第191話 巨大亀の戦術

 メティスと話し合った翌日、俺は鳴神ダンジョンの三層へ来ていた。近藤支部長の言葉に従って四層への階段を見付けようと思ったのだ。


『支部長は、どうして階段を探すようにアドバイスしたのでしょう?』

「たぶん俺の経験が少ないからだろう」

『どういう意味です?』


「経験の少ない俺は、下の層へ行くほどエリアの攻略に時間が掛かるようになるはずだ。そうなると、新しい階段を見付けるなんてチャンスは、浅い層しかないと支部長は思ったんだ」


『なるほど納得です。でも、ベテランたちが実績より宝箱を狙っているのは、なぜです?』

「ベテランたちは、俺のように短期間でA級になろうとはしていないんだ。支部長だけは、俺がA級になるのを期待しているから」


『階段はどうやって探しますか?』

「島を虱潰しらみつぶしに探していくしかない。一番遠い島まで飛んで、戻るようにして探そうと思っている」


 俺は『ウィング』を発動して、D粒子ウィングに鞍を装着すると跨った。この海エリアには九つの島がある。一回の飛行で九番目の島まで飛べそうにないので、七番目の島まで飛んでから、もう一度『ウィング』を発動するつもりだ。


 七番目の島を目掛けて飛ぶ。他の冒険者たちにより、三番目の島まで調査が終わっているので、俺が調査する島は六つという事になる。


 なぜ島の調査が三つでストップしているかと言うと、三つの島を調べた後に海中で宝箱が発見され、冒険者たちの探索の目標が海中になったからだ。


 七番目の島に向かう途中に、三番目と六番目の島の上空を飛ぶ事になり、俺は島の様子を観察しながら飛んだ。六番目の島の上空を飛んでいる時に、その島の中央に巨大亀の魔物が居るのに気付いた。


 その魔物が気になった俺は島の海岸付近に着地して、周りを見回す。低木と雑草が生い茂っている以外は何もない島だ。


 メティスは俺の影からコムギを出した。自分も探索に参加するつもりなのだろう。


 コムギは草むらに入って行った。俺も雑草を掻き分けて進み、島の中央へ向かう。コムギはすいすいと進んでいくが、俺は雑草と低木に邪魔されて苦戦する。


『上空から見た巨大亀を発見しました』

「すぐに行く」

 俺はコムギを追った。すると、巨大な亀に遭遇。長さが五メートルほどで、島の中央に座り込んでいる。


『記憶にない魔物です。どうしますか?』

 その魔物は俺が近付いても動こうとしなかった。まさか、亀の下に階段があるのでは?


「そいつを倒そう」

 俺は離れた場所からセブンスパイルショットを撃ち込んだ。高速のD粒子パイルが巨大亀の甲羅に命中したが、弾かれた。


「嘘だろ。セブンスパイルショットは、一番貫通力のある魔法なんだぞ」

 俺がそう言った瞬間、亀が頭と足、尻尾を甲羅の中に引っ込めた。

『亀が防御態勢になったようです』


 この亀の頭や足も装甲みたいなものに覆われていた。この巨大亀が防御態勢になった時は、仕留めるのが難しそうだ。この魔物は自分を攻撃させて、魔力や体力を消耗させてから反撃するという作戦を取っているのだろうか?


 俺は甲羅と頭の装甲に目を向ける。どちらが防御力が高いか考えるまでもなく、引っ込めた亀の頭の部分を狙う事にした。


「念には念を入れて、こいつを使おう」

 俺はマジックポーチから、D粒子収集器を取り出す。そのD粒子収集器に集めたD粒子を使ってナインスコールドショットを甲羅の中に引っ込めた頭を狙って叩き込んだ。


 D粒子冷却パイルが巨大亀の頭蓋骨を貫いて、ストッパーが開くと巨大亀の巨体がズズッと後ろに動いた。そして、冷却効果で脳が凍る。


 息の根を止めた巨大亀が消え、一瞬だけ階段が見えた。だが、次の瞬間巨大な甲羅が階段を覆い隠す。


「どういう事?」

 俺は意味が分からず疑問を口にした。それに答えるように、メティスが話し始めた。

『これは巨大亀のドロップ品ですね。甲羅の背中側だけがドロップ品として現れたのです』


「ここのダンジョンは意地が悪いな。どうしても甲羅を破壊させようというのか」

『そのようです』


 俺はニヤッと笑う。ダンジョンは一つだけ忘れている事がある。冒険者の中には容量が大きなマジックバック系の魔道具を持っている者が居るという事だ。


 俺は収納アームレットに巨大な甲羅を仕舞った。赤魔石<中>も落ちていたので拾う。

『グリム先生、海からマーマンの集団が近付いてきます』

 その時になって、巨大亀の戦術が分かった。自分を攻撃させて魔力と体力を消耗させた後に、マーマンと共同して敵を倒すつもりだったのだ。


 俺は『フライングブレード』を発動する。周囲から大量のD粒子が集まり、二メートルほどの紅い剣が形成される。その柄を握って斬剛ブレードを一振りしてから構えた。


 マーマンは手に槍を持ち、二十匹ほどの集団で襲い掛かってきた。斬剛ブレードが宙を舞い、マーマンを斬り捨てる。斬剛ブレードを最長の五メートルまで伸ばしてマーマンに向かって振ると、一度に二、三匹が斬られて倒れた。


 斬剛ブレードは長く伸ばすと切れ味が落ちる。<斬剛>の特性を付加したD粒子の厚みが薄くなるから仕方ないのだが、それでもマーマンが相手なら十分すぎる威力を持つ。


 五分ほどで全てのマーマンを倒すと、俺は一息ついた。『マジックストーン』を使ってマーマンの魔石を回収してから、階段を下りた。


 四層に下りた瞬間、むっとする熱気を感じる。四層は砂漠エリアだったのだ。遠くの景色が砂埃でかすんでいる。砂が混じった風を浴びて、ゴーグルが必要だと感じた。


 水月ダンジョンの砂漠エリアでは、ほとんど風がなかったので目を保護する必要を感じなかったが、この砂漠では必要らしい。


 俺は喉の乾きを覚えて、不変ボトルを出して万能回復薬を飲んだ。魔力も回復しておこうと思ったのだ。


 万能回復薬を飲むと何だか頭もすっきりした。

『このまま引き返しますか?』

「いや、空から偵察して、どんな魔物が居るかだけでも確認しよう」


 俺は『ウィング』使って、空からの偵察に出た。砂混じりの風のせいで視界が悪い。上空はまだ良いが、地上を歩いての移動だと、帰り道も分からなくなりそうだ。


 遠くに三角形の何かが見える。近付くとピラミッドのようなものだと分かった。そのピラミッドから、巨大な鳥が飛び立った。


「何だ?」

『ワイバーンですね』

「……ここにもワイバーンが居るのか」


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