第189話 クラリスの目的

「クラリスに関連して一つだけ注意しておく事が有る」

 高瀬が俺の横を歩きながら、小声で言った。

「何でしょう?」

「彼女の年齢に関しては、トップシークレットだ。年齢を尋ねるなんて、絶対にしてはいけない」


「まあ、女性に年齢を尋ねるのはマナー違反ですからね。尋ねませんけど、そんな事をした人が居るんですか?」

「昔、愚かな勇者が一人居て、そいつは冒険者をやめたらしい」


 何をしたクラリス。A級なんて化け物だからな。言葉には気を付けよう。

 訓練場に到着して、クラリスから『ブレード』の使い方について教えてくれと頼まれた。三本の丸太が用意され、訓練場の中央に五メートルほど離して三角形になるように置いてもらう。


 俺が三角形の中心に立ち黒意杖を構えると、クラリスが首を傾げた。俺と三本の丸太との距離は二メートル半ほど、『ブレード』が最大威力を発揮するには近すぎる。


 俺は深呼吸をしてから、黒意杖を振り上げながら後ろに跳んだ。正面の丸太との距離が五メートルになるように着地しながら黒意杖を振り下ろす。その動きを追うようにセブンスブレードを発動しV字プレートが丸太を縦に真っ二つにする。


 俺は右に跳びながら黒意杖を横に薙ぎ払う。丸太が切断され地面を転がると同時に移動する。最後の丸太と五メートルの位置に移動した俺は、袈裟懸けに黒意杖を振り下ろす。その動きを切っ掛けとして形成されたV字プレートは丸太を斜めに斬り裂いた。


「トレビアーン」

 笑顔のクラリスが拍手した。続いて高瀬と支部長が拍手する。他の冒険者は顔を強張らせている者、驚きの表情を浮かべている者などが居る。


「素晴らしい。特に魔法を発動する早さが驚異的ですね」

「『ブレード』を発動する切っ掛けを、こいつを振る動きに合わせているので、発動が早いのです」

 俺は黒意杖をクラリスに見せた。


「なるほど、動作を魔法発動の切っ掛けとしているのですか。面白いです」

 丸太を用意して、クラリスに多重起動の『ブレード』を実行してもらう。初めは発動に時間が掛かっていたが、すぐに慣れて早く発動できるようになった。


 クラリスは俺が少し助言するとコツを会得して生活魔法の技量が上がった。これだからA級冒険者は化け物だと言われるのだろう。


 C級の上条が凄い勢いで生活魔法を上達させたのを見て、C級は化け物だと思ったが、A級こそ本当の化け物だった。


 身体を動かし魔法を連発したクラリスは薄っすらと汗をかき上気している。それがもの凄く魅惑的で、見物している男性冒険者たちが魅了されていた。


 見物人の中には女性冒険者も居るのだが、彼女たちも魅了されている。クラリスの仕草一つ一つに人を惹き付けるものが有るのだ。


「今日はここまでにして、明日はダンジョンで教えて欲しいのですが、良いですか?」

「もちろんです」

 俺は冒険者ギルドから依頼を引き受ける報酬として、ギルド本部で保管されている巻物の中から三本だけ巻物をもらう約束をしていた。十分な報酬をもらうのだから、それだけの働きはする。


 次の日、鳴神ダンジョンへ向かった。クラリスと待ち合わせて中に入る。

「グリムは、ソロで活動しているの?」


「ええ、チームを組んでくれる仲間を見付けられませんでした」

「そう、私もソロなのよ」

 世界冒険者ランキングで三十位以内の冒険者は、ソロで活動している者が多いそうだ。実力が違いすぎてチームを組めないらしい。


 俺たちは一層の草原が広がるエリアで、ゴブリンやオークを倒して進み、オークナイトが棲み着いている森へ入った。クラリスの魔法レベルを上げるためである。


 クラリスはクイントブレードを使ってオークナイトを次々に倒した。オークナイトの攻撃を軽く受け流し、クイントブレードの一撃で首を刎ね飛ばしている。


 その舞うような動きは華麗であり、恐ろしくもある。オークナイトが自ら命を差し出しているかのように見える。クラリスがオークナイトの動きの先を読んで、攻撃しているからだろう。


 オークナイトはクラリスにとって物足りなかったようで、ブルーオーガと戦いたいと言い出した。

「ブルーオーガだと『ジャベリン』や『ブレード』では仕留められませんよ」

「大丈夫よ。生活魔法でダメージを与えた後で、私の剣で仕留めるから」


 クラリスにとって、ブルーオーガも雑魚扱いのようだ。

 実際にブルーオーガと戦うと生活魔法で翻弄ほんろうした後、愛剣バルムンクの一撃で仕留めた。


「魔法レベル7になったみたい。ブルーオーガだと効率がいいようね」

 それはそうだろう。C級昇級試験の課題になるほどの魔物なのだ。そのブルーオーガをクラリスは次々に倒していった。


 ダンジョンが薄暗くなる頃には、魔法レベル8になったようだ。やはりA級冒険者は化け物だ。

「目的が『ウィング』なので、それは習得するとして、他に習得した方が良いという生活魔法はありますか?」


「『ハイブレード』と『センシングゾーン』は、お勧めです」

「『ハイブレード』は『ブレード』の強化版ね。『センシングゾーン』というのは?」

「攻撃魔法の『マナウォッチ』と同じ探知系で、D粒子の動きから魔物の動きを感知します」


 クラリスは納得して頷いた。俺が『センシングゾーン』を何度も使うと、使っていない時でもD粒子を感じられるようになると教えると目を輝かせた。


 魔装魔法の探知系は、聴覚や視覚などの元々持っている五感を強化して気配を探り出すというものだ。なので、こういう五感以外の感覚が使えるようになるというのは嬉しいようだ


 『ウィング』と『センシングゾーン』を習得し使い熟せるようになったクラリスは、フランスに帰っていった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 フランスに帰国したクラリスは、パリの郊外にある大きな屋敷に入った。

「エミリアン様、日本から戻りました」

「待っていたよ。グリム・榊という冒険者の調査は、苦労したのではないか?」


 クラリスにグリムの事を尋ねたのは、三十前後の青い瞳をした男性だった。

「運良く日本の冒険者ギルドが用意した人物が、グリムでしたので、苦労する事なく調査できました」


 テオドール・エミリアンは、フランスが誇るワイズマンだった。冒険者としてはA級で、世界冒険者ランキングでは、三十七位となっているが、実力は上位十位以内に入っている冒険者より上だと言われている。


 それは自分だけしか使えないワイズマン独自の魔法をいくつも秘匿しているからだと言われている。


「彼は私と同じワイズマンだったのか?」

「確かめられませんでしたが、手応えは感じました。A級冒険者である私を相手にしても、何かで優位に有ると確信しているようでした」


 クラリスが次々に生活魔法を習得しても、余裕のある態度で見守っていた。まるで数年前に出会ったテオドールと同じだった。


「他のワイズマンたちも気付いているのでしょうか?」

「十二人目のワイズマンが現れたかもしれないという事は、気付いていない。私も新しく登録された生活魔法を詳しく研究して、ようやく到達した事実だからな」


 テオドールは、最近になっていくつも新しい生活魔法が登録された事を不思議に思い、研究したのである。


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