第190話 ベクトル制御
クラリスが帰国した後、俺は冒険者ギルド本部の倉庫へ来ていた。ここの倉庫にはオークションで値が付けられず、巻物の出品者が所有権を放棄した巻物を保管している場所がある。
「これは凄いですね」
倉庫の一角に積み上げられた巻物を見て、俺は声を上げた。千本以上の巻物が有るだろう。俺の声を聞いて、慈光寺理事が笑みを見せた。
「オークションで値が付けられなかった巻物は、この本部で保管していたのだが、このままでは溢れると判断して各支部で保管するようにしたのだ。だから、ここにある巻物は、冒険者ギルドが設立された初期に発見されたものが、ほとんどのはずだ」
積み上げた後は調査もされずに放置されていたようだ。これを一本一本調べるとすると一日掛かりそうだ。
「ところで娘の亜美が、君の弟子になったそうだね?」
「ええ、同じ弟子のタイチと一緒に水月ダンジョンで鍛えています」
慈光寺理事の目がキラッと光った。
「ほう、タイチ君というのは、どのような冒険者なのかな?」
「同じ魔法学院の生徒です。努力家で才能も有る少年ですよ」
慈光寺理事がタイチのフルネームを教えて欲しいというので教えた。
俺は見張り役の職員と一緒に倉庫に残り、巻物の調査を始めた。鑑定モノクルを装着し賢者システムを立ち上げ巻物を一つずつチェックする。
生活魔法に関連する巻物は、賢者システムが即座に反応するので簡単に分かる。次に鑑定モノクルで調べると、中身が分かるものが三割ほど有る。鑑定モノクルは分析魔法の『アイテム・アナライズ』より性能が良いらしい。
残りの七割は賢者システムを使って調査する。この作業を一日続けて、生活魔法の巻物二十二本とD粒子二次変異の特性魔法陣が描かれた巻物一本を発見した。
ただ生活魔法の巻物二十二本の中で、すでに魔法庁に登録されているものが十八本あり、新しいものは四本だけだった。
『液体の温度を計る魔法』『鼻水を除去する魔法』『耳掃除をする魔法』『荷物を持ち上げる魔法』の四つが、魔法庁に登録されていない魔法である。
この四本の巻物と特性魔法陣の巻物を手に入れる事にした。三本はクラリスに生活魔法を教えた報酬として手に入れ、残りの二本は金を出して購入する。
マンションに帰ると、俺は特性魔法陣の巻物を開いて確認する。やはりD粒子二次変異の特性魔法陣だった。
「へえー、こいつは<ベクトル制御>の特性か。D粒子が効果を発揮する向きを制御できるとあるけど、具体的にはどういう風に使うんだ? また訳が分からない特性を引き当てたかな」
前回は<手順制御>という特性を手に入れたが、未だに使い方が分からない。集中的に調査研究すれば分かるかもしれないが、今は実績を上げるために上級ダンジョンの探索に力を入れているので放置している。
生活魔法の四つの巻物は使用して習得した。液体の温度を計る魔法は『サーモメーター』、鼻水を除去する魔法は『ノーズクリーン』、耳掃除をする魔法は『イヤークリーン』、荷物を持ち上げる魔法は『Dジャッキ』として魔法庁に登録する事にした。
翌日、冒険者ギルドへ行くと支部長が待っていると言われた。
「支部長、何か御用ですか?」
支部長室に入って尋ねた。
「慈光寺理事から、本部の倉庫で手に入れた巻物について、何か分かったのなら教えて欲しいと言われたのだ」
どうするのだろうと思いながら、俺は四つの生活魔法については教える事にした。どうせ魔法庁に登録するのだから分かる事なのだ。
「『液体の温度を計る魔法』『鼻水を除去する魔法』『耳掃除をする魔法』『荷物を持ち上げる魔法』の巻物でした。魔法庁に登録するつもりです」
支部長が感心したように頷いた。
「ふむ、ダンジョン探索には、あまり役立ちそうにないが、習得したいという者は多いのではないか」
「慈光寺理事は、どうして知りたいと思ったのでしょう?」
支部長がニッと笑う。
「保管している巻物の中に、値打ちものが有るのなら、再調査してオークションにもう一度出そうと考えているのだ」
俺だけに儲けさせるのでは、冒険者ギルドが無能な集団だと言われるからだろう。
「そう言えば、後藤君のチームが、海中神殿から不変ボトルをもう一つ手に入れたそうだ」
巨大ウツボはまだ復活しておらず、蛙型シャドウパペットを持っている者なら簡単に手に入る状態だったらしい。
「巨大ウツボが復活したら、宝箱も復活するんでしょうか?」
「ああいうトラップ付きの宝箱は、同じ時期に復活するパターンが多い。ちなみにヒントは変わる場合が普通だ」
「そうなんですか。ありがとうございます」
「これから、どうするんだ?」
「船の修理が終わったと連絡が来たので、海中の宝箱を探します」
「宝箱もいいが、四層へ下りる階段を探すのもいいぞ。階段の発見は冒険者としての実績になるからな」
冒険者としての実績は、宝箱よりも階段の方が大きいらしい。そして、人が足を踏み入れていない新しい層に初めて入ったという実績にもなるので、支部長としてはお勧めのようだ。
「へえー、知りませんでした。考えてみます」
支部長室を出てから、売店でコーヒーを買って待合室で飲んでいるとメティスが話し掛けてきた。
『一つ提案が有るのですが』
「ちょっと待って、打ち合わせ部屋へ行こう」
俺が打ち合わせ部屋に入ると、メティスが話し始めた。
『上級の雷神ダンジョンの九層に、シャドウベアという魔物が居るのですが、これを狩りませんか?』
「それはシャドウ種のようだから、今度は熊型シャドウパペットを作ろうというのか?」
『ええ、この熊型だったら、護衛になると思うのです』
メティスは俺がソロで活動しているので、心配してくれているようだ。
「でも、四層への階段を探してからにしよう。実績を上げないと、B級になれないからな」
『そうですね。では、階段を探した後に、シャドウベア狩りという事にしましょう。それとクラリス様ですが、気を付けた方が良いと思います』
「どういう意味だ?」
『グリム先生が、生活魔法を教えている時、ずーっと観察しているようでした』
俺をクラリスが観察していた。何だろう? 心当たりはないんだが。
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