第207話 ファイアワーム

 カリナが戻ってくると、皆が変な顔をしていた。

「どうかしたの?」

「カリナが現役の時より、強くなったんじゃないかと話していたのよ」

 直美が教えてくれた。


「ブラックハイエナの群れくらいなら、現役の時も倒していたけど」

「そうだったけど、現役の時は必死に動き回って、魔物の攻撃を躱しながら一匹ずつ倒していたじゃない。でも、今回はほとんど動かずに、時には数匹纏めて倒していた」


 直美の説明に澤井が頷いた。

「それに現役の時に比べて、半分くらいの時間で全滅させているぞ」

「私が生活魔法を習ったグリム先生の教えよ。早撃ちを重要視する先生なの」


 カリナたちはブラックハイエナの魔石を拾い集め、少し休憩してから進み始めた。四層の森林を抜けて階段を見付け五層へ下りる。


 五層は大小様々な岩が並び、その間に幾筋もの川が流れているエリアだった。ここで遭遇する魔物の中で手強いのは、リザードソルジャーだけである。


 但し、ワーム岩穴という場所には、ファイアワームが棲み着いている。この魔物はリザードソルジャー以上に手強いのだが、ワーム岩穴に入らなければ襲われないので心配する必要はなかった。


「さて、リザードソルジャーを探そう」

 澤井が昔のように指示を出した。カリナは頷いて探し始める。


「カリナは、ほとんど魔装魔法を使わなくなったんだね」

 美乃里が気付いた事を言った。

「魔装魔法は魔力の消費が多いから、いざという時しか使わないようにしているの」


 直美がキョロキョロと見回した。

「変ね、リザードソルジャーが居ない」

 カリナも少しおかしいと思った。

「リザードソルジャーどころか、バトルゴートも居ないのはおかしい」


 バトルゴートは五層に大量に居る物騒な山羊である。鋭い角で人間を串刺しにしようとする山羊で、素早い動きをする魔物だ。カリナは別の冒険者チームが、同じルートを通ったのかもしれないと思った。


 澤井が真剣な顔をして、カリナたちに話し掛ける。

「腹減った。昼飯にしよう」

 腹が減るとものを考えられなくなる男、それが澤井である。カリナは仕方ないというように肩を竦め食事をする事にした。


 カリナが昼食用として持ってきたのは、ベトナムのサンドイッチである。バインミーと呼ばれており、二十センチほどの柔らかいパゲットに切り込みを入れてバターやパテを塗り野菜やハーブ、肉、ソースを挟んだものだ。


 食事をしていると直美が話し掛けてきた。

「カリナは、渋紙市に居るのよね?」

「そうだけど」

「だったら、シャドウパペットについて知っている?」


「もちろんよ。それがどうしたの?」

「うちの支部でシャドウパペットの事が噂になっているんだけど、あれはゴーレムみたいなものなの?」


 カリナが否定した。

「全然違う。ゴーレムなんて粗悪品と一緒にしないで。……そうね。見せてあげようか?」

「まさか……持っているの?」


「シャドウパペットを製作する手伝いをしたお礼に、猫型シャドウパペットをもらったの」

 その言葉を聞いた皆が、見せて欲しいと言い出した。


 カリナは自分の影から猫型シャドウパペットの『アヤメ』を出した。この猫型シャドウパペットは普通のものより大型で、ゴブリンくらいなら倒せるパワーを持っている。


 姿は黒豹に似ている。グリムが普通の猫を作ろうとして、なぜか黒豹の子供のようになったという奇跡的な作品だった。


 アヤメは自分を注目している冒険者たちを見て、首を傾げた。主人であるカリナの足に頭を載せて甘えるように顔を擦り付ける。カリナが微笑んでアヤメの頭を撫でた。


 直美が手を伸ばして、アヤメの背中を撫でた。

「本物の猫みたい、可愛いな。この子はどこから出てきたの?」

「シャドウパペットは、影の中に潜り込めるのよ」


 直美はアヤメを抱き上げた。

「うわっ、重い。見た目より重いのね」


 先に食事を終えた澤井が、ジッとアヤメを見ていた。

「そのシャドウパペットは、どうやれば、手に入るんだ?」


「欲しいの? そうね、まだシャドウパペットを作れる人が少ないから、売られているものは高価になると思う。そうすると、自分で作るしかないかな」


「自分で作れるのか?」

「グリム先生が、魔導特許を出しているから、ライセンス料を払えば作れるけど、材料を揃えるのも大変みたいよ」


 澤井はシャドウパペットに興味を持ったようだ。

 その時、アヤメがワーム岩穴の方へ視線を向けて立ち上がった。そして、厳しい顔でワーム岩穴を睨む。


 それに気付いたカリナが尋ねる。

「どうしたの?」

 カリナもワーム岩穴へ目を向けた。視線を向けた方から微かな悲鳴のようなものが聞こえてきた。


「今のは悲鳴だぞ」

 澤井にも聞こえたらしく、声を上げた。直美が顔をしかめた。

「馬鹿な冒険者が、ワーム岩穴の宝箱を手に入れようと入ったみたい。冒険者ギルドの職員としては、見過ごせない状況ね」


 カリナたちは食事を切り上げて、ワーム岩穴に向かう。アヤメを影の中に戻した。

 五十メートルほどまで近付いた時、ワーム岩穴から二人の冒険者が飛び出してきた。カリナたちに気付くと、こちらに走って来る。


「ファイアワームだ。逃げろ!」

 冒険者の一人が叫んだ。それと同時にワーム岩穴から全長七メートルのデカイミミズが這い出てきた。真っ赤なミミズで、胴体は澤井の胴回りより大きい。


 ファイアワームの移動速度は意外に速く、二十メートルまで迫っていた。カリナたちは急いで戦う用意をする。


 最初に攻撃したのは、攻撃魔法使いの美乃里である。『クラッシュバレット』を発動して、破砕魔力弾がファイアワームに向かって飛ぶ。


 真っ赤な巨大ミミズに命中した破砕魔力弾は、その装甲に弾かれて空中で爆発した。大したダメージは与えられなかったようだ。美乃里が悔しそうな顔をする。


 澤井が『パワータンク』を発動して筋力を五倍に上げて走り出した。澤井の武器は剣である。愛剣である蒼銀製ロングソードをファイアワームに叩き付けるとUターンして戻ってきた。


 カリナが不審に思って声を掛ける。

「何で戻って来るの?」

「あれはダメだ。全身から高熱を出していて、接近戦では戦えない」


 魔装魔法使いが苦手とするタイプの魔物だったようだ。そうなると生活魔法のカリナか、攻撃魔法の美乃里が戦う事になる。


「美乃里、あいつの装甲は堅いようだけど、破れる魔法は有る?」

「『ソードフォース』でいけると思うけど、動きを止めて欲しい」

「分かった」


 カリナは連続でセブンスジャベリンを放った。『ジャベリン』は威力があるのだが、命中率が悪く射程も短い。だが、連射した中の一発が命中して、ファイアワームの動きを止める。カリナは役割を果たしたのだ。


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