第314話 韋駄天の指輪
病院で検査した結果、俺の傷は三日ほどで完治するだろうと医者に言われた。
『良かったですね。一週間は鍛練もせずに安静にしてください』
「三日だろ」
『怪我が完治しても、すぐに鍛練などしないで一週間ほど休んだ方がいいと思います』
「俺は若いんだから大丈夫だよ」
屋敷に戻ると嬉しそうな顔をする金剛寺に出迎えられた。
「怪我をしたと聞いた時は心配しましたが、大丈夫そうな御様子を見て、安心いたしました」
「怪我自体は、魔法薬と『治療の指輪』で治したので、問題なかったんだ」
「目的のものは手に入ったのでございますか?」
「ああ、奉納して魔物に勝てば、願いが叶うというのは本当だったよ」
あの『奉納の間』には、そういう噂もあったのだ。
金剛寺にコーヒーを淹れてもらい飲んでから、ソファーで寛ぐ。
「そうでした。フランスから荷物が届いております」
フランスと聞いて、フランスの会社にシャドウパペットの色を変えるスプレー缶を注文した事を思い出した。金剛寺から受け取り箱から出すと、中から二本のスプレー缶が出てきた。
『執事シャドウパペットに使うのですか?』
俺は頷き、それから金剛寺に視線を向ける。
「そうだ、情報収集を頼んでいた長瀬さんとシルバーオーガの戦いはどうなった?」
俺が雷神ダンジョンに潜っている間に、シルバーオーガがどうなったか調べるように金剛寺に頼んでいたのだ。
「二日前に、長瀬様はシルバーオーガと戦われました」
「結果は?」
「途中でエスケープボールを使って脱出されたそうです。最初からシルバーオーガの実力を試す目的で挑戦されたのだと思います」
相手の実力を調べ上げて勝てる戦術を考え、そのために必要なものは用意してから本気で倒す。手強い中ボスなどと戦う場合、こういう戦術を取る事が多いそうだ。
冒険者ギルドに報告された情報によると、シルバーオーガは魔導武器の槍を持っていたらしい。
「どんな機能を持った槍だったんだ?」
「火炎弾を撃ち出す槍だったようでございます」
凄まじいスピードを持ち、火炎弾を撃ち出す槍も持っているのか。長瀬は勝てるのだろうか? 不安な点は長瀬の持つ武器が、神話級の魔導武器ではなく一段落ちる伝説級だという点だろう。
本人も気にして神話級の魔導武器が欲しいと言っているが、まだ手に入れていないようだ。もしかすると、シルバーオーガを倒せば、手に入るかもしれない。
俺は三日ほど静養した。但し、身体は休めてもD粒子に関係する鍛練だけは続けた。『干渉力鍛練法』に書かれていた鍛練とD粒子センサーの鍛練である。
人間の脳は、視覚に関して面白い補完機能を持っている事が証明されている。見ている対象の一部が何かで遮蔽されていた場合に欠損した視覚像が脳により補完され、全体像が再構成されているらしいのだ。
つまり見えていない部分を脳が推測して補い完全な形として見せる。D粒子センサーにおいても同じ事ができないか試してみた。
D粒子センサーで感じ取った情報と視覚情報を組合せて想像し、一つの映像のようなものを再構築できないか練習してみた。
初めは上手くいかなかったが、三日目にちょっとしたコツを掴んだ。そのコツを突破口として新しい能力を構築していく。人間の枠を越えて、新しい能力が生まれようとしているのではないかとワクワクする。
静養期間が終わったので、三橋師範のところへ相談に行った。俺から新しい能力の事を聞いた師範は、目を輝かせてアドバイスをしてくれた。かなり参考になるものだ。
それから『疾風の舞い』を教えてもらう。運足・呼吸・動作のすべてに術理があり、その全部を吸収するためには時間が掛かりそうだった。だが、これは習得する価値が有るものだ。
