第311話 サンダーバードプッシュ

 近藤支部長から雷神ダンジョンの『奉納の間』の情報を聞いた俺は、雷神ダンジョンの近くにある冒険者ギルドの支部を訪れた。そこの資料室で『奉納の間』について調べるためだ。


 資料室に行くと先客が三人ほど居て、何かを調べていた。俺は『奉納の間』についての資料を探し出し読み始める。


 『奉納の間』に出て来る魔物は、決まっていないようだ。奉納した魔導装備によって召喚される魔物が変わるのだという。ブルーオーガからドラゴニュートまで様々である。


「ドラゴニュート……そんなのも召喚されるのか」

 シルバーオーガに匹敵する手強い魔物である。スピードはシルバーオーガが上で、パワーはドラゴニュートが上という感じだろうか。


 俺としてはドラゴニュートの方が戦いやすいかもしれない。ドラゴニュートがパワーを発揮する前に、生活魔法で仕留められるからだ。


 先客の一人が近付いてきた。

「雷神ダンジョンで活動している瀬良という者だ。君は『奉納の間』に挑戦するのか?」

 俺より少し年上という感じの冒険者で、動きから魔装魔法使いではないかと思われる。

「そうだけど、それが何か?」


「無理しない方がいいぞ。その歳だとC級になったばかりだろう。『奉納の間』で召喚される魔物は、最低でもブルーオーガなんだ」


 善意でアドバイスしてくれるのは分かるが、こういう勘違いは扱いに困る。俺は苦笑いして、

「ご忠告ありがとう。だけど、俺はA級冒険者なんだ。心配するような事にはならないから、安心してくれ」


 その言葉を聞いて、瀬良の顔が赤くなる。

「し、失礼しました」

 チームメイトらしい二人が、後ろの方で爆笑していた。


 その二人が寄って来て、

「済みません。こいつが変な勘違いをしてしまって」

「いや、構わないよ」


「もしかして、生活魔法使いのグリム先生ですか?」

 週刊誌や新聞に載った時の名前は、『グリム先生』という通称になっていたので、本名より通称の方が広まっているのだ。


 俺が頷くと、その冒険者は嬉しそうな顔をする。

「先生の本を読みました。素晴らしかったです」

 生活魔法の教科書を読んだらしい。褒めてくれるのは嬉しいが、ちょっと照れる。


 資料を読んだ限りでは、魔物を倒した者は希望する魔導装備を手に入れたようだ。その三人からも『奉納の間』の情報を仕入れて、俺は冒険者ギルドを出た。


 帰りの電車の中で、『奉納の間』に挑戦するべきかどうか考える。

「よし、挑戦しよう」

 渋紙市に到着したので電車から降りて屋敷の方へ歩く。日が落ちて空は暗くなっているが、繁華街は明るい。屋敷が近付くに従い周りも暗くなり、古い家が多くなる。


 屋敷を見ると明かりが灯っていた。

「帰宅が遅くなったら、帰ってもいいと言っておいたのに」

 屋敷に入ると金剛寺が出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ」

「ただいま、時間になったら帰っても良かったんだよ」

 金剛寺が柔らかい笑顔を見せ、

「初日ですから、お帰りをお待ちしてから帰ろうと思ったのです。夕食は食べられたのですか?」


「いや、まだ食べてない」

「それでしたら、簡単なものでよろしければ作ります」

 空腹を覚えた俺は、金剛寺に頼んだ。金剛寺は食材を買ってきたようで、簡単と言ったのに一人前の鍋を作ってくれた。


 鍋は美味しかった。金剛寺は片付けをしてから帰り、一人になった俺は風呂に入ってから干渉力の鍛練を行う。


 翌日、『奉納の間』に挑戦する準備を始める。まずは、鳴神ダンジョンへ行って不変ボトルに万能回復薬を補給する事にした。


 鳴神ダンジョンの二層にある回復の泉へ行って、不変ボトルを満タンにする。俺の背後で周囲を警戒していたエルモアが声を上げる。

『『サンダーバードプッシュ』は試さないのですか?』

「そうだな。一層で試そう」


 俺は一層に戻って最初に遭遇したオークに向かって多重起動なしの『サンダーバードプッシュ』を発動。<ベクトル加速>の特性により加速した稲妻プレートは、『オーガプッシュ』の二倍ほどの速度で飛翔しオークに命中した。


 稲妻プレートがオークの胸に食い込み電流をオークの肉体に注ぎ込む。次の瞬間オークの体が交通事故のように跳ね飛ばされた。宙を舞ったオークはその姿を消す。


「防御用の魔法なのに、威力が有りすぎるんじゃないか?」

 俺が予想した以上に飛翔速度が速い。嬉しい誤算だが、『オーガプッシュ』と比べると魔力消費が多いようだ。その分発動も時間が掛かり、早撃ちができるようになるにはかなりの練習が必要だろう。


『大型の魔物には通用しないと思いますが、かなりの威力が有るようです』

 この魔法の発動に慣れるように、多重起動で『サンダーバードプッシュ』を発動する練習を繰り返した。そのコツを掴んだ後、ブルーオーガで試そうと考えた。


 俺がオークと遭遇した場所は、ブルーオーガも多い。ブルーオーガを探して森をうろつくと、間もなくブルーオーガと遭遇して戦う事になった。


 戦鎚を持ったブルーオーガが凄い勢いで迫る。五重起動で『サンダーバードプッシュ』発動し、ブルーオーガ目掛けて放つ。それに気付いたブルーオーガが避けようとするが、稲妻プレートの速度が速く肩を掠めるように命中。


 小さな雷のように火花放電が起こりブルーオーガが回転しながら倒れた。そこに『クラッシュボール』を発動してトドメを刺す。


 俺の横でトリシューラ<偽>を構えて見守っていたエルモアが、ブルーオーガが消えた場所へ行き魔石を拾い上げる。


「稲妻プレートのスピードはいいな。シルバーオーガにも通用するんじゃないか?」

『いえ、それは無理でしょう。もし通用するとしたら、七重起動で発動し至近距離で放った場合だけだと思います』


 俺はブルーオーガを探して何度か『サンダーバードプッシュ』を試した。十メートル以内の間合いなら、ブルーオーガも避けられない事が分かった。


 地上に戻った俺は、冒険者ギルドへ行き鳴神ダンジョンの十層について調べたが、まだシルバーオーガは倒されていないようだ。


 A級冒険者の長瀬がすぐにでも倒すかと思ったが、それなりに準備が必要なのだろう。D粒子センサーの鍛練でもしようと思い訓練場へ向かう。


 数人の冒険者が練習を始めようとしている。長椅子に座り目を閉じてD粒子を感じ取ろうと集中する。俺の周囲に感覚のが広がり、D粒子の動きで様々なものを感じられるようになる。


 その感覚の環が訓練場で練習をしている冒険者のところまで届く。冒険者たちが素早く移動しているのが感じられる。そして、冒険者たちの周囲で何かが激しく動いている。目を開けてみると、それが竹刀だと分かった。


「これはD粒子センサーの情報を分析しきれていないという事かな」


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