第209話 千佳たちD級昇級試験

 アリサたちは急いでD級昇級試験を受ける事にした。今回の課題は水月ダンジョンのアーマーベアである。


 試験日に四人が水月ダンジョン前に集合すると、試験官のC級冒険者二宮千鶴が現れた。

「私が試験官の二宮よ」

「よろしくお願いします」


 アリサたちがペコリと頭を下げる。

「魔法学院の生徒さんたちよね。若いからと言って、無茶は禁止よ」

 それを聞いた天音が確認した。

「無茶じゃないですけど、途中『ウィング』を使ってもいいですか?」


 二宮試験官が困ったような顔をする。

「魔力を浪費するだけね。私が使えないから、目的地に早く到着する事はできないでしょ」

「それは心配ありません。二人乗り用の鞍を持ってきましたから」


「そうなの。だったら、まあいいけど」

 試験官の許可が出たので、アーマーベアが居る十五層まで最短ルートを飛ぶ事になった。恐る恐る二宮試験官が天音の後ろに乗る。


「行きますよ」

 天音が声を掛けてから飛び上がった。背後で二宮試験官の身体に力が入るのを感じる。それでもD粒子ウィングは上昇し、階段を目指して飛び始める。


「あなたたちは、いつも飛んで探索しているの?」

「今回は特別です。普段は魔力消費を抑えるために歩いています」

 『ウィング』は生活魔法の中でも、特に魔力消費が多い魔法である。普通の探索で『ウィング』を多用すれば、狩りに使う魔力が無くなってしまう。


 今回はアーマーベアを一匹ずつ倒せば良いだけなので、四人で相談して一番効率が良い方法を考えたのだ。


 迷路エリアとアンデッドエリア以外を飛んで進んだ結果、ほとんど戦わずに十五層に到着。さすがに魔力残量が不安なので、このままアーマーベアと戦う事はせずに野営する事になった。


 テント張りをしていると、二宮試験官が四人に話し掛けた。

「あなたたち凄いのね。九層の中ボス部屋で一泊するのが普通なのに」

「ここは飛べない魔物ばかりのエリアが多いので楽なんです」

 アリサが説明するように言った。


「でも、七層と十一層は歩いていたけど、どうしてなの?」

「あそこはアンデッドエリアですから、ファントムが居るんです。飛んでいる時にファントムに襲われると厄介なんです」


 ファントムは発見しづらい魔物である。飛んでいると尚更なおさら気付き難く奇襲を受ける場合が有るのだ。


 交代で見張りをしながら一晩過ごすと、アリサたちの魔力が回復していた。朝食を食べてから、課題であるアーマーベアを探し始める。


 最初の一匹を千佳が発見した。

「誰が最初に戦う?」

 千佳が尋ねた。すると、発見した千佳が戦う事になった。


 二宮試験官が千佳に確認する。

「御船さんは、魔装魔法と生活魔法の両方が使えると聞いています。間違いないですか?」

「はい、間違いありません」


 千佳は黒鉄製の刀を構えて、『コスモガード』の魔装魔法を発動してから前に出た。『コスモガード』は防御重視の強化魔法である。千佳は万一の保険として、『コスモガード』を使った。


 すぐにアーマーベアも千佳に気付いて襲い掛かって来た。アーマーベアと千佳との距離がもう少しで十メートルになるという瞬間、千佳が刀を袈裟懸けに振り下ろす。千佳はそれを切っ掛けにセブンスハイブレードを発動させていた。


 音速を超えたD粒子の巨大な刃がアーマーベアの肩に命中してザクリと深い傷を刻んだ。アーマーベアは衝撃で地面を転がる。


 致命傷ではないが、かなり深い傷を負わせたらしい。よろよろと立ち上がろうとするアーマーベアに、もう一度正面からセブンスハイブレードを叩き込んだ。


 その一撃でアーマーベアの息の根が止まる。千佳らしい戦い方だった。『ハイブレード』の二撃で仕留めるやり方は、素早く間合いを読む能力がないと不可能だが、千佳にはその能力が有るようだ。


 その戦い方を見ていた二宮試験官は苦笑した。通常の受験者なら、もっと苦戦するのだ。こんなに鮮やかに倒せるという事は、かなり以前からD級冒険者に匹敵する実力を持っていたという事になる。


 千佳がアーマーベアの魔石を拾って戻ってくると、残りの三人が取り囲んで凄いと褒める。

「さあ、次のアーマーベアを探しましょう」

 二宮試験官が促すと、またアーマーベア探しが始まった。


 次のアーマーベアが発見され、今度は天音が戦う番となった。天音はアーマーベアが近付いてくるとセブンスオーガプッシュを発動する。高速回転するオーガプレートがアーマーベアを弾き飛ばす。


 もちろん『オーガプッシュ』でアーマーベアを仕留める事はできないが、弾き飛ばせると分かると戦いが楽になる。近付くアーマーベアをセブンスオーガプッシュで何度か弾き飛ばし、ダメージを与えながら間合いを測りセブンスハイブレードを発動した。


 音速を超えたD粒子の巨大な刃が、アーマーベアの頭を斬り裂いた。その一撃で勝敗が決まり、タフな熊が倒れて消える。


「この子も苦戦せずに倒せるのか。ジービック魔法学院は凄い人材を育てているのね」

 続いてアリサと由香里がアーマーベアを倒すと、二宮試験官は苦笑いして肩を竦めた。この四人に試験は必要なかったのではないかと思ったのだ。


 それから『ウィング』を駆使して地上に戻る。本来なら四日を予定していたD級昇級試験が、二日で終わってしまった。


 二宮試験官は冒険者ギルドに戻って、近藤支部長に報告した。

「あの四人は凄いですね。あれでまだ魔法学院の生徒だと言うのですから、驚きですよ」


「まあ、グリム君の弟子たちだから、鍛えられているのだろう。ところで、あの子たちはC級になれると思うか?」


「十分なれる素質はあります。ですが、『流星の門』に挑戦した後は、受験勉強に専念すると言っていました」


「そうか、少し残念だな」

「何が残念なのです?」

「このままダンジョン探索を続ければ、最年少のC級冒険者が、この冒険者ギルドから生まれる事になったのでは、と思ったのだよ」


「支部長、欲張り過ぎですよ。四人の有望な冒険者が居るだけで、十分じゃないですか」

「まあ、そうだな」


 支部長がジロッと二宮試験官を見た。

「何です?」

「君たち古株も頑張らないと、若くて有望な冒険者に追い抜かれてしまうよ」


 二宮試験官がきつい視線を支部長に向ける。

「支部長、私は古株と呼ばれるほどの歳じゃありませんよ」

 まずいと思った近藤支部長が謝った。


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