『疾風の舞い』を習うと同時に、魔法を使った高速戦闘について習い始めた。その第一段階は、意外にも正確にゆっくりと動く事だった。一つ一つの動作に無駄がないかチェックしながら正確に動く事を師範は要求する。
それは足運びの角度や姿勢などの全てに修正が入り、俺が溜息を漏らすほどだった。何日もゆっくりした動きを訓練し、七割方習得した段階で次の修業に入る。
次は『韋駄天の指輪』を嵌めて、正確でゆっくりした動きを行う事だ。『韋駄天の指輪』は神話級の魔導装備ではないかと思うほど凄いものだった。
筋力増強・神経伝達速度の増速・思考速度アップ・身体機能強化・体細胞や骨の強化などに絶大な効果を発揮するというものだったのだ。但し、体細胞や骨の強化は高速で身体を動かしても大丈夫というギリギリのものなので、走っている途中に
魔装魔法使いは高速戦闘の魔法を取得した場合、身体の頑丈さを増す魔法も習得するらしい。俺の場合はD粒子の糸で織り上げた服に<衝撃吸収>の特性を付与して着るのが、一番良さそうだ。
『韋駄天の指輪』に魔力を注ぎ込むと効果を発揮し始め、目の前に居る師範の動きが遅くなり、耳に聞こえる音も普段とは違ったものになる。俺は師範に習った正確でゆっくりとした動きで移動を始める。
俺の足が地面を蹴ると地面が削れ土煙がゆっくりと舞い上がる。映像をスローモーションで見ているような感じである。
高速で動いた場合、呼吸が苦しくなるのではないかと心配したが、『韋駄天の指輪』の機能の一つに身体機能強化というものがあり、これが呼吸機能も高めているので大丈夫なようだ。
五分ほど動いて、『韋駄天の指輪』への魔力供給を止める。その瞬間、周りの動きが元通りとなった。
身体の細胞が酸素を求め呼吸が苦しくなる。
「はあはあ、何で苦しくなるんだ?」
それを聞いた三橋師範が笑う。
「身体の細胞が高速運動に慣れたところに、『韋駄天の指輪』の効果が切れたからだろう」
魔装魔法の賢者は、素早さを十倍にする魔法を開発したと聞いている。それだけで尊敬に値すると思った。素早さを上げるという事は、筋力アップだけでなく様々な身体機能を上げ、そのバランスを調整する必要が有るからだ。
「無理をするなよ。異変を感じたら、『韋駄天の指輪』の機能を止めて、元の状態に戻れ」
三橋師範のアドバイスが耳に届いた。
『韋駄天の指輪』を使った高速戦闘の訓練を続け、ようやく一分くらいなら戦えるようになった。そこで鳴神ダンジョンのゴブリンたちを相手に戦い、その成果を試す事にする。
鳴神ダンジョンの二層へ行ってゴブリンの町へ向かう。ゴブリンたちに見付かって大勢のゴブリンが出てきて俺を囲んだ。
俺は『フライングブレード』を発動し斬剛ブレードを手に持つ。それから『韋駄天の指輪』に魔力を注ぎ込んだ。その瞬間、ゴブリンたちの動きがスローモーションになる。
効率の良い倒し方を考えながら、移動を始める。この時に空気が重いと感じた。高速戦闘時には、空気さえ変わるのだ。
ゴブリンに近付き斬剛ブレードを振り、その首を刎ねる。ゴブリンから見た俺の動きは、普段の四倍ほど速くなっていたのではないだろうか。
まだ八倍まで素早く動けないのは訓練不足であるからだ。だが、ゴブリンには十分な速さだった。ゴブリンの間を動き回り、正確に首を刎ねる。ゴブリンには俺の姿が時々消えたように見えただろう。
百匹以上のゴブリンを一分以内に倒した俺は、ゴブリンメイヤーが残したマジックポーチを拾い上げ周囲を見回した。一匹のゴブリンも生存していない。
『目が回るほど凄い戦いでした』
メティスが感想を言う。褒められて嬉しくなったが、これくらいではシルバーオーガは倒せない。もっと訓練しなければならないだろう。
俺は『マジックストーン』で魔石を集めてから地上に戻った。
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