第205話 カリナのチームメイト
新しい魔法についての話を切り上げる。
「話は変わりますが、以前に秘蹟文字が書かれた金属板について報告しましたよね。あれの解読は進んでいるんですか?」
近藤支部長が苦い顔になる。
「調べてもらっているのだが、手子摺っているようだ。あれがどうかしたのか?」
ピラミッドの中で手に入れた『知識の巻物』を使って秘蹟文字についての知識を手に入れた事と金属板に書かれていた文字は、『創造者は、五の倍数の層に抜け道を創り、それを使う鍵を彷徨う魔物の体内に御隠しになった』という意味だと伝えた。
「抜け道と彷徨う魔物か。どういう意味なのだ?」
「彷徨う魔物は、宿無しの事です」
支部長が鋭い視線を俺に向けた。
「宿無し……フォートスパイダーか? まさか、鍵を手に入れたのか?」
「ええ、手に入れましたよ」
「見せてくれないか?」
俺は左手の甲にあるタトゥーを見せる。これが転送ゲートキーだと伝えると、支部長が驚いた。
「他の上級ダンジョンにも転送ゲートが存在するものがある。転送ゲートキーはコインや指輪というのが多いのだが、タトゥーというのは珍しい」
その情報を聞いた俺は、転送ゲートがそれほど珍しいものではないと知った。
「抜け道……いや、転送ゲートを探し出せば、ダンジョン探索が楽になりそうですね」
支部長が渋い顔をする。
「そうなるだろう。だが、グリム君が転送ゲートキーを手に入れた事は、秘密にした方がいいかもしれない」
「どうしてです?」
「転送ゲートキーを手に入れた冒険者がソロだと知ったら、他のチームは是が非でも君をチームに入れようとするだろう。必ずグリム君の奪い合いになる」
転送ゲートキーが目当てで擦り寄るチームが殺到するのは、勘弁して欲しい。
「俺の実力を評価して、チームに入ってくれと誘われるのは嬉しいですが、目当てが転送ゲートキーだけというのは嫌ですね」
そればかりではなく秘蹟文字の知識を持っているのも、当分秘密にした方が良いらしい。その事が知れ渡れば、世界中から秘蹟文字の解読依頼が殺到するだろうという。
世界のダンジョンで発見された秘蹟文字の情報は、数千に達しているそうだ。その数千の一割でも俺に解読依頼が来たら断るだけで大変な作業となる。
転送ゲートキーと秘蹟文字の件は、支部長が秘密にすると約束してくれた。
「ところで転送ゲート探しだが、時間が掛かると覚悟した方がいい。別のダンジョンでは、転送ゲートがあると分かってから、実際に発見されるまで、一ヶ月ほど掛かった例がある」
「そんなに……」
どうやら根気強く探すしか手がないらしい。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
魔法学院の教師である望月カリナは、久し振りに東京へ来ていた。現役冒険者だった頃のチームメイトから、久し振りに飲もうという誘いが来たのだ。
今日から三連休なので時間もある。それに久し振りに会いたかった。カリナが冒険者をやめたのは、中級ダンジョンの二十九層を探索している時に、ブルーオーガと遭遇して戦いになり、仲間の一人を亡くした事が切っ掛けだった。
亡くなったのは攻撃魔法使いの男性で、カリナと仲が良かった。カリナは彼を守れなかった事で自信を失い、冒険者を引退したのである。
昔はよく来た居酒屋に入る。すでに元チームメイトたちが待っていた。魔装魔法使いの澤井博之と筒井直美、攻撃魔法使いの渡辺美乃里だ。
「やっと来たな」
元チームのリーダーだった澤井が声を上げた。
「遅れてはいないはずよ。それより、皆は元気だった?」
澤井が顔をしかめる。何かあったらしい。澤井と仲が良かった美乃里が微笑んで教えてくれた。
「リーダーは、オークナイトの集団と遭遇して、大怪我をしたの。一ヶ月ほど入院して退院したばかりなのよ」
澤井は魔装魔法使いである。三十代後半になり自分が衰えたと感じるようになったと言う。
カリナは生ビールと唐揚げを注文してから、澤井に顔を向けた。
「もしかして、引退するの?」
「それも考えた。どう鍛えても、肉体的には限界なんだ」
それはどうだろうとカリナは思う。グリムに紹介されて、彼の空手の師匠である三橋に会った。三橋師範は四十代後半だが、生活魔法という切っ掛けを得て、F級冒険者からE級に昇級している。あの勢いだと、もうすぐD級になるのではないだろうか。
「冒険者として、十分稼いだのだから、別の道を探す余裕は有るんじゃない」
澤井がニヒルに笑う。
「江戸っ子は、
それを聞いた全員が呆れた顔になる。
「どこが江戸っ子なのよ。あんたは生まれも育ちも北海道でしょう」
カリナが鋭いツッコミを入れると、澤井が苦笑いする。
「冗談だよ。だけど、金銭的な余裕はないんだ。冒険者を続けるしかないと思っているんだが、このままだとまた大怪我をするんじゃないかと不安なんだ」
しかし、オークナイトを相手に大怪我するとか、考えられない。そう思った時、自分が生活魔法を習得しているから、そう思うのだと気付いた。
ビールが運ばれてきたので、喉に流し込むように飲む。ビールが美味しく感じる季節なのだ。
「ダンジョンでの稼ぎ方を変えれば、いいんじゃない」
「どういう風に変えろと言うんだ?」
「例えば、羊毛狙いでビッグシープをひたすら狩るとか、赤魔石<小>を狙ってリザードソルジャーを狩るとかよ」
澤井が渋い顔をする。そんなやり方はしたくないらしい。それに入院した時に、チームを抜けたので、ソロで活動しないとダメだという。
「それだったら、益々無理はできないでしょ。地道に稼ぐやり方に変えるか、私みたいに冒険者をやめるかね」
この中で冒険者を続けているのは、澤井と美乃里だけだった。美乃里は中級ダンジョンの低層で堅実なやり方をしているらしい。
「教師は無理だな。それに給料が安いんだろ」
給料が安いという事は否定しないが、生徒たちとダンジョンに潜る場合、経費は学院が出すので赤字になる事がない。普通に冒険者をやっていると、怪我した場合に初級治癒魔法薬を使って赤字になる事も有るのだ。
もう一人の魔装魔法使いである直美が、ダンジョンに行きたくなったという。直美は冒険者を引退して、冒険者ギルドの職員になっている。偶にダンジョンへ行く事も有るのだが、本格的な探索はしていないらしい。
全員アルコールが入っているので、勢いでダンジョン探索に行く事になった。澤井がどれほど衰えたのか確かめに行こうという話になったのだ。澤井はありがた迷惑だという顔をしたが、酒を飲んだ女性陣の勢いに負けて承諾する。
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