第272話 百花のポン
警察から連絡を受けた百花の祖父である大西会長は、慌てて自宅に戻った。
「百花が誘拐されたというのは、本当なのか?」
母親の梨沙は涙を堪らえながら頷く。
「警察は?」
「応接室に居られます。誘拐犯は幼稚園に連絡したみたいなのです」
誘拐犯は子供たちの親一人ひとりに金を要求するのではなく、纏めて五億の金額を要求していると梨沙は伝える。
「五億くらいなら、すぐに用意する」
そう言って、出て行こうとする大西会長を梨沙が止めた。
「誘拐犯は、現金ではなく黒魔石<小>で用意するように指示しているそうです」
大西会長は応接室へ行った。中に入って連絡係の刑事に、どんな状況なのかを尋ねる。
「韮崎ひよりという子供の父親が纏め役になって、五億円は用意するようです。ただ黒魔石が品薄になっていて、集めるのに苦労していると聞いています」
「それなら、儂の知り合いが役に立つかもしれん」
大西会長は、冒険者ギルドの慈光寺理事に電話を入れた。刑事に事情を話していいか確認を取ってから、慈光寺理事に事情を説明して、黒魔石を用意してくれるように頼んだ。
大西会長と梨沙は幼稚園に向かった。慈光寺理事には用意した黒魔石を幼稚園に持ってくるように頼んだのである。幼稚園に到着した二人は、特殊事件捜査係の刑事たちが居る部屋に入ると、警察の責任者に黒魔石を慈光寺理事が届けてくれる事になっていると伝えた。
「子供たちは無事なんでしょうか?」
梨沙が不安そうな顔で刑事に尋ねた。
「誘拐犯の目的は金ですから、無事だと思います」
他の子供たちの親も幼稚園に来ており、心配そうな顔で子供たちの無事を祈っている。
大西会長はひよりの父親である韮崎大吾と会って話をしていた。
「身代金を払えば、娘たちは無事に戻って来るでしょうか?」
韮崎社長が不安そうな顔で尋ねた。大西会長は難しい顔のまま、
「無事に帰る事を願っています。それ以外は考えたくありません」
時間が過ぎ黒魔石を持った慈光寺理事が現れた。
「遅くなりました。四億円分の黒魔石です」
一億円分は韮崎社長が用意したので、慈光寺理事は不足分の四億円の黒魔石を用意したのである。
「慈光寺理事、ありがとう。感謝するよ」
大西会長が礼を言うと、慈光寺理事が確認したい事があると言い出した。
「確認したいというのは何だね?」
「会長にではなく、梨沙さんに確認したいのです」
大西会長は梨沙を呼んだ。何事かと刑事も寄って来る。
「梨沙さん、ポンはどこに居るのですか?」
「慈光寺理事が百花の影に潜らせるように勧めておられたので、百花の影の中です。ですが、指輪は私が持っているので、百花は使えません」
「娘から聞いたのですが、遠く離れていても、強く念じればシャドウパペットへ命令を伝えられるそうです。つまりポンを影から出す事が可能なのです」
梨沙と大西会長が驚いた顔をする。
「本当ですか。そうなら、すぐに……」
「待ってください。こういうのはタイミングが肝心です。タイミングは刑事さんたちに相談してから決める方がいいでしょう」
「分かりました」
梨沙と慈光寺理事は刑事たちに説明した。しかし、刑事たちはシャドウパペットについての知識がなく、戸惑っているようだ。
「しかし、シャドウパペットを出せたとしても、それはペットなんですよね。あまり意味がない気がしますが」
刑事たちは懐疑的だった。役に立たないと思っているようだ。
「理解されていないようだ。私のシャドウパペットをご覧にいれます」
慈光寺理事は影から三十キロの体重がある豹型シャドウパペットのレオパルトを出した。
刑事たちが興味深そうに視線を向ける。その中の一人が、
「このシャドウパペットは、どれほどの力が有るのです?」
「小柄ですが、普通の成人男性の三倍ほどの力があります」
刑事たちが頷いた。
「それで百花ちゃんの影に潜んでいるというポンは、どれほどの大きさなんですか?」
「大きさはレオパルトの六割増しです。力は成人男性の五倍になります」
それを聞いた刑事たちが顔を強張らせた。それはもはやペットなどではなく猛獣だと思ったのだ。
「それは危険ではないのですか?」
「この指輪を付けている者に、絶対服従しますので大丈夫です」
刑事たちはシャドウパペットを最後の手段だと考えたようだ。
身代金の受け渡し方法を誘拐犯が連絡してきた。警察は受け渡し場所に張り込み誘拐犯を逮捕しようとした。誘拐犯はバイクで現れ、警察の追跡を振り切った。
だが、誘拐犯が幸運だったのはここまで。その後、スピードを出したまま交差点に突っ込んだバイクが左折しようとしたトラックと接触して事故を起こしたのである。
黒魔石を受け取った誘拐犯は、大怪我をして意識不明となってしまった。誘拐された子供たちの親は、それを聞いて絶望する。
大西会長がポンを影から出そうと言い出した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
誘拐された子供たちは廃工場の敷地に連れて来られ、荒れ果てた工場の内部に監禁されていた。
「百花ちゃん、帰りたいよぉ」
ひよりが泣き出すと百花も涙目になって頷いた。その時、百花の影からポンが出てきた。ひよりがびっくりした顔で、ポンを見ている。
「ポン」
百花がポンに抱きついた。百花たちが監禁されている場所は、備品倉庫だった場所で誘拐犯は部屋の中には居ない。
百花を除く幼稚園児たちは、驚いた顔で百花とポンが抱き合っている様子を見ていたので、百花がペットのポンだと紹介する。
初めは怖がっていた子供たちも百花とポンの様子を見て、安全なんだと感じたらしい。ポンに近寄って背中を撫でたりするようになった。
監禁されている子供の数は七人、誘拐犯は四人で一人は意識不明の重体である。残り三人の誘拐犯は廃工場の中で身代金を取りに行った仲間の帰りを待っていた。
「遅いな、まさか捕まったんじゃないだろうな」
「健二はレースにも出たほどのバイク乗りだぞ。警察に捕まるはずがない」
「そうだな。逃走ルートは事前に調べてあったんだ。しくじるはずがないと思うが、確かに遅い」
誘拐犯の一人が子供たちを監禁している備品倉庫に目を向けた。
「ガキどもの泣き声が聞こえない」
「泣き疲れて寝たんだろ」
「そうかもしれないが、確かめてくる」
神経質そうな男が立ち上がると備品倉庫に近付きドアを開けた。
「何だ、そいつは!」
大声を上げた男の腹に黒いものが体当りして、五メートルほど男を宙に飛ばした。
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