第234話 アイスドレイク

 俺自身は手を出すつもりはないが、アイスドレイクの情報を調べた。この魔物はファイアドレイクと似ているのだが、口から吐き出すブレスは、冷凍ブレスとも言うべきものらしい。


 アイスドレイクとの戦いになれば、やはり空中戦となるだろう。これは生活魔法の射程が短いからだ。俺は何とかできないかと考え始める。


 攻撃魔法には射程が五百メートル以上もある魔法が存在する。それに比べると、生活魔法は一番長い有効射程が八十メートル程度でしかない。


 冒険者ギルドの資料室で、椅子の背もたれに背中を預け上を見上げた。

「さすがに飛んでいるアイスドレイクに命中させる魔法は難しいな」

 飛び回る魔物をミサイルのように追い掛けるという生活魔法を創れそうにない。まだアイデアが浮かばないのだ。


「ふむ、アイスドレイクの冷凍ブレスは、百メートルも伸びるのか」

 資料を読んでいて、冷凍ブレスの射程を知った。思わず溜息が漏れる。


『それだとアイスドレイクが先に攻撃を仕掛けるという事になります』

 有効射程が八十メートルという生活魔法の『サンダーソード』があるが、有効射程以上の距離で放つと命中率が極端に悪くなる。


「魔導弓で攻撃するか。でも、仕留めるほどの威力がないからな」


 魔導弓の射程は長いが、威力はトリプルパイルショット並みである。到底アイスドレイクは倒せない。『マグネティックバリア』で冷凍ブレスは防げるかもしれないが、相手の攻撃の方が射程が長いというのは戦い難い。


 アイスドレイクの資料を読み終えた俺は、有料練習場へ向かった。アイスドレイクと万一戦うような場合になったら、どうするか研究しようと思ったのだ。


 有料練習場で一番長細い練習場を借りた。長さが四百メートルもある練習場だ。俺はコンクリートブロックの上に座って考え始めた。


「メティス、生活魔法の射程を伸ばす方法を一緒に考えてくれ」

『魔力でコーティングするという手法は、ダメなのですか?』

「その方法は、有効射程を八十メートルほどに伸ばすのが限界だ。他の方法を考えなければ」


 魔力のコーティングは、魔力の持ち主から五十メートルほど離れると効果が薄れてきて、しばらくすると効果が消えるようだ。


『では、飛翔体をD粒子ではなく、金属などに替えるのは如何ですか?』

「でも、D粒子だから飛ぶんだぞ」

『<爆轟>などの特性も使えるようになったのですから、その爆発力で弾丸や砲弾を飛ばしてはどうでしょう?』


 俺はちょっと迷った。日本では少ないが、外国ではダンジョン探索に銃器を使う冒険者も存在する。そういう冒険者は、魔法レベルがほとんど上がらないらしい。


 頑張って魔物を倒しても、魔法レベルが上がらないというのはむなしい。その事をメティスに話した。

『銃器の場合は、魔法を一切使っていませんが、この場合は生活魔法です』


 銃弾が魔物に命中するという結果は同じでも、過程が違うので生活魔法で魔物を倒したという事になるらしい。


 俺は賢者システムを立ち上げ、D粒子で火縄銃のようなものを形成した。その銃身の奥に<爆轟>の特性を付与したD粒子の塊を置き、銃口から銅製のパチンコ玉のようなものを入れてD粒子の塊を爆発させた。


 結果は大失敗だった。D粒子の爆発は銅製パチンコ玉を粉々にしてしまったのだ。銃口から噴き出したのは、粉々になった銅の粒である。


『申し訳ありません。この方法は使えないようです』

 メティスが謝った。D粒子の爆発は、普通の爆発とは違うという事がはっきりした。考えてみれば、発射薬として使われる火薬の爆発は爆燃による急激なガスの発生と膨張なので、D粒子の爆発とは違うのだ。


