第223話 異界の神の教会

 走って教会の周りをグルッと回る。角を曲がった時、冒険者たちと山羊頭が戦っているのが見えた。飛び出さずに様子を見る事にする。


「気を付けろ。こいつは強いぞ」

 B級冒険者の赤城が警告した。赤城のチームは五人だったはずだが、今は四人で戦っている。先ほどの悲鳴はチームの一人が負傷したのだろうか?


 魔装魔法使いの井口が、魔導武器らしい槍を素早く突き出した。その瞬間、山羊頭の肉体が存在感を失った。


 井口の槍が山羊頭の胸に突き刺さるはずなのに、肉体がないようにすり抜けた。何だ? レイスのように霊体となったようだぞ。


「クソッ、武器を聖属性付きのものに替えろ」

 赤城が声を上げる。井口たちは魔導武器を仕舞い、予備として持っている聖属性付きの武器に替えた。


 山羊頭をよく見るとレイスのように浮遊している。先ほどまで自分の足で走っていたのに、不思議だ。

『あの魔物は、自分の体を霊体に変化させる事ができるようです』


 メティスの言葉が信じられなかった。その時、山羊頭の指から伸びている長く鋭い爪が、冒険者の一人の腕を掠めた。その冒険者は悲鳴を上げた。爪の攻撃を受けると、一流の冒険者に悲鳴を上げさせるほどの痛みを与えるようだ。


「山下!」

 名前を呼ばれた冒険者は、聖属性付きの武器を落として跳び下がった。山羊頭の爪で引っ掻かれた方の腕が力なくぶら下がっている。麻痺しているのだろう。


「すまん、しくじった」

 その男の動きから、攻撃魔法使いじゃないかと思う。霊体となった山羊頭は、攻撃魔法が効かなくなっているので、聖属性付きの武器で攻撃しようとして反撃されたのだ。


 魔装魔法使いたちがあまり使い慣れていない武器で攻撃するが、あの爪で受けられたり躱されたりしている。山羊頭の運動能力は、魔装魔法を使った冒険者と互角のようだ。


 俺は小声でメティスに尋ねた。

「魔導武器に聖属性を付与しておけば良かったのに、どうして付与していないんだろう?」

『すでに別の属性が付与されている魔導装備には、聖属性を付与する事はできません』


「なるほど、彼らが使っているメイン武器は、別の属性が付与されている魔導武器という事か。ん、でも俺の黒鱗鎧には付与できたぞ」


『黒鱗鎧は、属性を付与されていませんでした。D粒子や純粋な魔力を操作する魔法は、基本的に無属性なのです』


「シャドウパペットはどうだろう?」

『あれは闇属性、正確には影属性を付与されています』

「つまり聖属性を付与できないという事か?」

『そうです』


 だから、メティスは為五郎用の聖属性付きの武器を作ろうと提案したのか。為五郎は大きすぎて精霊の泉には入らないからだと思っていたが、違ったようだ。


 突然、山羊頭の存在感が戻った。どうやら霊体に変化していられる時間に制限が有るらしい。それに気付いた赤城たちは武器をメイン武器に替えた。


 赤城たちの激しい攻撃が始まった。攻撃魔法使いは『ロッククラッシュ』を発動し、魔装魔法使いは魔導武器で山羊頭を切り刻もうとする。


 一度霊体から元に戻った山羊頭は、すぐに霊体へは変化できないようだ。悪魔のような魔物は赤城のチームから総攻撃を食らい、ダメージを受けて倒れて消える。


 赤城たちの動きはベテランらしく洗練されている。攻撃魔法の発動も早いし、多彩な攻撃手段も有るようだ。強いチームなのだろう。


 赤城はアースドラゴンを単独で倒したほどの実力者なので、彼の技量が分かるような攻撃魔法を見たかった。だが、霊体でない山羊頭は、そんな攻撃魔法が必要なほど防御力は高くなかったらしい。


「井口、堀下の様子を見に行ってくれ」

 そう指示された井口が急いで屋上テラスへと向かった。


 負傷した仲間を一人だけ教会に残してきたようだ。状況は分からないので判断はできないが、仲間に冷酷なように感じた。


 俺は隠れていた場所から離れて、元の道に戻った。俺が赤城の事を冷酷だと言うと、メティスが反論した。


『山羊頭を倒すためには、四人が必要だと判断したのかもしれません』

「だが、山羊頭は逃げたんだぞ」

『逃げて再び襲う機会を探すかもしれません。危険な魔物だと思いますよ』


 倒せる時に確実に倒す事を選んだというのか。そういう判断も正しいのかもしれない。


 俺は階段を探し当て七層へ下りた。階段を一段ずつ下りるに従い、寒さを感じ始める。七層に入ると針葉樹林が目に入った。


「雪は降っていないみたいだけど、寒いな」

 俺は戦闘があるかもしれないので、高価な保温マントはやめて防寒着を着る。本当は保温マントの方が快適なのだが、仕方ない。


 地面を歩くとサクッと音を立てる場所がある。霜が降りているようだ。ホワイトエルクと遭遇した。真っ白で大きな鹿である。体長は二メートルほどで頭の角が複雑に枝分かれして先端が鋭く尖っている。


 ホワイトエルクが俺を見て、噛んでいた草をペッと吐き出した。俺のどこが気に入らないというのだ。いや、こいつは全ての人間を敵だと思っている魔物だった。


 角を向けて突進してきたので、クイントバーニングショットでホワイトエルクを瞬殺する。それから針葉樹林を探索したが、ホワイトエルクにしか遭遇しなかった。


 七層の探索で分かったのは、このエリアが広大だという事だけだった。

『やっぱり空から調査するべきなのでしょうか?』

 メティスの言葉に頷いた。


「試しに少し飛んでみよう」

 俺は戦闘ウィングを出して飛び上がる。予想した以上に針葉樹林は広大だった。二十分ほど飛んでも何も見付けられない。


 これは無計画に飛んでもダメだな。出直して計画を立てようと考えた。七層の入り口まで戻り、六層へ上がった。そして、例の教会近くまで来た時、教会の一部が爆発して吹き飛んだ。


「何事だ?」

 教会に入って確かめようと思ったが、今の騒ぎは赤城たちかもしれない。少しの間、待ってみる事にした。


 十分ほど待った頃、教会から赤城たちが出てきた。赤城たち全員が笑顔である。何か宝を手に入れたのだろう。後で冒険者ギルドで確かめれば分かるはずだ。


 次の日、冒険者ギルドに行って、赤城たちが何を手に入れたのか聞いた。六層の教会は異教の神の教会であり、宝物庫があったらしい。


 赤城たちが見付けたのは、異教の神に捧げられた宝石だった。ダイヤ・サファイア・ルビーなどの有名な宝石や名前も分からない宝石を手に入れて凱旋したという。


 その事を教えてくれたマリアが、俺を見る。

「最近、グリム先生の活躍を聞きませんね」

「まあね。そういう時も有るさ」


 ちなみに赤城たちが必死に山羊頭を倒そうとしていた理由が分かった。山羊頭を倒すと『宝物庫への道標』と呼ばれるアイテムが手に入るらしい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る