第242話 警備用シャドウパペット(作製)
グリム屋敷と呼ばれるようになった洋館に、亜美とアリサたちが集まった。
「先生、シャドウパペットは何体作製するのです?」
屋敷の作業部屋で、天音が俺に確認した。
「猫型シャドウパペットが三体、熊型シャドウパペットが二体だ」
「蛙型はともかく、豹型は作らないのですか?」
「警備用は、庭に放すから怖がられないように、猫型がいいと思ったんだ」
アリサがくすくす笑う。
「何がおかしいんだ?」
「猫型シャドウパペットは、シャドウクレイを何キロぐらい使うつもりですか?」
アリサの質問に、
「そうだな。侵入者を取り押さえる場合も有るだろうから、すくなくとも五十キロ以上は必要だ」
「五十キロの大猫なら、怖さは豹と同じです」
アリサの意見に、亜美が反論した。
「それは違います。微妙な体型の違いや顔の形で、大きくても可愛く見えるものです」
亜美が影から熊型シャドウパペットのパゥブを出した。ぬいぐるみのような可愛い顔の熊を見て、アリサも頷いた。
「確かに、ここまで可愛い顔にすると怖くないかも」
それを聞いた千佳が笑った。
「顔は置いておくとして、シャドウクレイが五十キロというのは少ないと思います。侵入者が百キロ以上の巨漢だったら、どうするのです?」
「シャドウパペットは、人間の数倍も力が強い。倍くらいの体重の人間なら、取り押さえられると思う。それでもダメな時は、これだ」
俺は魔導吸蔵合金を取り出して見せた。由香里が首を傾げた。
「それは何ですか?」
「魔法を溜め込んで、好きな時に発動できる金属だ。魔導吸蔵合金と呼ばれている」
アリサたちは魔導吸蔵合金の存在を知らなかったようだ。珍しい金属なので、知らなくても無理はない。
「これをシャドウパペットに組み込むのですね。でも、シャドウパペットが使えるのですか?」
アリサの質問に頷いた。コムギに試させたところ、魔導吸蔵合金に溜め込んだ魔法を使えたのだ。
アリサたちと話し合い、猫型は六十キロ、熊型は九十キロのシャドウクレイを使って作製する事になった。追加として、亜美が頼まれたシャドウパペット用のシャドウクレイ五十キロも用意する。
俺はシャドウクレイを取り出して、重量を測り九十キロと六十キロ、五十キロの塊に分ける。それからアリサたちは別の部屋で、亜美から作製の手順を説明してもらう事になった。
その間に『クレイニード』を使って、シャドウクレイにD粒子を練り込む。その作業が終わった頃に、アリサたちが戻ってきた。
「準備はできた。まず魔装魔法で筋力を強化した千佳が、大まかな形に加工して欲しい」
「分かりました」
千佳は亜美から指示を受けながらシャドウクレイの形を整えていく。
その作業が終わったシャドウクレイの塊を、微調整して本物の猫や熊の形と同じようにする。警備用シャドウパペットに組み込むソーサリーアイとソーサリーイヤーは、タア坊に組み込んだ暗視機能や高感度の聴音機能付きのものにした。
魔導吸蔵合金は口の中に仕込めるような形にした。見た目は舌に金属製のカバーを被せたような感じになった。魔法を発動する時は、口を開けて舌を少し突き出すような感じになる。
最後の仕上げとして、魔導コアを頭に組み込み魔力を注ぎ込む。最初に猫型シャドウパペットへ魔力を注ぎ始めると、黒い粘土の塊だったものが大きな黒猫に変貌した。
アリサたちが魅了されたようにジッと見ていた。
「凄いですね」
「この瞬間は目が離せなくなります」
そんな感想を由香里と千佳が口にする。
俺は次々にシャドウパペットを仕上げた。全てのシャドウパペットが完成。アリサたちに手伝ってもらったので、その個性が各シャドウパペットに出ていた。
アリサが手伝った熊型シャドウパペットは、見本とした月の輪熊を忠実に模倣したものとなった。俺が担当したものは、若干タヌキ寄りの顔になり愛嬌がある。
天音の猫型シャドウパペットは毛の色はともかく近所で飼われている丸顔の三毛猫の顔に、由香里が手伝ったものはベンガル猫の顔に、千佳が手伝ったものはメイン・クーンの顔に似たものになった。
三体は大型の黒猫なので、全体的にそれほど差がないが、顔で見分けられるほどの違いが出ている。
亜美はそれぞれの特徴を活かしたまま細かい部分を仕上げる担当だった。それに加え、大西会長に頼まれた猫型シャドウパペットを作製したので、一番苦労したのではないだろうか。
それぞれに名前を付けてもらった。アリサは『クレス』、天音は『ミケ』、由香里『ベンガル』、千佳は『ボクデン』とした。
天音や由香里の『ミケ』と『ベンガル』は分かりやすいが、アリサの『クレス』はクレセントムーンからの連想、千佳の『ボクデン』は戦国時代の剣豪である塚原卜伝から名付けたようだ。
「グリム先生は、何と名付けるんですか?」
天音が尋ねた。俺はタヌキ顔の熊型シャドウパペットを見て、悩んだ。
「ダメだ。『タヌ吉』しか思い浮かばない」
アリサたちからは笑われたが、それが相応しいという事になった。ちょっと可哀想な気もするが、本当にそれしか思い浮かばなかったのだ。
シャドウパペットの訓練をどうするかという事になったが、俺一人では時間が掛りすぎるのでアリサたちに手伝ってもらう事にする。
「ところで、侵入者と訪問者はどうやって見分けるのです?」
アリサが質問した。
「この屋敷に頻繁に出入りする者は、顔を覚えさせる。後は挙動不審な人物を見分ける訓練をするしかない、と思っている」
屋敷に出入りする人間が多くなったら、許可証みたいなものを首からぶら下げるような形にしなければ、とも考えた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
亜美は初めてのシャドウパペット作成依頼を果たせたので、ホッとしていた。後は猫型シャドウパペットを訓練してから引渡せばよいだけだ。
その訓練に二週間ほど掛かった。
亜美は父親の慈光寺理事と一緒に大西会長の自宅へ向かった。グリム屋敷と同じくらい大きな屋敷だ。
中に入った亜美と理事は、応接室に案内された。大西会長が孫の百花とその母親である梨沙を連れて現れる。
百花が目をキョロキョロさせて何かを探し、見付からないとガッカリした顔をする。
「お祖父ちゃん、百花のシャドウパペットは?」
大西会長が亜美に視線を向けたので、亜美は影から猫型シャドウパペットを出した。このシャドウパペットは、百花の要望で『ポン』という名前が付けられている。最初に心に浮かんだ名前らしい。
その大きな黒い猫を見て、百花は目を輝かせた。一方、母親の梨沙と大西会長は顔を強張らせる。予想より大きかったからだろう。
だが、百花はポンに抱きついた。
「もこもこで、ふわふわ」
百花は大いに気に入ったようだが、大西会長は心配そうな顔をしていた。
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