第282話 バタリオンの必要性

 グリムの屋敷を出たアリサはジービック魔法学院へ向かった。学院の授業は終わり放課後となった生徒たちが、次々に門を出て帰って行く。


 アリサは学院に入って職員室へ進んだ。職員室ではカリナが山のように積まれた書類を忙しそうにチェックしている。


「カリナ先生、忙しそうですね」

「進学先や就職先を決める時期なのよ。結城さんも忙しいのに、ごめんなさい」

「ちょうど休講になったので大丈夫です。相談が有ると聞きましたが、何でしょう?」


「別の部屋へ行って話しましょう」

 アリサとカリナは、生活魔法部の部室へ行った。今日は部員がダンジョンへ行っているので誰も居ない。


「相談というのは、進学しないでプロの冒険者になるという生徒の事で、相談に乗って欲しいの」

「生活魔法使いなんですよね。心配する必要はないと思いますけど」


 カリナが溜息を漏らす。

「それが、魔法才能が『D』なのよ」

 それを聞いたアリサが、苦笑いを浮かべる。

「生活魔法以外の才能はどうなのです?」


「攻撃魔法が『D』、魔装魔法が『D』なの」

 才能が豊かだと言って良いのか迷う生徒だ。だが、心配ないとアリサは思った。上級ダンジョンで活動したいと考えない限り、生活魔法だけで暮らしていけると考えたからだ。


「大丈夫だと思います。才能『D』の限界である『10』まで魔法レベルを上げれば、大概の冒険者と比べても遜色ない活躍はできますよ」


 ちなみに、魔法才能が『C』なら『15』まで、『B』なら『20』まで、『A』なら『30』まで魔法レベルを上げられ、魔法才能『S』は制限無しである。


 アリサの返答を聞いても、カリナは納得できなかったようだ。

「どうして、そう思うの?」

「現在登録されている生活魔法の中で、魔法レベル10で習得できる魔法だけでも、D級冒険者にはなれると思います。それに生活魔法は、これから発展する魔法ですから」


「そうね。いざとなったら、シャドウパペットの作製者となる事もできるか」

「あっ、そうだ。カリナ先生は生活魔法の新しい魔法が登録された事を知っていますか?」

「知らなかったけど、また、グリム先生が登録したの?」


「違うんです。大上佐平次という人が登録したようなんですが、これが割と凄い魔法なんですよ」

 アリサは『クラッシュランス』について説明した。

「なるほど、その魔法なら防御力が高いアイアンゴーレムでも、倒せるという事ね」


「はい、かなり使いやすい魔法なので、グリム先生もお薦めだと言っていました」

「へえー、さすがグリム先生。習得して使い始めているのね」


「相談というのは、それだけなんですか?」

「そうじゃない、本題はこれからよ。そのプロになる生徒と永田君を鍛えて欲しいの」


 永田君と聞いて誰だろうと思ったが、タイチの事だと思い出した。

「鍛えるというと、タイチ君もプロの冒険者になるんですか?」

「彼はグリム先生にあこがれているようなの。グリム先生みたいにA級を目指すと言っているのよ」


「グリム先生は天才で強運の持ち主なので、あれほどの短期間でA級になれたんです。タイチ君は分かっているのかな」


 タイチは分かっているはずだとカリナが言う。タイチはグリムから直接指導を受けた経験があったので、グリムの戦い方や魔法の発動速度を見ており、尋常じゃないとすぐに気付いたはずだからだ。


「私が二人を鍛える時間が有ればいいんだけど、忙しすぎて手が回らないのよ」

 天音から四人が二週間に一度の割合で一緒にダンジョンを探索していると聞いたカリナは、それにタイチたちを連れて行って鍛えて欲しいらしい。

「分かりました。タイチ君たちは可愛い後輩ですから協力します」


 カリナはダンジョン探索に行く予定を聞いて、タイチたちと相談するという。

「タイチ君と亜美さんが卒業した後、それに続く優秀な生活魔法使いは、育っているんですか?」

 アリサが尋ねた。

「ええ、各学年に二、三人ほど居るから心配ないわ。それにグリム先生がA級になった影響は大きいみたい」


 アリサが首を傾げた。

「と言うと?」

「全国各地の中学から、生活魔法の授業についての問い合わせが来ているのよ。きっと生活魔法の才能が有る入学希望者が増えそう」


 カリナだけでは、生活魔法の基礎を教えるだけで精一杯だろう。その先の事を教える教育の場が必要だとアリサは思った。


「そう言えば、グリム先生が生活魔法のバタリオンを設立したいと言っていました。カリナ先生はどう思います?」

「私は賛成よ。生活魔法のバタリオンが設立されたら、絶対に入る」

 カリナが力強く宣言する。


 話を聞くと、カリナは忙しすぎて生活魔法の最新情報を集める暇がないらしい。アリサは生活魔法の最新情報を教えた。アリサの情報はグリムから聞いたものなので、本当の最新情報だ。


「『フロートボックス』? そんな魔法も登録されているの」

「グリム先生が持っていた特性付き白輝鋼が欲しくて、私たちが集めた巻物を代金として払って手に入れたという事があったのですが、その巻物の中にあった魔法です」


 アリサは冒険者ギルドの支部を廻って生活魔法の巻物を集めた事を話す。

「へえー、結城さんたちは、そんな事をしていたの。……でも、特性付き白輝鋼というのは魅力的ね」


 カリナは元々が魔装魔法使いなので、魔導武器については詳しく自分でも欲しいと思っていた。だが、市販されている魔導武器は高すぎて買えない。


「私が現役の冒険者だったら、手に入れようとして同じように冒険者の支部を廻ったかもしれない」

 その時は知り合いの分析魔法使いを連れて行くだろうとカリナが言った。


 アリサは特性付きの金属が生活魔法で作れるようになれば、と思った。グリムから新しい魔法のアイデアはないかと言われていたので、金属に特性を付与する魔法を創れないかと提案してみよう。


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