第260話 影属性

 初級ダンジョンとしては広大な砂漠エリアだった。五分ほど飛んだ頃、下の方から叫び声が聞こえた気がして砂漠を見下ろす。


 そこでデザートウルフの群れと戦っている冒険者チームを見付けた。冒険者たちは三人で、デザートウルフは八匹だ。冒険者たちが、かなり劣勢である。冒険者たちの命が危ないと判断した俺は加勢しようと決断を下す。


 こういう場合、戦っている冒険者に助けが必要か尋ねてから動いた方が良いと言う者もいるが、その間に冒険者が死ぬ事もある。時と場合によるのだ。


 俺は急降下して、三重起動の『マルチプルアタック』を発動した。三十本の小型D粒子パイルがデザートウルフの群れの中に撃ち込まれ、三匹のデザートウルフが倒れる。


 砂漠に着陸した俺は、黒意杖を持って駆け付ける。

「加勢する」

 トリプルブレードで二匹のデザートウルフを斬り飛ばすと、残りが三匹になった。一人が一匹ずつなら大丈夫だろうと思ったが、危なそうだ。


「まだ加勢が必要か?」

 冒険者になったばかりの子供たちのようだ。必死な顔で戦いながら、

「お、お願いします」


 俺はもう一度トリプルブレードを発動して、デザートウルフ二匹を斬った。残った一匹を三人が協力して倒す。


 デザートウルフの爪や牙で鎧が切り裂かれ、三人ともかなり怪我をしているようだ。このままでは死ぬかもしれないと思った俺は、初級治癒魔法薬を取り出して三人に渡した。


「薬だ、使ってくれ」

「でも、おれたち払う金がないです」

「金はいい。これでもB級冒険者だからな……G級から金を取るなんてケチじゃないつもりだ」


 三人は俺がB級と聞いて驚いたようだが、安心して初級治癒魔法薬を飲み干す。すると、出血が止まり傷口も塞がり始めたようだ。

「何で、こんな砂漠の奥まで来たんだ?」


 この三人の実力なら、入り口付近でメタルスコーピオンを相手にしているのが普通なのだ。

「金色の珍しいメタルスコーピオンが居たので、それを追い掛けてここまで来たんです」


 冒険者になったばかりの者が冒す失敗の代表例だった。その結果として戻って来ない冒険者が居るのだ。さて、この三人をどうしたらいいだろう。三人だけで戻るように言えば、またデザートウルフの群れと遭遇する危険もある。


 この三人は魔装魔法使いらしい。と言っても、魔法はほとんど使えないようだ。仕方なく同行させる事にした。魔石を拾ってから、D粒子ウィングの鞍も回収する。


「グリムさんは、どこへ行くんですか?」

 東北にある魔法学院の一年生だという青木が尋ねた。

「ボス部屋だ。精霊の泉を確認に来た」


 塩田美鈴という唯一の女子生徒が首を傾げる。

「あの闇属性を付与するという泉ですか。アイテムを闇属性にしても役に立たないと思いますけど」

 それを聞いたもう一人の男子生徒である黒川が頷いた。


 確かに闇属性はあまり使われていない。だが、この闇属性は人を状態異常にする武器を作る場合の基礎となる。麻痺などの効果を発揮する魔導武器は、闇属性に付与してから加工するのが普通らしい。


 ただ状態異常の魔導武器は、魔物が相手だと状態異常を起こさせる確率は低くなる。なので、状態異常の魔導武器は人気がない。人間に対する武器なら、スタンガンの方が安いので需要がないそうだ。


 俺は三人と話し合い、一緒にボス部屋まで行く事になった。美鈴が俺に目を向ける。

「グリムさんは、攻撃魔法使いなんですか?」

「いや、俺は生活魔法使いだよ」


 美鈴がちょっと驚いた顔をする。魔法学院で生活魔法を習っているはずなんだが、古い生活魔法だけしか教えられていないのだろう。


「ちょっと待って、生活魔法使いがアースドラゴンを倒したと、新聞に載っていましたが、それはグリムさん?」


 青木は俺の記事を読んだらしい。俺が頷くと、三人が『凄い』という声を上げた。

「学院で習っている生活魔法は、全然大した事ないのに、本当は凄いんですね」


 全国の魔法学院が、カリナが頑張っているジービック魔法学院のように授業内容を変えないと、生活魔法の評価は上がらないようだ。


 俺は『フロートボックス』を発動した。

「時間がないから、魔法を使って移動する。これに乗ってくれ」

 恐る恐るD粒子フロートボックスに乗った三人を確認してから、俺も乗って砂漠の奥へと向かった。


「こんな魔法まで有るなんて、生活魔法は本当に凄いです」

 美鈴は生活魔法の才能が『D』なので、生活魔法を勉強しようかと言い出した。俺としては嬉しいが、一番才能が有る魔装魔法の勉強が疎かにならない程度に勉強すればいいと忠告した。


 そんな事を話している間に、ボス部屋の前に到着。D粒子フロートボックスから下りて、ボス部屋の入り口である階段を下りる。


 細長い通路を進むとボス部屋に辿り着く。ドーム状の空間で一番奥に精霊の泉があった。

「これがボス部屋か、初めて来た」

 青木がワクワクした様子で声を上げた。


 青木たちは興奮しているようだが、事前の情報通りボスは居なかった。俺は蒼銀製ナイフを取り出して、精霊の泉に近付き投げ入れる。


 しばらく経ってから、蒼銀製ナイフを泉から拾い上げて鑑定モノクルで調べる。『影属性付き蒼銀製ナイフ』と判明。


「よし、この精霊の泉だ」

 青木たちはキョトンとしているが、シャドウパペットを所有していない彼らには関係ないので教えない。


 俺は収納アームレットからエルモアが使っていたTシャツや短パン、それに既製品の防具を出して精霊の泉に沈めた。


 俺は三人に目を向ける。

「シャドウパペットを見た事が有るかい?」

 三人はシャドウパペットについて知っているようだったが、見た事はないと答えた。俺はシャドウパペットを出すので驚かないようにと忠告した。


 影からエルモアを出すと、三人が驚いて目を丸くする。

「うわっ、エルフ?」

「尻尾がある」

 驚かないように忠告したはずだが、無理だったようだ。


 エルモアを紹介して、影属性を付与したTシャツや短パン、それに防具を着せる。それから影に潜るように指示すると、エルモアは鎧を着たまま影に潜った。エルモアが装備を身に付けたまま影に出入りできる事が確認できた。


 俺は心の中で喜びの声を上げた。これで戦闘態勢のまま影に潜ませる事ができるようになったからだ。即応性が増した事になる。


 将来的には、この精霊の泉は有名になるだろう。シャドウパペットは需要が増え始めており、そのシャドウパペット用の装備に必要となる影属性を付与できる精霊の泉が有名にならないはずがない。


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