第310話 ナンクル流『疾風の舞い』
それから何回も倒されて、師範が何をしているのか分かった。師範は俺の動きを把握するためにすべての感覚を動員している。そして、俺が攻撃を仕掛けたら最小限の動きで躱すか受け流し、それと同時に攻撃を繰り出しているのだ。
その攻撃も最小限の動きに限定している。コンパクトに圧縮された攻撃であるが、防具を付けた俺を一撃で倒すだけの威力があった。
動作が小さいのに威力が有るのはなぜかと尋ねると、パンチや蹴りに重心移動で自分の体重を乗せているらしい。魔物との戦いには利用できないが、コンパクトに圧縮された攻撃という概念は面白い。
この戦い方で一番重要なのは、気配を読むという事だ。感覚を総動員して、相手の動きを感じ取り次の行動を予測する。但し、その予測を信じ過ぎない事も重要だという。
予測が外れた時に対応する余裕を残して、戦う必要があるそうだ。難しすぎるだろう。
この戦い方は古武術の一派が『
「生活魔法使いなら、D粒子を感じ取れる。人間の五感の他にD粒子センサーも使えるのだから、普通の武術家より有利なはず」
そうかもしれないが、五感は生まれた時から使っているので何も考えなくとも自動的に判断できる。だが、D粒子センサーは最近使い始めた感覚だ。そのD粒子センサーから流れ込んだ情報は、頭で整理しないと使えない。
「しかし、D粒子センサーから入る情報を判断するには時間が掛かります」
「徹底的に練習して、視覚と同じように反応できるくらい鍛え上げればいい」
一応D粒子センサーについては鍛えている。その御蔭で感度と感知範囲は世界一だろうと思う。その上で、D粒子センサーから入る情報の判断力も鍛えろ、と師範は言っているようだ。
「分かりました。鍛えます」
「文字を読むとか、テレビを見る時以外は、目を閉じて行動すれば鍛えられるぞ」
師範は『センシングゾーン』を覚えてD粒子を感じられるようになってから、そうやって鍛えたそうだ。
三橋師範の魔法レベルが、知らない間に上がっている。確かめてみると、師範は魔法レベル9になったという。
「そうすると、『クラッシュランス』や『カタパルト』も習得しているのですか?」
「もちろんだ。特に『クラッシュランス』は面白い。突きの動作でクイントクラッシュランスを放つように鍛練したら、アーマーベアも簡単に仕留められるようになったぞ」
『クラッシュランス』でアーマーベアを倒すとなると、正確にアーマーベアの急所にD粒子ランスを叩き込まねばならない。それを簡単そうにやってしまう師範の技量に驚くしかなかった。
師範から高速戦闘の戦い方を教わり、これから空手の訓練を再開する事にした。
「だが、この戦い方を身に付けてもシルバーオーガには勝てないと思うぞ」
それは分かっているので頷いた。普通の人間より十倍ほど素早い動きができるシルバーオーガには、これくらいの技術では太刀打ちできない。
俺はパワーソードと『俊敏の指輪』を師範に見せた。
「この二つで、五倍くらいまでスピードアップできると思っているのですが、それでもダメですか?」
師範が渋い顔で首を振る。
「まだ足りんな。少なくとも素早さを七倍ほどに上げる魔導装備がないと勝てんだろう」
「そんな魔導装備が有るんですか?」
「さあ、私は聞いた事がない。近藤支部長にでも聞いてみるんだな」
「そうします」
嬉しい事に俺がバタリオンを立ち上げるのなら、師範もメンバーになると言ってくれた。タイチがバタリオンの事を説明したようだ。
「ありがとうございました」
俺は訓練再開の約束をしてから、冒険者ギルドへ向かう。ギルドに入ると騒がしい。何かあったのだろうか? ちょうど鉄心が居たので、何を騒いでいるのか尋ねる。
「冒険者ギルドから警告されていた鳴神ダンジョンの九層にある墳墓の棺に、手を出した冒険者が出たんだよ」
「誰なんです?」
鉄心が溜息を吐いた。
「最近、鳴神ダンジョンへ活動場所を移してきた『鉄の誓い』チームの
その名前に覚えがなかった。活動場所を移して間がないのだろう。
「無事だったんですか?」
「無事だとは言えんな。棺の蓋を開けた瞬間、棺から大きな叫びが響き渡って、近くで聞いた樋口は、耳が聞こえなくなった」
冒険者ギルドが警告しているのに、手を出す方が悪い。これは自業自得だな。
「棺の中に埋葬品は?」
「ミノタウロスのミイラだけだったそうだ」
支部長はどんな顔をしているだろう。俺は支部長に会いたいと連絡してもらい、すぐに会えるという事なので支部長室へ向かう。
近藤支部長は苦い顔で待っていた。
「教えて欲しい事が有って訪ねたのですけど、時間は大丈夫ですか?」
「A級冒険者のサポートをするのも支部長としての仕事だから、遠慮せずに頼ってくれ。それで何を知りたいのかね?」
俺は三橋師範と話した内容を支部長に告げて、素早さを七倍以上に上げる魔導装備はないか尋ねた。
「それほどの魔導装備となるとオークションで落札するしかないが、十数億円の値段になると覚悟……そうだ、雷神ダンジョンの二十層なら可能性が有るな」
「雷神ダンジョンの二十層? 何か有るんですか?」
支部長の説明によると、その二十層の中ボス部屋の近くに『奉納の間』という部屋があるという。そこに魔導装備を奉納すると魔物が現れて戦いを挑まれるらしい。
「その魔物に勝つと、奉納した魔導装備以上のものが、ドロップ品として残されるのだ」
「素早さを七倍以上に上げる魔導装備が欲しければ、『パワーソード』と『俊敏の指輪』のどちらを奉納すればいいんでしょう?」
「この場合は、両方だろう。失敗すれば、二つの貴重な魔導装備を失う事になるが、成功すれば欲しい物が手に入るかもしれん」
『奉納の間』はエスケープボールが使えるらしい。出てきた魔物に勝てないと判断したら、逃げる事も可能だという。
「分かりました。『奉納の間』の件は、もう少し調べてから判断します」
「それがいいだろう」
俺は支部長に礼を言って、冒険者ギルドを出た。
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