第243話 グリム屋敷の侵入者

 百花がポンに乗りたいというので、亜美は伏せるように命じた。黒い大猫が伏せると百花が跨る。ポンは軽々と立ち上がった。


 ポンが歩き始めると百花はその毛を掴み、笑い声を上げた。本当に嬉しそうな笑い声である。その姿を見て母親の梨沙が不安そうな顔をして亜美に顔を向ける。


「あのシャドウパペットに危険はないのでしょうか?」

「シャドウパペットは、この指輪を嵌めている者の命令に従います。命令者が危険な事をさせなければ、問題ありません」


 亜美は指輪を百花に渡すつもりはなかった。この場合は母親の梨沙に預けるのが良いだろう。百花がポンの行動に責任が取れるようになったら、母親から指輪を受け取る事になる。


 亜美はシャドウパペットについて説明した。その後、小切手で代金を受け取る。その小切手に書かれているゼロの数を数え、亜美の心臓がドキドキした。


 と言っても、その代金はほとんどをグリムに渡す事になっていた。弟子となった時の条件で、一人前になったとグリムが認めるまで、亜美が持ってきた依頼でもグリムが取り仕切る事になっているのだ。


 実際にシャドウクレイと影魔石を手に入れたのはグリムであり、シャドウクレイにD粒子を練り込んだのもグリムだった。特に大量のシャドウクレイにD粒子を練り込む作業は、亜美にはできない事だ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 グリム屋敷は高い塀で囲まれている。門にも常時鍵が掛けられているので、普通は無断で入れない。但し、本職の泥棒なら別である。


 ある夜、怪しい男がグリム屋敷の塀に近付いた。周りを見回し人が居ない事を確かめた男は、塀に向かって跳躍した。塀の上部に指を引っ掛けた男は、ゆっくりと身体を引き上げる。


 塀の上に立った男は、塀の内側に跳び下りた。ほとんど音はしない。男は周りを見て人影がない事を確認する。姿勢を低くしたまま屋敷に近付いた。


 その時、地面を何かが蹴る音がした。危険を感じて飛び退こうとした時、何かに足首を噛まれ引きずり倒される。


「うわっ、やめろ」

 片足で立ち上がろうとした時、別の何かがもう一方の足首に噛み付いた。男は暴れたが、万力のようなもので足首を挟まれたようにビクともしない。


 その時になって、足首を噛んでいるのが大型の獣だと分かった。もしかして番犬かと思ったが、ただの犬とは思えないほど力が強かった。


 男は獣に引きずられて玄関の方へ移動した。そして、玄関の横にある竪穴たてあなに落とされた。

「ぐぇ」

 呻き声を上げた男は、穴から跳び出ようとした。だが、一瞬早く蓋が被せられた。閉まった時の音から金属製の蓋だと分かる。


 跳躍して蓋を手で叩いたがビクともしない。

 男を捕らえたのは、警備用シャドウパペットたちだった。ボクデンは屋敷に入り、グリムの寝室に向かった。そして、前足を使って器用にドアを四回叩く。


 俺はドアを開いて、ボクデンがドアの前に座っているのを目にした。

「ボクデンか、不審者を捕らえたのか?」

 大型の黒い猫が頷いた。


 俺は懐中電灯を持ってボクデンと一緒に玄関へ向かった。それに気付いた熊型シャドウパペットのタヌ吉とクレスが付いてくる。


 玄関から出て、捕獲穴へ向かう。捕獲穴の横には、ミケが居る。ベンガルは庭を巡回しているようだ。

「蓋を開けてくれ」

 ミケが頷いて、蓋の開閉スイッチを押した。


 鋼鉄製の蓋が開き、中に人間らしき影が見える。俺は懐中電灯で中を照らした。

「グリム、この扱いは酷くないか? 脛当てやアームガードをしていたから怪我はないが、穴に落とされた時は痛かったぞ」

 穴の中から睨み付けている鉄心から、責めるように言われた俺は謝った。


「警備のテストをするのに、泥棒役を誰にするかで悩んだんですが、鉄心さんしか居ないと思ったんです」

「グリムの頼みだから、引き受けたが、どうして、おれなんだ? 納得できんな」


「そんな事より上がってください」

 俺は手を差し伸べて、鉄心を穴から引き上げた。警備用のシャドウパペットたちに、鉄心が不審者ではなく味方だと教えた。鉄心はタヌ吉やボクデンの姿を見て顔を強張らせている。


 猫型シャドウパペットたちは、警備を続けるために塀の方へ向かった。俺と鉄心は屋敷に入り、鉄心には風呂に入ってもらう。


「いいお湯だった。おれのために用意してくれたのか?」

「そうですよ。食事も用意してありますから、食べてください」

「おっ、寿司じゃないか」


 俺たちは食事をしながら話し始めた。

「一人で住むには大きすぎる屋敷だな。バタリオンでも設立するのか?」

「よく分かりましたね。A級になったらですけど、生活魔法使いのためのバタリオンを設立しよう、と思っています」


「はあっ、完全に引き離されたな」

 鉄心が盛大に溜息を吐いた。

「何がです?」

「実力だよ。おれがD級になったと喜んでいる間に、B級になっているし、今度はA級になってバタリオンを作ろうと言うんだからな」


「鉄心さんだって、頑張ればC級になれますよ。今魔法レベルはいくつなんです?」

「やっと生活魔法の魔法レベルが『8』になったところだ」

「だったら、『オートシールド』『センシングゾーン』『ハイブレード』『ウィング』の四つが習得できるじゃないですか」


「その四つを習得できれば、C級になれるのか?」

「……ちょっと難しいかな。でも、鉄心さんは魔装魔法使いなんですから」

「魔装魔法使いがC級になるには、強力な魔導武器を手に入れる必要が有るんだ」


 鉄心は『効力倍増』の魔導武器を手に入れたが、それでは足りないらしい。俺は特性を付与した金属で作った武器と『効力倍増』の魔導武器なら、どちらが威力が上なのだろう、と疑問に思った。


「ところで、侵入したのが冒険者だったら、シャドウパペットだけでは捕らえられないんじゃねえか?」

「警備用のシャドウパペットは『サンダーボウル』の魔法を使えるようにしてあります」


 俺は魔導吸蔵合金について説明した。

「つまり、力尽くでシャドウパペットの拘束を解いて、逃げようとしたら『サンダーボウル』を発動するという事か、怖いな」


 侵入者は番犬みたいなものが魔法を使うとは思ってもみないから、九割くらいの確率で『サンダーボウル』を食らうだろう。


 金は要らないと言っていた鉄心には、礼として何か贈り物をしようと思った。


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