第206話 カリナの生活魔法

 その日の夜は徹底的に飲んで、カリナたちは別れた。変な約束をしてしまったと思いながら、ホテルに一泊する。


 翌日、自宅に戻ってダンジョンに潜る用意をしてから、再び東京へ向かった。今回潜る中級の明星あかほしダンジョンがある町のホテルに泊まる。


 三連休の最後の日、朝の七時にダンジョン前に集合した。

「早かったのね」

 カリナが到着した時には、元リーダーの澤井が着替えて待っていた。カリナが急いで着替えていると直美と美乃里も来た。


 全員が揃ってダンジョンに向かう。中に入った直後、目の前に草原が広がる場所で、澤井が振り向いて確認する。

「目標はどこまでにする?」


「そうね、五層の岩山エリアで、リザードソルジャー狩りをしようか」

 美乃里が提案した。それを聞いて全員が承諾した。


 カリナは探索が始まる前に、生活魔法について言っておかなければ、と思い出した。

「皆に言っておきたいんだけど、私は魔法学院で生活魔法を教えているの」

 澤井がびっくりした顔をする。


「なぜ生活魔法?」

「同僚だった生活魔法使いから習って、生徒たちに教える事になったのよ」

「へえー、魔装魔法使いとして優秀だったカリナが、生活魔法ね」

 美乃里が首を傾げながら言った。そう言ってくれるのは嬉しいが、カリナ自身は魔装魔法使いとしての自分が優秀だったとは思っていなかった。


「そう言えば、最近生活魔法に関する情報が増えたみたい。ギルドでも生活魔法は使えるという話を聞いた事がある」

 直美が冒険者ギルドで聞き込んだ話をした。


 澤井がカリナに視線を向ける。

「そうだとすると、魔装魔法を使ったダンジョン探索はあまりしていないんだろ。大丈夫なのか?」


 カリナが溜息を漏らした。生活魔法が進化した事が思っていたほど知られていないようだ。

「心配しないで。生活魔法は皆が思っている以上に使えるから」


 カリナたちは先に進み始めた。この明星ダンジョンは、カリナが現役冒険者だった頃に潜っていたダンジョンでよく知っている。


 一層はゴブリンやアタックボアなどの雑魚しか棲み着いていないので、さくさく進んだ。カリナも四重起動の『コーンアロー』でゴブリンを仕留めた。剣で仕留めても良かったのだが、生活魔法が使えるという事を皆に見せたかったのだ。


「ふーん、生活魔法か。面白いものを習ったのね」

 美乃里が言った。面白がっているが、感心はしていないようだ。


 一層と二層を攻略したカリナたちは、三層の砂漠エリアに入った。その時、直美がカリナに目を向けた。

「ねえ、カリナ。生活魔法に空を飛ぶ魔法が有ると週刊誌に載っていたけど、あなたは習得している?」


「『ウィング』の事ね。習得しているけど、それがどうしたの?」

「決まっているでしょ。見せて欲しいのよ」

 生活魔法を広める助けになると考え承知した。『ウィング』を発動して、赤く輝くD粒子ウィングを出現させる。


 皆がD粒子ウィングに注目した。

「これに乗るの?」

「ええ、鞍を付けて乗るのよ」

 直美が乗ってみたいというので、折り畳み式の鞍を取り出した。リュックに入れられるほどの大きさで、グリムが使っているものの簡易版だった。


 直美が鞍に跨りシートベルトを締めると、カリナがD粒子ウィングを飛ばした。前進・後進・右旋回・左旋回・上昇・降下と動かすと直美は満足したようだ。


「これが有れば、砂漠とかを進むのが楽になりそうね。私も生活魔法の才能が有ったら、習ったのになぁ」

 直美が残念そうに言った。生活魔法の才能は『E』らしい。


「おれは生活魔法の才能が有るぞ」

 澤井がニヤッと笑い自慢そうに言った。美乃里がジロリと澤井を睨んだ。

「オークナイト相手に大怪我するくらいだから、魔装魔法使いはやめて生活魔法使いになった方がいいかもね」


 澤井が慌てた。

「待て待て、オークナイトを相手に怪我した時は、相手が二十匹で奇襲して来たんだぞ」

 最初の一撃でチームの二人が怪我を負ったという。四人チームだったので、残り二人で二十匹のオークナイトを相手にしたが、もう一人の仲間は攻撃魔法使いだったらしい。


 攻撃魔法使いは懐に入られると弱い。その攻撃魔法使いは死亡したそうだ。澤井は八匹ほどオークナイトを倒したが、残りのオークナイトから袋叩きにあった。


「運良く別のチームが助けに来たから助かったけど、それでなければ死んでいた」

 カリナが値踏みするように澤井を見た。

「何だよ?」

「本当に生活魔法の才能が有るのなら、本気で学んだ方がいいかも」


 澤井が納得できないという顔をする。

「生活魔法を学んでいたら、大怪我なんかしなかったと言うのか?」

「それは分からないけど、生活魔法は多数の敵を相手にする時も、力を発揮するのよ」

「実際に見てみないと納得できないな」


 そう言うので、三層の砂漠エリアを抜けて四層の森林エリアに下りると、ブラックハイエナの群れを探し始めた。三十分ほど探して、十六匹の群れを見付ける。


「生活魔法使いの戦い方を見せるから、ブラックハイエナは私に任せて」

 直美が心配そうな顔をする。

「大丈夫なの?」

「生活魔法には、防御用の魔法も有るから、心配しなくても大丈夫」


 カリナは『センシングゾーン』と『オートシールド』を発動して、剣を抜いて前に出る。すぐにブラックハイエナが気付いて襲い掛かってきた。


 カリナは低い姿勢になって、横に薙ぎ払うようにセブンスブレードを発動した。高速で薙ぎ払われたV字プレートが、ブラックハイエナの胸や首を斬り裂いた。


 一撃で五匹のブラックハイエナが死んだ。眼を丸くしている澤井の顔がカリナの目に入る。ブラックハイエナ三匹が同時に飛び掛かった。一匹にはクイントアローを放ち、もう一匹は剣で薙ぎ払う。


「危ない!」

 後から直美の声が聞こえた。残った一匹がカリナの肩に牙を突き立てようとしたからだ。だが、『オートシールド』で発生したD粒子シールドの一枚が、そのブラックハイエナを弾き返す。


 カリナは『プッシュ』『コーンアロー』『ブレード』の三つを駆使して、ブラックハイエナを殲滅した。


 少し離れた場所で見守っていた澤井たち三人は、呆気あっけにとられた顔をして見ていた。カリナが見せた戦いが、鮮やか過ぎたのだ。


「どうなっているの? カリナが現役の時より強くなっているじゃない」

 美乃里が戸惑ったように声を上げた。


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