないからだ。なので、普通は魔導武器や銃を使ってレベルを上げるらしい。


 生活魔法が使えるアリサは例外的存在なのだ。

「ところで、今まで知られていない事が不思議なんだけど」

 アリサによると分析魔法には、使い方が分かっていない魔法が多数存在するそうだ。四十年ほど前に分析魔法の賢者が亡くなった時に、大量の未登録魔法陣が遺品として出て来て、それを遺族が魔法庁に登録したらしい。


 本来なら登録する魔法の説明とかが必要なのだが、賢者の魔法という事で特別に登録されたらしい。分析魔法使いが調査して、使い方が判明するように魔法庁が配慮したという話だ。


 アリサがコピーに使った『トレース』という分析魔法も正体不明のまま登録された魔法の一つだった。


 もし、俺が死んだら収納アームレットの中に入っている未登録の魔法陣が他人でも取り出せるようになるはずだ。登録用の説明文とかはまだ考えていないから、同じような状況になるのだろうか? もしものために説明文を残しておくか。でも、遺言みたいで嫌だな。


 ちなみに、俺の収納アームレットやマジックポーチは、俺でないと扱えないようにセキュリティが掛かっている。だが、俺が死んだ場合、そのセキュリティが外れる仕掛けになっていた。


 俺とアリサは作業室に持ち込んだソファーセットに座って話していたのだが、窓から差し込む光の筋がアリサの黒髪に当たって輝いていた。大学生となったアリサは大人びて魅力的な女性になっている。


 アリサが髪を掻き上げる仕草に、なぜか目が惹き付けられる。

「どうかしました?」

 突然の質問に俺は慌てた。

「い、いや、何でもない。アリサは大学を卒業したら、どうするんだ?」


「まだ決めていません。就職先がなかったら、バタリオンで雇ってください」

 アリサほど優秀な分析魔法使いなら就職先に困るという事はないだろう。だが、バタリオンで一緒に働くというのは魅力的な提案だ。


「アリサなら大歓迎だよ」

 その時、作業室のドアがノックされトシゾウが入ってきた。紅茶を淹れて持ってきたようだ。

「紅茶、お、持ちしま、したあ」

 まだ発音がおかしいが、喋れるようになっている。ちなみに、タア坊も熊語を喋れるようになっていた。熊語を作ったのはメティスである。


 そのタア坊がトシゾウの後ろから入ってきた。

「ガウッ、デュイッ」

 アリサが目を細めてタア坊を抱き上げる。続いてコムギも入って来た。屋敷内ではコムギがメティスの目と耳になっているので、自由に行動している。


「メティス、なぜタア坊は熊語なの?」

 アリサが尋ねた。

『タア坊に組み込まれている魔導コアの中に、熊語の原形のようなものがあったのです。それを研究して、熊語を完成させました』


 夜の暇な時間に、メティスはそんな事をしていたらしい。

「だったら、猫語というのも有るの?」

『もちろんです。ソーサリーボイスを組み込んだ猫型シャドウパペットが居れば、教えるのですが』


「だったら、私とモヒカンに教えて」

『いいですよ』

 アリサはモヒカンに日本語を教えたのだが、モヒカンから日本語が発声されると違和感が有るらしい。


 この日以降、アリサが屋敷でモヒカンと話している姿を見るようになった。


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