第262話 海中神殿と西條

 グリムが新しい魔法の検証方法を悩んでいる頃、渋紙市に一人の冒険者が引っ越してきた。北海道で魔装魔法使いの天才と呼ばれる西條さいじょう美紀彦みきひこである。


 西條はグリムより一つ年上だが、日本において最年少でC級冒険者になったという記録を持っている。北海道にある上級ダンジョンで魔導書を手に入れた西條は、魔導書の研究を始めたせいで、まだB級冒険者になっていない。


 そんな西條が渋紙市へ来たのは、鳴神ダンジョンで探索し実績を上げてB級になるのが目的である。ただ渋紙市にグリムが居る事も調べて知っており、どういう冒険者か知りたいとも思っていた。


 西條が渋紙市の冒険者ギルドを訪れ、支部長に面会を申し入れた。すぐに近藤支部長は会うと伝え、西條を支部長室へ呼んだ。


「私が支部長の近藤いさおだ。鳴神ダンジョンで活動するなら、顔を合わせる機会が多くなるだろう。よろしく頼む」


 西條はジロリと支部長を見てから、

「こちらこそよろしくお願いします」

 その声から感情が感じられなかったので、近藤支部長は違和感を覚えた。グリムと同じくらい優秀な冒険者なのだが、タイプは違うようだ。


「それで用件は何かな?」

 支部長が尋ねると、西條が用件を切り出した。

「不変ボトルの入手方法を教えてもらいたい」


 支部長がまたかという顔をする。不変ボトルについては、何回も質問を受けていたからだ。

「あれは鳴神ダンジョンの三層にある。海中神殿の宝箱から発見されたものだ」

「その宝箱は一度だけのものなのですか?」


「いや、半年ほど前に巨大ウツボと一緒に復活した。その時も三個の不変ボトルを冒険者たちが手に入れている」


 宝箱には宝を取り出すとそのままというものと、時間が経つと宝をどこからか調達して元の状態に戻るものがある。海中神殿の宝箱は後者であり、半年のサイクルで宝が復活するらしいと支部長は見当を付けていた。


「どういうサイクルで復活するのです?」

「たぶん半年ほどで復活すると、我々は考えている。そろそろ復活する時期なのだが、正確な日付は分からないのだよ」


 西條が少し不満そうな顔をする。

「復活したとしても、西條君が手に入れられるとは限らないよ」

「どうしてです?」

「宝箱があるのが海中だからだよ。どうやって取りに行くつもりだったのかね?」


 西條が考える顔をしてから、

「スキューバダイビングの装備で潜れないのですか?」

「海中で複数のプチロドンと戦う事になる。勝てないと思うぞ」


 西條はどうやって不変ボトルを手に入れたのかを尋ねた。

「宝箱から不変ボトルを手に入れる方法は今のところ一つだけだ。海中を自由に泳げる感覚共有機能付き蛙型シャドウパペットで潜って、宝箱の謎を解いて手に入れるのだ」


 支部長は不変ボトルを手に入れる手順を説明した。

「ならば、その蛙型シャドウパペットを手に入れる方法を教えて欲しい」

「新しく作成するのなら、感覚共有機能付きのソーサリーアイが必要になる。それを作製できる人物は日本で一人だけなんだよ」


 その人物が気難しくて、中々作ってくれないと支部長が伝える。

 現状では、後藤のチームが所有している感覚共有機能付き蛙型シャドウパペット二体を使って、不変ボトルを手に入れるしかない。


 冒険者たちは別の方法で海中神殿に入れないか考えているが、まだ成果が上がっていないと支部長が言った。


「後藤君たちが不変ボトルを手に入れた後に、オークションで競り勝つしかないと思うぞ」

 支部長の言葉を聞いた西條は顔をしかめて、

「渋紙市の冒険者ができない事でも、僕ならできるという事はありますよ」


 西條の自信満々な態度に、近藤支部長は不審に思った。だが、西條が新しい魔装魔法を魔法庁に登録しているのを思い出した。たぶん魔導書を手に入れたのだ。


「もしかして、海中で活動できる魔装魔法を所有しているのかね?」

「それに関しては、答える気はありません」


 西條と近藤支部長が話をした次の日。西條は鳴神ダンジョンへ向かった。三層に下りて海を小型船で進む。西條はソロで活動する冒険者だ。


「ギルドの支部長は、シャドウパペットを使うしかないと言っていたが、それが間違いだと知らせてやろう」

 真下に海中神殿があるポイントまで進んだ西條は、ウエットスーツに着替えると魔導武器のデュランダルを背負う。


 準備を整えた西條は、まだ魔法庁に登録していない魔法である『ダイビング』を発動させる。この魔法は水中でも呼吸ができるようになる魔法だった。


 海に潜った西條をプチロドンが襲った。海中での戦闘は人間にとって不利である。素早く動く事ができず、西條も苦戦する。


 一匹のプチロドンをやっと倒した時、付近を遊泳していたプチロドンが集まり始めていた。西條は心の中で舌打ちをしながら、大量の魔力をデュランダルに注ぎ込み集まってくるプチロドンの集団に向かって、その切っ先を向ける。


 デュランダルから光が溢れ出し、指向性を持った振動がプチロドンの集団に向かって放たれた。その振動を浴びたプチロドンは藻掻き苦しみ、直撃を浴びなかったプチロドンも逃げ始めた。


 西條がホッとした時、振動が命中した海中神殿へ続くトンネルの一部が崩れた。その瞬間、トンネルの奥にある神殿が震える。攻撃された事に怒っているようだ。


 西條はトンネルの奥で膨大な魔力が発生したのを感じ顔を青褪めさせる。それほど膨大な魔力だった。


 危険を感じた西條は急いで船に戻り、その場を逃げ出す。

「まずい……まずいぞ」

 船が一キロほど進んだ時、海中からドラゴンが飛び出して、西條の船に向かってブレスを吐き出した。


 ウォーターカッターのような水刃ブレスは船の一部を切り裂いた。だが、沈没する事はなくぎりぎり岸まで辿り着く。西條は船を放置して階段に逃げ込んだ。


 地上に戻った西條は、急いで冒険者ギルドにドラゴンが出現した事を報せる。

「な、何だと……鳴神ダンジョンの三層より下にも冒険者たちが居るのだぞ」

 その報せを深刻な事態だと受け止めた近藤支部長は、グリムと後藤を緊急事態として呼び出した。


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