第312話 奉納の間

 D粒子センサーの鍛練を終えた俺は屋敷に戻った。俺を出迎えた金剛寺が、アリサたちが来ていると言う。


 屋敷に入るとアリサたちと亜美が来ており、俺の顔を見ると笑顔で出迎えてくれた。挨拶を交わして用件を尋ねると、亜美が俺に視線を向けて声を上げる。


「グリム先生、カリナ先生から伝言を頼まれました。バタリオンに入れてくださいとの事です。それと私も入りたいです」


「ありがとう。二人にはメンバーになってもらいたかったんだ。ところで、進路は決まったのかい?」

「はい、大学でフランス語と英語の勉強をしようと考えています」


 亜美は将来シャドウパペットの商売を始めようと考えているので、シャドウパペットの作製販売が盛んなフランスで勉強したいという事だった。


 シャドウパペットを作製する技術については俺から学べば良いが、それを商売として行う場合、どうすれば良いのかはフランスが進んでいる。シャドウパペットの色を変える技術もフランスで開発されたので、それを学びたいのだという。


 亜美は将来の事をしっかり考えているらしい。シャドウ種の魔物は上級ダンジョンに多いので、亜美もC級冒険者になる方が良いだろう。


 亜美に確かめてみると、C級冒険者にはなりたいらしいが、急いではいないようだ。アリサたちのようにファイアドレイクを倒してC級になろうというほど、リスクを負いたくないという。


 アリサたちも亜美の話を聞いて協力すると言った。俺の設立するバタリオンでは、メンバーが助け合って各人が充実した人生を送れるようにしていけたらいいと思う。


 アリサたちに何か用があったのか尋ねると、アリサが『マジックストーン』を魔法庁に登録した事を報告した。


「魔法庁は、生活魔法の人材を増やしてくれると言っていたから、前より早く登録が完了すると思う」

「そうなんですか」

 アリサたち四人は、俺が賢者だと公表したので、その影響だと気付いた。


「一つ質問が有るんですが?」

 千佳が身を乗り出して言う。

「質問?」

「冒険者ギルドで噂になっていたんですが、シルバーオーガとA級冒険者の長瀬さんが戦うというのです。どちらが勝つと思いますか?」


 魔装魔法使いである長瀬がシルバーオーガに勝てるか気になるらしい。

「グリム先生は、直接シルバーオーガを見たんですよね。手強そうでした?」


「ああ、間違いなくドラゴン級に強い相手だと思う。シルバーオーガに睨まれた時は、ゾッとしたんだ。その後、近藤支部長から詳しい話を聞いたけど、シルバーオーガは人間より十倍ほど素早いらしい」


 千佳は眉間にシワを寄せて考え込んだ。

「それだけ素早いと、動きが見えないんじゃないですか?」

「そうだと思う。俺が攻撃を一回繰り出したら、躱されて九発の攻撃を受ける計算だな」


「グリム先生じゃ勝ち目がないんですか?」

 天音が遠慮無しで尋ねる。俺は苦笑いして、

「今の状態じゃそうだ。三橋師範から言われたんだけど、素早さを七倍くらい上げる魔導装備がないと戦えないらしい」


「七倍というと魔装魔法の『トップスピード』と同じですね」

 『トップスピード』は素早さを七倍に上げてくれるが、五分しか効果が続かないという魔装魔法だった。魔法レベルが『9』でないと習得できない魔装魔法なので、俺には無理だ。


「魔装魔法には、素早さを十倍に上げる魔法が有るのか?」

 俺は千佳に尋ねた。

「魔法レベル17で習得できる『ヘルメススピード』は、素早さを十倍にするはずです。但し、効果が続くのは二分だけです」


 それを聞いた由香里が、腑に落ちないという顔をする。

「ヘルメスというのは、ギリシャ神話に出てくるヘルメス? あの神様は嘘つきと泥棒の神様だったはずだけど」


 アリサが頷いた。

「ギリシャ神話のヘルメスは、神々の伝令役でもあったから、足は速かったはずよ」


 そんな事より効果が二分しか続かないというのが気になった。

「二分しか続かないというのは問題じゃないか?」

 千佳が否定するように首を振った。


「十倍素早くなっていますから、体感時間はもっと長いと思います」

 神経の伝達速度や反応速度も上がるらしいので体感時間も長くなる。但し、素早さが十倍になっても体感時間が十倍になるのではないらしい。人間の脳には限界が有るので、どこまで上がるかは本人の素質によるという。


「そうか、忘れていたよ。という事は、シルバーオーガも高速戦闘中は、時間が引き伸ばされているのか。益々厄介だな」


 『俊敏の指輪』を使っている時はあまり感じなかったが、体感時間が伸びていたのだろうか? 体感時間が伸びるという事は思考が高速化している?


