第188話 A級冒険者
亜美が部屋から出て行こうとすると、父親が引き止め一緒に話を聞いて欲しいと言う。亜美は不思議に思ったが、頷いて父親の隣に座った。
「ところで、世界冒険者フォーラムで日本冒険者ギルドへの依頼があったそうだね?」
「ええ、一緒に出ておられた潮崎理事長から聞かれましたか?」
潮崎理事長というのは、日本冒険者ギルドのトップである。但し、八十歳になっても理事長という地位にしがみついている老害であり、会議中であっても寝ている事のある人物だった。
日本の衆院本会議中でも居眠りしている議員の姿がテレビに映る事が有る。それと同じように世界冒険者フォーラムでも潮崎理事長は寝ていたらしい。寝ぼけていた潮崎理事長は、生活魔法に関する依頼だったという事だけは覚えていたが、詳しい内容は分からないという。
それを聞いた慈光寺理事は、理事長の頭を引っこ抜いて信楽焼きのたぬきの頭と取り替えようか、と本気で思った。
慈光寺理事は潮崎理事長がど忘れした事にして、依頼の内容を聞き出した。
「なるほど、生活魔法について疑問点が有るので、それを説明できる人物を用意して欲しいという事か」
亜美が父親に顔を向けた。
「それってグリム先生の事ですか?」
「そのグリム先生というのは、ジービック魔法学院の教師なのか?」
「元教師です。今はC級冒険者として、上級ダンジョンで活動されています」
「ああ、生活魔法使いとして、初めてC級冒険者になったという人物だな」
「そうです。グリム先生以上に生活魔法に精通している冒険者はいません」
「なるほど、その人物に頼む事になりそうだ。それで手紙で返事を出せば良いのかね?」
高瀬は首を振った。
「そうではなく、フランスからA級冒険者のクラリス・レアンドルが来日すると言っていました」
それを聞いて慈光寺は目を丸くした。クラリスと言えば、世界冒険者ランキングで七位の人物だったからだ。そればかりではない。彼女は絶世の美女で冒険者にとって憧れの的だった。
世界冒険者ランキングで七位の冒険者は、冒険者ギルドにとって小国の元首よりランクが上だ。
「高瀬さんは、クラリスさんと知り合いなんですか?」
亜美が高瀬に尋ねた。
「あまり話した事はないが、会えば挨拶くらいは交わす」
それを聞いた慈光寺理事は、案内役を頼めないかと尋ねた。
「空港から、渋紙市まで連れて行って、そのグリム先生という人物に会わせるまでだったら、引き受けますけど、それ以上は無理ですよ」
慈光寺理事は頷いた。
「それでいい。通訳も必要だろうから、それは冒険者ギルドで用意する」
亜美が父親に尋ねた。
「グリム先生の承諾はどうするの?」
「クラリス・レアンドルに会いたくないなどという冒険者は、存在しない」
慈光寺理事が笑って断言した。それほどクラリスは有名人であり、魅力的な女性だった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
俺はクラリス・レアンドルに会えると冒険者ギルドの近藤支部長から聞いて、二つ返事で引き受けた。
クラリスは世界トップクラスの魔装魔法使いである。彼女の愛剣バルムンクは、五大ドラゴンさえ倒せると言われている。
五大ドラゴンというのは、炎・水・地・氷・光の属性を宿すドラゴンである。上級ダンジョンの深層で遭遇する事があるらしい。
「支部長、そんな凄い冒険者が、今更他の系統の魔法を習うのは、なぜです?」
「あるダンジョンを攻略するために、飛ぶ必要があるそうだ」
そういう事を考える冒険者は、これから増えるだろう。
「そうですか。A級冒険者だとすぐに魔法レベルが上がりそうですね」
「まあ、そうだろうな。A級なんていうのは、本当の化け物だからな」
C級の上条がどんどん魔法レベルを上げたのには驚いたが、クラリスはそれ以上だろう。
数日後、クラリス・レアンドルが来日した。この時代の飛行機は、外観は昔と変わらない。但し、コンピュータなどの機械が使えなくなったので、長距離飛行する時はパイロットの数を増やす事になっている。人間がコンピュータの代わりをしているのだ。
クラリスは高瀬に案内されて渋紙市の冒険者ギルドへ来た。
その日に彼女が来る事を知った冒険者たちは、朝から冒険者ギルドで待っていた。高瀬がクラリスを連れてギルドに入ると、待ち構えていた冒険者の口から歓声の声が上がる。
俺がクラリスを見た第一印象は女神が降臨したというものだった。美しい女性である事はもちろんだったが、その存在感が半端ではない。
経験により蓄積された自信は、彼女の魅力となって人々を魅了している。これがカリスマというものなのだろう。
支部長が強張った顔で挨拶してから、彼女を支部長室へ案内した。俺と高瀬も付いて行く。
「彼が生活魔法の第一人者である。グリム・榊です」
「こんな若い冒険者だとは思ってもみませんでした」
クラリスが流暢な日本語で答えた。
冒険者ギルドは通訳が必要かと思い用意しようとしたのだが、クラリスに確認すると、日本語は習得しているので必要ないと言われたらしい。これだけ流暢なら当然だろう。
「時間がないので、短期間に生活魔法を使った戦い方を教えて欲しいのです」
俺はクラリスがどこまで生活魔法を習得しているか尋ねた。
「魔法レベルは『6』、『コーンアロー』『サンダーボウル』『ブレード』『ジャベリン』を習得しています」
どれも魔物を攻撃するために覚えたものなのだろう。
「生活魔法の基本である『プッシュ』は覚えた方がいいでしょう。それに『ウィング』を習得するなら、『エアバッグ』も覚えた方がいい」
「なぜ『エアバッグ』を?」
「空中で何か起きた時の安全対策です」
「どういう風に使うのか、教えてください」
俺はクラリスを窓に誘った。そして、窓を開けると飛び下りた。支部長室は二階なので、それほど高くはないが、落下途中で『エアバッグ』を発動し、落下を止めてから地上に着地した。
「素晴らしい。私は『エアバッグ』と聞いて、急停止したい時に使うのだと思っていました」
魔装魔法使いの彼女は高速移動しながら戦う事が多く、その時の急停止用だと思っていたらしい。
せっかく地上に下りたので、訓練場へ行って教える事を提案した。
俺たちが訓練場へ向かうと、他の冒険者たちがぞろぞろと見物に付いてきた。
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