第213話 転送ゲート

 階段を登った俺は、元の洞穴に戻った。分かれ道まで戻って、今度は左に進む。

「こっちに転送ゲートが有りそうな気がするんだが」

『どうでしょう? グリム先生の勘ですから』


 俺は顔をしかめた。そのまま進むと、大きな扉が見える。

「これは……もしかすると、もしかするんじゃないか?」

『ええ、扉に描かれている模様は、グリム先生の手の甲に刻まれたものと同じだと思われます』


 そうなのだ。俺の手の甲にあるタトゥーと同じものが、その扉に描かれていた。だが、その扉にはドアノブもレバーハンドルもなかった。


 扉を押してみたが、ビクともしない。

「こういう場合は、転送ゲートキーを使うのかな」

『そうでしょうね』

 俺は手の甲のタトゥーを扉の模様に押し当てた。すると、模様が光り扉がスルスルと上にスライドする。シャッターと同じような仕掛けになっているのかもしれない。


 中に入ると、十畳ほどの部屋があり、その左と右の壁に真っ黒な影が張り付いていた。直径二メートルほどの楕円形の影で、その横には魔法文字が書かれている。


「右側は『1』で、左側は『出口』か。明白だな」

『そうですね。右側が一層へ転送するゲートのようです』

 試さなければ確かめられない。俺は右側の転送ゲートに近付き真っ黒な影の中に足を踏み入れた。


 一瞬後、テニスコートほどの大きさがある部屋に立っていた。転送ゲートが正常に機能したらしい。周りを見回すと、『5』と魔法文字で書かれた壁の横に黒い転送ゲートがあった。


 その転送ゲートを潜れば、先ほどの部屋に行けるのだろう。その転送ゲートの横に、灰色の転送ゲートが並んでいた。灰色なのは使えないという意味なのだろう。


『他の転送ゲートを使えるようにするには、その階層の転送ゲートを見付ける必要があるのかもしれません』

「そうかもしれない。それより出口はどこだ?」


 出口は左手の奥にあった。扉に近付くと自動的に上にスライドして開いた。出る場合は鍵を使う必要はないようだ。


 転送ルームの外に出ると、一層の巨木が密集している場所だった。その巨木の密集場所を抜けてダンジョンの境界壁に転送ルームへの扉がある。


 それを確かめた俺は、地上へと向かった。ダンジョンハウスで着替えて冒険者ギルドへ行く。直接、支部長に報告するために受付のマリアに支部長の都合を聞いてもらう。


「グリム先生、今なら大丈夫だそうです。支部長室へ行ってください」

 俺は支部長室に入って、支部長に声を掛けた。

「転送ゲートを見付けましたよ」


「本当か。それはすごい実績になるぞ」

 俺は洞穴を発見したところから話し、落とし穴に落ちてレッドオーガと戦う事になったと告げると支部長が興奮した。


「無事に帰ってきたという事は、レッドオーガを一人で倒したんだな」

「そうです」

 支部長がレッドオーガの部屋の様子を詳しく知りたがったので、俺は説明した。


「間違いないな。それは中ボス部屋だ。中ボス部屋を発見して、中ボスのレッドオーガを一人で倒し、六層への階段と転送ゲートを発見したのか……これを本部に報告したら、B級昇級試験を受ける特例許可が下りるかもしれない」


「本当ですか?」

 こんなに早くB級の昇級試験が受けられるとは思ってもみなかった。

「待て待て、まだ可能性が有るという段階だ。申請はしてみるが、三割くらいの確率だと思っていてくれ」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 近藤支部長の報告書とB級昇級試験の特例許可申請書が冒険者ギルドの本部に送られた。それを亜美の父親であり、冒険者ギルドの理事である慈光寺じこうじ忠政ただまさが読んだ。


「ふむ、さかき緑夢ぐりむというと、亜美の師匠か。生活魔法使いなのに、これだけの活躍をしてB級への特例許可……確かに素晴らしい実績だが、生活魔法使いだと知った他の理事が反対するかもしれんな」


 慈光寺理事は、他の理事の中に頭の固い人物が居る事を分かっていた。その理事たちにも納得させるだけの実績が必要だと考える。


 冒険者の実績はダンジョンでの活躍だけではなく、冒険者ギルドの信用を上げるとか、問題解決に協力したという点も考慮される。


 最近、冒険者ギルドの本部会議で議題になっているのは、国際冒険者会議で何を発表するかという事だ。毎年開かれる会議なのだが、その会議の中で各国の冒険者が残した成果について発表する時間がある。


 慈光寺理事は、鳴神ダンジョンの三層にある海中神殿で行われた特別な蛙型シャドウパペットを使った宝の回収方法を発表する事にした。


 その特別な蛙型シャドウパペットを製作したのはグリムであり、発表すればグリムの実績となるだろう。但し、発表する場合は、実物が必要だ。


 後藤のチームが所有するシャドウパペットを借りるというのも一つの方法だが、慈光寺理事は冒険者ギルドでも欲しいと思っていたので、新しいものを作るという事にする。


 いち早くシャドウパペットの製作を始めたフランスでは、シャドウパペットが人気となり始めている。フランス財界の大物が、猫型シャドウパペットを五千万円ほどで購入したというニュースが流れた。


 シャドウパペットの値段は、大きさ・完成度・種類によって異なるようだ。但し、失敗作も流通しており、そういうものは材料費に加工代を加えた値段で売られている場合もある。


 シャドウパペットの製作・販売が本格化すると、生活魔法使いの必要性が増すだろうと考え、生活魔法の才能を持つ者が生活魔法を学び直そうという動きも始まっている。


 グリムとカリナが書き上げた『生活魔法教本』が、そんな時に発売され販売部数が伸びているらしい。


 慈光寺理事は亜美を通じて、特別なシャドウパペットの製作をグリムに依頼した。その費用は冒険者ギルドが出すという事になった。


 但し、発表する時には製作者の名前は出さないという事になった。グリムの所に製作依頼が殺到するのを防ぐためである。


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