第212話 落とし穴
洞穴の中は暗かったが、暗視ゴーグルの御蔭で問題なく見える。
「これじゃあ、為五郎も出せないな」
為五郎の眼には、暗視機能など付いていない。
メティスは暗視ゴーグルに制御を繋げて、そこからの映像を見ていた。
「何もないようだ」
『もう少し奥が有るようです。最後まで確かめましょう』
洞穴の中はゴツゴツした岩と砂利が落ちているだけで、他には何もないようだった。突然、穴が二手に分かれた。右か左、どちらを選ぶべきか?
『どちらを選びますか?』
「こういう場合、左を選ぶ人が多いそうだ。なので、俺は右に進もうと思う」
『明確な理由になっていません』
「いいんだ。こういう時は直感なんだよ」
俺は直感に従って右に進み、それが外れたのを知る事になった。落とし穴に落ちたのだ。
「うわ―――っ!」
久々にどじを踏んだ。細い穴を抜けた俺は、いきなり体育館ほども有る空間の天井から落ちた。慌てて『エアバッグ』を発動する。
身体がD粒子エアバッグに受け止められて落下が止まった。下を見ると、オーガらしい魔物の姿がある。俺はトリプルカタパルトを発動して、オーガからなるべく離れた場所に自分の身体を放り投げた。
『エアバッグ』を使って着地すると、黒意杖を出して構える。中央に立っているオーガの角を確認した。
「角が……赤い」
身長三メートルのレッドオーガだった。C級冒険者でも狩りに失敗する事がある、と言われている強敵だ。
俺は『センシングゾーン』と『オートシールド』を発動し、黒鱗鎧のスイッチを入れる。そして、『俊敏の指輪』を嵌めた。
普段は『俊敏の指輪』を使わないで探索している。この指輪は一時的に素早さを上げるが、その代わりに体力も早く消耗するのだ。
レッドオーガが閉じていた眼を開ける。その瞳は紅く猫の眼のように光っていた。そして、その右手にはロングソード、左手には長方形の大盾であるタワーシールドが握られている。
そのレッドオーガが歯を剥き出しにして笑った。ゾッとするような笑いだ。俺はセブンスパイルショットを放った。
それにレッドオーガが反応する。タワーシールドを斜めに突き出し、高速で飛んでくるD粒子パイルを受け流したのだ。ガーンという音が響き渡り、受け流されたD粒子パイルがレッドオーガの後方へ飛び去った。
嘘だろ。セブンスパイルショットの貫通力は、半端じゃないんだぞ。嫌な汗が出てきた。
その瞬間、ロングソードを振り上げたレッドオーガが突進してきた。それを見て、セブンスオーガプッシュを発動する。高速回転するオーガプレートがレッドオーガの胸に飛ぶ。
そのオーガプレートはタワーシールドで受け流された。俺はクイントカタパルトで身体を後ろに放り投げる。空中を飛んでいる間に、七重起動の『マルチプルアタック』を発動。
三十本の小型D粒子パイルが高速で飛翔し、レッドオーガを突き刺そうとする。赤い角を持つ魔物が地面を蹴って横に跳んだ。その脚力は地面から土煙が上がるほど強力だった。
ほとんどの小型D粒子パイルを躱し、脇腹を掠めそうな三本をタワーシールドで受け止める。ガン・ガン・ガンという音が響く。俺は唇を噛み締めて、無傷のレッドオーガを睨む。
レッドオーガが姿勢を低くして跳躍した。十メートルほどあった距離を一気に縮めて、懐に飛び込んできた。七重起動の『プロテクシールド』を発動。D粒子堅牢シールドに向かって、レッドオーガのロングソードが振り下ろされた。
ロングソードがD粒子堅牢シールドに叩き付けられると、一瞬だけ耐えたシールドが崩壊する。
馬鹿な……レッドオーガはどれだけ怪力なんだ? 俺は後ろに跳んで、地面を転がった。そうしないとレッドオーガの攻撃を躱せなかったのだ。
レッドオーガはD粒子堅牢シールドを崩壊させた後、連続でロングソードを振り下ろし地面に大きな傷を刻んだ。俺は素早く立ち上がって、クイントカタパルトで斜め上に身体を投げ上げる。これだけの素早い動きができたのは『俊敏の指輪』の御蔭かもしれない。
空中でセブンスハイブレードを発動。D粒子の巨大な刃が、レッドオーガを襲う。今度の攻撃はレッドオーガでも受け流せなかった。
タワーシールドごと弾かれて、地面を転がる。
『ライトニングショットです』
メティスのアドバイスが頭に響いた。俺はセブンスライトニングショットでレッドオーガの胸を狙った。
D粒子放電パイルは受け流された。だが、タワーシールドに衝突した瞬間、大きな稲妻が飛び散った。レッドオーガの左腕を大電流が走る。
セブンスパイルショットを発動。高速で飛翔したD粒子パイルが、レッドオーガが持つタワーシールドを弾き飛ばした。電流でダメージを受けていたレッドオーガの左腕は、タワーシールドを支えられなかったのだ。
防御力を失ったレッドオーガは、俺に向かって突進してきた。捨て身の突進をセブンスオーガプッシュで弾き飛ばし、倒れたレッドオーガにセブンスコールドショットを叩き込む。
胸に命中して肋骨を砕いたD粒子冷却パイルは、レッドオーガの体内で冷却の追加効果を発揮した。心臓を凍らせ、周囲の血管も凍らせる。
レッドオーガは地面を転がって藻掻き苦しんだ後に死んだ。その姿が消えた瞬間、どこからか宝箱が現れた。
死闘の緊張から解放された俺は、ペタンと地面に座り込んだ。
「はあはあ……死ぬかと思った」
『確かに。レッドオーガのロングソードが、掠りでもしたら、大怪我をしていたでしょう』
俺が早撃ちを重要視するのは、魔物の攻撃が凄まじいからだ。掠るだけで大怪我を負うのなら、先手必勝で倒すしかないというのが、俺の戦術なのである。
落ち着いたところで、宝箱に近付いて慎重に蓋を開ける。中に入っていたのは、メリケンサックまたはナックルダスターと呼ばれる武器に似ている『鉄甲』だった。琉球古武道の武器で右手用と左手用の二つがある。
こういう武器はゴツゴツとした
鑑定モノクルで調べてみると、『魔導鉄甲』と呼ばれる武器らしい。この武器はダークブルーの金属の中に魔法を吸蔵する事ができるようだ。魔法を三発溜め込み、任意のタイミングで発動させる。これはそういう武器らしい。
「なんか、超接近戦用の武器が出てきたな」
『三橋師範が喜びそうな武器ですけど、どうします?』
「取り敢えず試してみて、使えそうなら使う」
宝箱にはもう一つ入っていた。それはプラチナコインが入った布袋だ。二千万円ほどの価値が有るだろう。
周りを探すと赤魔石<大>が落ちていたので拾い上げて仕舞う。それから出口を探した。出口らしきものは二つあり、一つは六層への階段だった。
その階段を下りると、目の前に廃墟となった街が見えた。アラビア風の建物が壊れて無残な姿を晒しており、その道路には、スケルトンやグールが見える。
「これからアンデッドと戦う気分じゃないな。上に戻ろう」
『そうですね。もう一つの出口を確かめないと』
俺は五層に戻って、もう一つの出口を確かめた。上に登る階段があり、それは落とし穴のあった洞穴へと続いていた。
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