「まあ、こういう事もあるさ。射程の問題を打破するには、新しいD粒子二次変異の特性が必要なのかもしれない」


『魔法陣の巻物を探しますか?』

「そうだな。冒険者ギルドの支部を廻って、D粒子二次変異の特性が描かれた魔法陣を探してみるか」


 現時点でチェックした冒険者ギルドは、渋紙支部と本部だけである。俺は支部の多い県から廻ってみる事にした。但し、冒険者ギルドの支部で規模の大きなものは、中級以上のダンジョンがある場所にしか存在しない。


 大きな都市でも近くにダンジョンがなければ、支部自体がない場合もあるのだ。そこで大きな支部がいくつか存在する神奈川県へ行く事にした。


 この県には横浜支部や川崎支部などの大きなものがある。最初は川崎支部へ行って、支部長に巻物を探させてくれるように頼んだ。


 承諾してくれたので、一日掛けて巻物をチェックする。残念な事に収穫はなかった。既存の生活魔法の魔法陣が描かれた巻物はあったのだが、新しい生活魔法やD粒子二次変異の魔法陣はなかった。


 翌日は横浜支部で探したが、ここも空振りだ。同じようにして数日探して収穫がなく、渋紙支部や本部が特別だったのかな、と諦めかけた頃、横須賀支部でD粒子二次変異の特性魔法陣が描かれた巻物を発見した。


 そのD粒子二次変異の特性は<編成>というものだった。残念な事に使い方が分からない。俺は求めているD粒子二次変異とは違ったので、探し続ける事にする。


 そして、小田原支部で求めていたD粒子二次変異の特性魔法陣を見付けた。<分散抑止>というD粒子二次変異の特性である。


 この特性はD粒子の塊が分解し拡散する力を抑止する効果を発揮する。永遠に効果が発揮される訳ではなく、その特性を付与した後、五分間ほどD粒子は形を維持するようだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 グリムがD粒子二次変異の巻物を探している頃、鳴神ダンジョンの七層ではアイスドレイクを起こそうという冒険者チームが現れた。


 後藤のチーム『蒼き異端児』である。後藤たちは七層の中央にある山の中腹に来ていた。そこには大きな洞穴があり、中にある大きな地下空間と連結している。


 その地下空間は氷で覆われており、岩で出来た舞台のようなものの上にアイスドレイクが横たわっていた。


「こいつが宿無しだと思うか?」

 後藤が魔装魔法使いの白木に尋ねた。

「どうですかねぇ。寝ている宿無しというのは、聞いた事がありません」


 後藤は頷いた。

「だが、宿無しだと転送ゲートキーが手に入る。危険を冒す価値が有ると思うぞ」

「ですが、こんな閉鎖された空間で冷凍ブレスを吐かれると、全滅するかもしれませんよ」


「分かっている。だから、『スーパーノヴァ』の一撃で仕留めるつもりだ。万一の時は撤退する」


 後藤が寝ているアイスドレイクを睨み『スーパーノヴァ』を発動する。ヴォンという発射音が響き、圧縮魔力砲弾が飛翔し、アイスドレイクに向かう。


 命中する直前に圧縮魔力砲弾が透明な障壁のようなものに当たった。圧縮魔力砲弾が爆炎を噴き上げる。だが、アイスドレイクには爆炎が届かなかった。


「何だ? バリアみたいなものが有るぞ」

 白木が大声を上げる。


 後藤は顔をしかめて、アイスドレイクを見る。そのアイスドレイクの頭部にヒビが入った。

「ダメージが入ったのか?」

 一瞬、『スーパーノヴァ』の爆発がアイスドレイクにダメージを与えたのかと思ったが、そのヒビがアイスドレイクの背中にまで広がるのを見て、違うものだと分かった。


「これって、昆虫なんかの脱皮に似ていませんか?」

 白木の言葉が地下空間に響いた。チームメンバー全員の顔が強張る。

「撤退だ!」

 後藤の命令で『蒼き異端児』は地下空間から脱出した。


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