第271話 百花の危機

 屋敷にアリサが訪ねてきた。俺がアクアドラゴンを倒したと聞いて、話を聞きに来たらしい。

「他の三人は来なかったのか?」


「千佳は家族で山に合宿へ、天音は実家に帰って近くにある風華ダンジョンを制覇すると言っていました」

 由香里は生命魔法の勉強らしい。医学知識が必要な魔法なので大変なようだ。


「ふーん、大学生になっても忙しそうだな。アリサはいいのか、分析魔法の勉強が有るんだろ?」

 アリサが複雑な表情を浮かべた。

「ちょっと頑張りすぎて、私だけ先に進んだみたいなんです」


 アリサは貪欲な知識欲を持っている。何かに集中すると、とことんまで突き進む性格をしているのだ。きっと自分だけで勉強を進め、教授や講師を質問攻めにしたのだろう。


 アクアドラゴンとの戦いを聞きたいというので、俺が語って聞かせると魅力的な笑顔を浮かべて、頷きながら聞いていた。


『紅茶はどうですか?』

 メティスがエルモアを制御して、二人分の紅茶を淹れて持ってきた。最近、俺が紅茶を飲むようになり、試しにエルモアに淹れさせるとできたのだ。それ以来、時々エルモアが紅茶を淹れるようになった。


「あれっ、メティスは、まだソーサリーボイスを使い熟せないの?」

 エルモアが首を振って声を上げる。

「話せますよ。ですが、グリム先生が、元の方がいいと言うのです」


 アリサは俺の方へ顔を向ける。なぜかと聞いているのだ。

「長い間、脳に直接話し掛けられていたから、ソーサリーボイスの声を聞くとメティスじゃないように思えるんだ」


『という事だそうです』

 アリサが肩を竦めた。

「ところで、アクアドラゴンは新しい魔法で仕留めたんですよね。その魔法を習得するのに魔法レベルはどれほど必要ですか?」


「魔法レベル10だ」

「はっ、済みません。『10』と聞こえたんですが?」

「間違いなく『10』だ。この魔法には新しく創った<空間振動>という特性を使っているんだ」


「<空間振動>? それは音波の事ですか?」

「いや、この特性は重力みたいに、空間構造を歪めて振動させる力を持っている」

 それを聞いたアリサが、真剣な顔になる。


「生活魔法というのは、空間構造にまで干渉できたんですか。凄すぎますね」

「『クラッシュボール』は、<空間振動>の特性を調べるためだけに創ったもので、調べ終わったら抹消して本格的な魔法を創ろうと思っていたんだけど」


「その魔法を創る前に、アクアドラゴンを倒したという事ですか。……<空間振動>は桁違いの威力を生むんですね」


 <空間振動>を組み込んだ本格的な生活魔法を創るつもりだが、急いで創る必要がなくなった。じっくり考えて創ろうと思う。


「そうだ、生活魔法らしい魔法を創ったんだ」

「どんな魔法です?」

「『Dクリーン』に<殺菌>の特性を組み込んだ『ステリライズクリーン』と、空気清浄機のような『エアクリーン』だ」


 そう言った時、実験として掃除した物置小屋の壁を思い出した。俺はアリサと一緒に物置小屋へ行き中に入ると壁を確かめる。


「あんまり時間が経ってないけど、『Dクリーン』で掃除した壁の部分に、薄っすらと黒カビが生えている。だけど、『ステリライズクリーン』で掃除した壁の部分は生えていない」


「『ステリライズクリーン』に殺菌効果があったという事ですね」

 殺菌効果が確かめられたので、俺は満足した。

「次は『エアクリーン』を試してみるか」


 物置小屋は一度掃除したのだが、放置していたので少しだけ埃っぽくなっている気がする。

「ちょっと待ってください。埃を見えるようにしましょう」

 アリサが南側の壁の高い位置にある窓を開けた。窓と言っても木の板が嵌め込まれただけのもので、開けると太陽の強い日差しが物置小屋の中に差し込んだ。


 その強い光の中でキラキラと光る埃が浮かび上がる。

「これって、光の散乱で起きるチンダル現象というらしいですよ」

 アリサに教えられて、ちょっと羨ましくなった。大学などでどんどん知識を吸収して成長しているように見えたからだ。


 分析魔法の勉強をしているアリサは、魔法文字や秘蹟文字を勉強している。その関係で幅広い知識を詰め込んでいるらしい。それらの文字で書かれた文章を解読する時に、幅広い知識が必要になるのだ。


 『エアクリーン』を発動し確かめてみると、空中に舞っている埃の数が明らかに減った。そして、二回目の『エアクリーン』で空中を舞っている埃がほとんど見えなくなる。効果は有るようだ。


 俺がゆったりとした時間を過ごしていた頃、経済界の重鎮である大西慶三の孫娘の百花に危機が迫っていた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その日、百花は幼稚園の送迎バスに乗って幼稚園に向かった。百花が座席に座り周りを見回すと、仲良しのひよりが後ろの席に居た。


 バスが信号で止まった時、百花は後ろの席に移った。

「おはよう」

「百花ちゃん、おはよう」

 ひよりは韮崎食品という大手食品会社の社長の娘である。百花とひよりは楽しそうに喋り始めた。


 もう少しで幼稚園に到着するという時に、パトカーが追い掛けてきてバスを止めた。警官が運転手にドアを開けさせ入って来る。


「何かあったのですか?」

 運転手が警官に尋ねると、警官がニヤッと笑って、

「ああ、今、誘拐事件が発生した」

 そう言って、拳銃を運転手に向ける。


 送迎バスがジャックされ、幼児たちが連れ去られた。この事は送迎バスが幼稚園に到着しない事で発覚し、警察に通報された。


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