第7章 バタリオン編
第281話 パペットウォッシュ
新しい賢者が日本に誕生したと発表されても、俺の生活は変わらない。ただA級冒険者となった事で、周囲の俺を見る目が変わった。
冒険者の最高峰であるA級になったという事実は、生活魔法への認識を変える事に役立ったようだ。次は生活魔法使いの人数を増やす事を目標に活動していこうと思っている。
それには生活魔法を充実させる事が必要だ。そこで『クラッシュランス』の魔法を『
これは登録用紙の実名を記入する欄に『
こうすると、賢者の名前である柊木玄真は公表されずに魔法が登録される。魔法庁の長官は俺の事を知っているが、他に漏らす事は禁じられている。
『クラッシュランス』が登録された数日後、アリサが屋敷を訪ねて来た。
「今日は平日、大学の授業はどうしたんだ?」
「午後に受けている授業が休講になったんです。それより、これを見付けたんですけど」
アリサがマジックポーチから、魔法陣が描かれた紙を取り出して見せた。
「その魔法陣がどうかしたのか?」
「これはグリム先生が創ったものですよね?」
「そうだ、よく分かったな」
「魔法庁に生活魔法の新しい魔法が登録されたと聞いたので、買ってきたんですが、グリム先生が手に入れたという<空間振動>の特性が使われているようだったので、ピンと来たんです」
「その魔法は、魔法レベルを『9』まで上げたのだが、中々『10』になれずに苦労しているカリナ先生たちに、使ってもらおうと思って創ったものなんだ。カリナ先生に知らせてくれないか」
「いいですよ。ちょうどカリナ先生と会う約束をしているので、その時に伝えます」
「ありがとう」
A級冒険者になった俺が、魔法学院へ行くとちょっとした騒ぎになるので、この頃は魔法学院へ行く事を控えているのだ。
アリサが『クラッシュランス』の詳しい情報を知りたがったので教えた。
「なるほど、多重起動できるようにしたのが、一番の特徴なんですね?」
「そうだ。多重起動で飛翔速度と威力を調節する事になる。但し、こいつの威力は空間振動波を何センチまで伸ばすかだ」
アリサが頷いた。
「つまり鋼鉄の塊であろうと丸太であろうと、空間振動波が伸びた長さだけ粉々に粉砕するというのですね。魔物が同じような能力を持っていた場合、怖いですね」
「『プロテクシールド』や『マグネティックバリア』では、防げないと思う。そんな魔物と遭遇したら、逃げるしか手がない。ところで、魔法レベルは上がった?」
「はい、『12』になりました」
「どんな魔法を増やした方がいいと思う。何かアイデアを出してくれれば、試してみるけど、どう?」
アリサが考え始める。そこにメティスの声が響いた。
『それなら、私からアイデアを出してもよろしいでしょうか?』
「ああ、構わないぞ」
『シャドウパペットたちが外で活動すると、当然汚れるので全身を洗う魔法が欲しいのです』
「ダンジョン内での活動を考えると、そうかもしれないな。考えてみよう」
シャドウパペットたちは汚れをあまり気にしていないようだ。だが、もふもふの感触を楽しむためには清潔にするのは大切である。
生活魔法の中には、すでに『クリーン』『Dクリーン』と有るが、どちらも部屋の掃除や手に持っているものを綺麗にするという魔法なので、メティスが欲しがっている魔法とは少し違う。
『『クリーン』はD粒子を使って物に付着している汚れを剥がして綺麗にする魔法です。それが応用できるのでは、と考えています』
「『クリーン』は物の表面にD粒子で振動を与えて、浮き上がった汚れを回収するという魔法だったな。同じ仕組みで創れるんじゃないか?」
『どうでしょう? ちゃんと綺麗になるんでしょうか?』
試してみないと分からないと思い、賢者システムを立ち上げて、『クリーン』を基に身体を洗浄する魔法を組み上げる。
「試してみよう」
『分かりました。まずはコムギで試しましょう』
コムギに砂や泥、油を掛けると、コムギの顔が不機嫌そうなものに変わる。魔導コアに存在する本能のようなものが、そんな顔にさせているだろう。
アリサは興味深そうに見ていた。
「その魔法は、人間にも使えるのですか?」
どうだろう? 使えそうな気もするが試してみないと分からない。
「完成したら、人間にも試してみよう」
新しい魔法を発動すると、D粒子が集まって来てコムギの周りで激しく動くのが感じられた。魔法が終了してコムギの身体をチェックする。
『毛が絡み付いている部分の油が取れていませんね』
「毛の部分はブラッシングするような機能を加えよう。掃除機のような感じでいいかな?」
『それも試してみましょう』
何度も試し修正した。御蔭でコムギの顔がはっきりと不機嫌になっている。しかし、完成した魔法で綺麗になったコムギは凄くもふもふになった。
人間に試す前にエルモアに試してみる。大丈夫なようだ。そこで自分に対して新しい魔法を発動してみた。D粒子が集まり渦を巻きながら、俺の身体から汚れを取り始める。D粒子が身体に与える振動は、シャワーを強めにして浴びている程度のものである。
魔法が終了すると俺の身体がさっぱりした気分になり汚れが取り除かれたと感じた。ただ皮膚の表面にあった油分と水分も魔法が回収したので、少しカサついている感じがする。
着ていた服も一緒に綺麗になっていた。
『成功のようですね』
「でも、シャドウパペット用とした方がいいかもしれない」
アリサが首を傾げた。
「どうしてです?」
「皮膚の水分や油分まで綺麗に取ってしまうので、肌の調子を気にする女性には不評かもしれない」
肌の調子を気にするのは、女性ばかりでなく男性も居るので、そういう男性にも不評かもしれない。だが、人間はダンジョンでのみ使用するという事ならいいかもしれない。という事で名前は『パペットウォッシュ』にした。
アリサが微笑んで、
「でも、すぐにシャドウパペットだけでなく、人間にも使い出しますよ」
俺は肩を竦めた。
「それは個人の責任で使ってもらうしかないな」
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