第308話 シルバーオーガ

 通路を戻り転送ルームへと向かう。十層の転送ルームも左手の甲にあるタトゥーで入れた。転送ルームにはいくつもの転送ゲートが並んでいたが、使用可能なのは一層と五層へ行く転送ゲートだけのようだ。


 俺はエルモアを影に潜らせてから、一層を選んで転送ゲートに進んだ。一層の転移ルームから外に出て地上へ戻ると、外は少し薄暗くなっていた。


「さて、冒険者ギルドへ行こう」

 ダンジョンの外でもD粒子ウィングが使えれば良いのに、と思いながら冒険者ギルドへ向かう。ギルドへ到着して、受付のところで鳴神ダンジョンの九層と十層について報告したいというと、支部長へ伝えられる。


 A級冒険者だとVIP待遇になるので、報告は支部長が受けるのが基本らしい。俺は支部長室へ行って報告した。それを聞いた近藤支部長は深刻な顔になる。


「なぜ、そんな顔をしているんです?」

「シルバーオーガだ。あの化け物は倒すのが、本当に難しい魔物なのだよ」

 支部長の話によると、シルバーオーガはレッドオーガよりスピードとパワーが上で、高速戦闘を仕掛けてくるらしい。その戦闘スピードに付いていけるのは、A級の魔装魔法使いくらいだという。


 一流の武術家や格闘家の動きを身に付けた魔装魔法使いが、筋力と防御力を十倍くらいにまで高めた状態とシルバーオーガは同等だという。支部長からシルバーオーガの詳しい情報を聞いた。


 俺も空手と西洋剣術を学んでいるが、接近戦で戦うのは無理だ。倒すには遠距離戦で戦うしかない。ただ戦う場所がピラミッド内の部屋の中というのでは、問題外だった。


 あの部屋だと必ず接近戦になる。誰かが倒すのを待つしかないのか? それはなんか嫌なので、他に戦い方がないのか考えてみよう。


「しかし、凄いな。A級になったばかりだと言うのに、『生命の木の実』を手に入れ、十層へ下りる階段と十層の転送ルームと中ボス部屋を発見した。これでランキングの順位は、二百位くらいになるのではないか」


 A級冒険者の中には、ほとんど活動していない者も居るので、二百位くらいに上がるのは簡単らしい。ただそこから順位を上げるのは苦労するという。


「君は若くしてA級冒険者となった。これから先ゆっくりと上を目指せば、ランキング十位以内に入れるかもしれない。そうなれば、日本で初めてトップテン入りしたA級冒険者になる」


 それは凄い事であり、名誉な事なのだという。支部長の期待は重く感じる時もあるが、俺の可能性を信じて期待しているので、素直に嬉しかった。


「ところで、九層の墓には小部屋があり、そこには棺が置かれていました」

「その棺を調べたのかね?」

「いえ、その小部屋の入り口に『死者の眠りを妨げるべからず』と書かれていたので、手を出していません」


 支部長が厳しい顔になり頷いた。

「それが賢明な判断だろう。他の冒険者にも徹底させねばならんな。冒険者ギルドから全員に伝えよう」


 最後に金剛寺を執事として雇う事を伝える。

「そうか、金剛寺は生活魔法の才能が『D』だったはずだ。少し教えてやれば、執事としての仕事にも役に立つはずだ」


「分かりました。生活魔法の中には、屋敷を維持するために役に立つものがあるので、それを教えますよ」

 近藤支部長が優しい笑みを浮かべて頷いた。


 報告を終えて屋敷に戻る。影から為五郎たちを出すと、リビングのソファーに座って、どうするか考えた。考える対象はシルバーオーガである。


 今の自分が戦えば、負ける確率が高いのは理解している。シルバーオーガほどの魔物になると、魔法による攻撃の気配を読んで避ける。


 たぶん拳銃やライフルで攻撃しても、気配を読んで銃弾を避けるだろう。シルバーオーガとは、それほどの化け物なのだ。


「生活魔法使いが、シルバーオーガに勝てる方法はないんだろうか?」

 俺の言葉を聞いたメティスが、

『正攻法で倒すのなら、スピードを上げて高速戦闘ができるようになる事です』


 それはそうなのだが、俺には魔装魔法の才能はない。『俊敏の指輪』やパワーソードの機能を使っても普段の五倍ほどにスピードを上げるくらいしかできないだろう。


 パワーソードは筋力を五倍にアップするが、それでスピードが五倍になる訳ではない。精々三倍から四倍が限度だろう。そこに『俊敏の指輪』の効果が加われば五倍にできるかもしれない。


 但し、それには練習が必要だ。そして、高速戦闘時には相手の動きを察知する能力も必要になる。生活魔法使いの場合なら、D粒子の動きを感じ取り、それを情報化する能力である。


 シルバーオーガはA級の長瀬が倒してしまうかもしれないが、練習しておけば将来役立つはずだ。一度三橋師範のところへ相談に行くのも良いかもしれない。


 翌日の午後、アリサたちが訪ねて来た。

「グリム先生、私たちが預けた巻物は何だったのですか?」

「あれは<衝撃吸収>の特性だった。かなり有益なものだったよ」


 俺は対価として何が良いか考えて、『マジックストーン』の登録権利を渡す事にした。『マジックストーン』は早めに広めようと考えていたのだが、魔物を倒すために必要な魔法を優先的に登録したので、未登録で残っていたのである。


 アリサたちが受け取るのをためらった。

「この魔法は、使い勝手がいいので、『コーンアロー』みたいにヒットするかもしれませんよ」

「<衝撃吸収>の特性は、それ以上の価値がある。足りないなら『マルチプルアタック』も付けようか?」


「いえ、『マジックストーン』だけで十分です」

 アリサが代表して断った。<衝撃吸収>の特性には、それだけの価値が本当に有るのだから遠慮する事はないのに。


 由香里が<衝撃吸収>の特性を使った魔法を創ったのか尋ねた。

「ああ、『ティターンプッシュ』というプッシュ系最上位の魔法だ」

 俺は新しい魔法の詳細を教えた。


「それを習得できる魔法レベルはいくつなのですか?」

「魔法レベルは『14』になる」

 それを聞いた由香里は残念そうな顔になる。


「『ティターンプッシュ』は、かなり複雑な仕組みになっているので、仕方ないんだ」

「『Dクリーン』の時のように、劣化版を作れないのですか?」

 アリサが尋ねた。


 考えてみたが、ティターンプレートの大きさや射程などを調整しても、習得できる魔法レベルが『10』以下にはならないだろう。


「やはりダメだな。……そんなにガッカリしなくても、攻撃魔法の中には強力な防御用の魔法も有るんじゃないのか?」


 由香里が首を振って否定する。防御用の魔法は有るのだが、魔力を大量に消費するので習得できる魔法レベルはかなり高いという。


 アリサが一つ提案をした。

「『オーガプッシュ』に別の特性を付与した魔法なら、習得する魔法レベルを低く抑えられませんか?」


 D粒子二次変異の特性を一つか二つ付与するだけなら、魔法レベル10以下になるかもしれない。俺は考えてみようと約束した。冒険者の中で生活魔法の才能が『D』という人数が一番多い。魔法レベル10以下で習得できる魔法を増やすのは重要なのだ。



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