「素早さが同レベルになるのなら、条件は同じだ。長瀬さんとシルバーオーガはいい勝負になるだろう」

 シルバーオーガは身長三メートルという体格なので、パワーはシルバーオーガが上だろう。但し、長瀬は武術などの技術や魔導武器を持っているので、その分有利になる。


 シルバーオーガと長瀬の戦いについて討論会みたいに意見を出し合う。金剛寺が飲み物とお菓子を用意してくれたので、楽しい時間を過ごせた。


 夕方になりアリサたちが帰ると、金剛寺が用意した夕食を食べてリビングでくつろぐ。時間になり金剛寺が帰ったので、一人になるとメティスと話し始めた。


『やはり金剛寺さん一人では大変だと思います』

「そうだな。雷神ダンジョンへ行った後、執事シャドウパペットを作成しよう」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その次の日、俺は雷神ダンジョンへ向かった。一層から『ウィング』を駆使して最短で通過する。それでも十層の中ボス部屋に辿り着いた時には、夜の七時を過ぎていた。


「はあ、ここで野営するしかないな」

 十層の中ボス部屋は、中ボスのリビングアーマーが復活して激しい戦いになった場所だ。また復活するという事はないだろうが、用心は必要だろう。


 俺は為五郎とタア坊、エルモアを影から出す。タア坊を抱き上げて撫でながら一休みする。エルモアがお湯を沸かしてコーヒーを淹れてくれたので、買ってきたサンドイッチを夕食として食べた。


 何事もなく翌朝目覚めると、十一層から十五層へ向かった。十五層はアイアンドラゴンと戦い、聖域で光剣クラウを手に入れた場所だ。


 十六層からは未知のエリアだったが、冒険者ギルドで地図を購入したので階段の場所は分かる。十六層は廃墟エリアであり、大通りの先にある教会に階段がある。


 俺は前方にエルモア、後方に為五郎を配置して進んだ。ここで遭遇した魔物は、ファントム・スケルトンナイト・ブラッドバット・オーガゾンビだ。


 手強かったのはオーガゾンビだけで、他は瞬殺して通過する。十七層は海、十八層は砂漠、十九層は荒野だった。これらのエリアは戦いを避けてD粒子ウィングで飛んだので、時間の節約になった。


 そして、二十層の中ボス部屋に到着する。ここの中ボスは倒されており、セーフエリアとなっている。セーフエリアと言っても復活する事もあるので、絶対に安全という訳ではない。


 この中ボス部屋で一泊してから、翌日に『奉納の間』に行った。『奉納の間』は体育館ほどの広さがある部屋で、中央に井戸のようなものがある。その井戸に奉納する品を投げ込むのだという。


 俺はエルモアや為五郎を影から出していない。チームで倒すよりソロで倒した場合に豪華な魔導装備が出やすいと聞いたからだ。


 俺は『効率倍増の指輪』と『状態異常耐性の指輪』に加え、『治療の指輪』を指に嵌める。そして、黒鱗鎧のスイッチを入れて防御力を上げる。身躱しの鎧ではなく黒鱗鎧を使っているのは使い慣れているからだ。最後に『オートシールド』を発動してから井戸に近付いた。


 パワーソードと『俊敏の指輪』を奉納する。暗い井戸の中に二つの魔導装備が落ちていくと、膨大な魔力と霧のようなものが部屋の中に噴き出し始める。


 それらが一つに纏まり魔物へと変化した。その魔物の姿を確認した俺は顔をしかめる。パワーではシルバーオーガを凌駕すると言われるドラゴニュートだったのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る