第187話 不変ボトル
宝箱は四つ存在し、正体不明の何者かは宝を三つ用意したと書き残している。残る一つには何が入っているのだろう。
俺たちは宝箱を開ける前に、何か手掛かりがないか調査した。宝箱はダンジョンで見た宝箱の中で一番小型だった。工具箱ほどの大きさで蛙型シャドウパペットでも持ち運べそうだ。そして、丸い台の上に乗っている。その台に文字が刻まれていた。
それには見覚えがあった。これは『3』を意味する魔法文字だな。だとすると……。
俺はシャドウパペットに指示して、四隅にある全ての宝箱が置かれている台を確認する。他の台には『7』『13』『31』を意味する魔法文字が書かれていた。
これがヒントなら、数学に強い者でないと解けない問題なのかもしれない。だが、ここには居ないので、三人の直感に賭ける事にした。
最初に俺が選ぶ事になり、『31』の宝箱を選んだ。次に後藤が『7』を選び、最後に白木が『13』を選んだ。選んだ順番で箱を持ち上げる事になったが、箱は台座に固定されていた。
この場で蓋を開けて中身を取り出さないとダメなようだ。俺は蓋を開け中身を確認すると、水筒みたいなものだった。次は後藤が宝箱の蓋を開け同じく水筒みたいなものだと分かった。
最後に白木が宝箱の蓋を開けた瞬間、部屋全体が揺れた。天井の一部が落下して、そこから巨大なウツボが飛び出す。全長十二メートルほどの化け物ウツボが、白木のシャドウパペットを口に咥えると鋭い歯で噛み砕いた。
残念な事に神殿内は薄暗く飛び込めるような影がない。俺はシャドウパペットに全速で逃げるように指示した。それは後藤も同じだった。
水筒を握り締めたシャドウパペットは必死で泳いだ。通路を抜けるとプチロドンが待つ場所である。構わずトンネルに向かって泳ぐ。
プチロドンが近付いてきたが、巨大ウツボの姿を見ると動きが止まった。巨大ウツボは邪魔なプチロドンに噛み付き、その肉を噛み千切った。その間にシャドウパペットはトンネルに飛び込み、脱出する。
だが、巨大ウツボは諦めない。プチロドンの肉を吐き捨てると、シャドウパペットを追ってトンネルに飛び込んだ。シャドウパペットは全速で泳ぎ海面から飛び出すと後藤の小型船に逃げ込んだ。
俺はサングラスを外すと、セブンスコールドショットを海面に向けて放つ準備をする。後藤たちも身構えて海面を睨んでいた。
次の瞬間、巨大ウツボが海面から飛び出し、俺たちに襲い掛かった。D粒子冷却パイルが飛翔し、巨大ウツボの胴体に突き刺さり、突進の勢いを止めて胴体の一部を凍らせる。
後藤たちの魔法も巨大ウツボに命中し、大きなダメージを与えた。だが、どれも致命傷にはならなかったようだ。海面でのた打ち回る巨大ウツボに向かって、魔装魔法使いである白木が斬馬刀を手に持ち跳ぶ。
「あっ!」
俺は思わず声を上げた。白木が跳んだ先は海なのだ。白木の足が海面を蹴った。すると、地面を蹴ったかのように白木の身体が跳び上がる。
海面で暴れる巨大ウツボの近くまで来た白木が、その頭に斬馬刀を振り下ろす。特別製の斬馬刀なのだろう。硬そうな巨大ウツボの頭が切り裂かれた。
白木は激怒しているようだ。何度も巨大ウツボに斬撃を加え息の根を止める。
「あっ、そうか。白木さんのシャドウパペットが、こいつに食べられたんでしたね」
後藤が頷いた。
「見たくないものを見たんじゃないか」
蛙型シャドウパペットのソーサリーアイは、薄暗い所でも見えるように作られていたのだ。
白木が戻ってきた。
「後藤さん、お宝は何だったんです?」
その言葉で思い出した。俺はシャドウパペットが持ち帰った水筒みたいなものを手に取った。
「水筒にしか見えないですね。ちょっと調べてみます」
俺は鑑定モノクルを出して調べてみた。すると、『不変ボトル』という魔道具である事が分かった。
「不変ボトルですね。中に入れたものの変化を止める機能が有るようです」
それを聞いた後藤が笑顔を見せて頷いた。
「こいつは、万能回復薬の入れ物だな」
それを聞いた俺は、どれほど価値の有るものなのか理解した。冒険者にとっては、凄い宝物となる。俺たちは地上に戻る途中で、泉に寄って不変ボトルに水を入れた。
皆で冒険者ギルドへ行って報告する。
「生身で海中神殿へ行って、巨大ウツボと遭遇したら、全滅していたかもしれんな」
報告を聞いた近藤支部長が言った。
「そうですね。エアボンベを背負ってでは、神殿に入るのも難しかったはずです」
後藤が支部長の言葉を肯定した。
「ところで、二つの不変ボトルはどうするんだ?」
「一つはグリムのものにすればいい」
俺は後藤の気前の良さにびっくりした。
「でも、それだとあまりにも不公平です」
「いいんだ。その代わりに蛙型シャドウパペットを、譲ってくれ」
後藤たちはもう一度海中神殿へ行って、残っているはずのお宝を回収するという。そのために蛙型シャドウパペットが必要だそうだ。俺は承知した。
俺たちが報告した情報は、すぐに冒険者たちの間に広まった。おかげで蛙型シャドウパペットを注目する者が増えたようだ。
ちなみに神殿にあった宝箱の数字は、何とか素数というもので『13』だけが仲間外れだったらしい。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
亜美はグリムの弟子となった。アリサたちの妹弟子という事になる。と言っても、学校があるので一週間に一回だけタイチも加えた三人で水月ダンジョンに潜って教えを受けるという事になっていた。
その御蔭で生活魔法に関する知識と技量は格段に増えた。そして、シャドウパペットに関しては、魔法レベルが『8』になってから教わる事になっている。
五月の連休になり、亜美は実家に帰る事にした。休みには帰って来いと父親の忠政が五月蝿いのだ。
大きな屋敷の玄関から入ると、客間から声がする。お客が来ているようだ。亜美はそのまま二階にある自分の部屋まで行って、荷物を置く。
それから下に下りて台所へ行った。そこでは忙しそうにしている母親の姿があった。
「ただいま」
「お帰りなさい。新しい学校はどうなの?」
「上手くやってるよ」
亜美は母親の手伝いをする事にした。お茶を持って客間へ行く。お客というのは、A級冒険者の高瀬龍二だった。
「ありがとうございます。お嬢さんですか?」
亜美がお茶を出すと、話し掛けられた。
「はい、三女の亜美と申します」
父親が亜美に顔を向けた。
「こちらはA級冒険者の高瀬さんだ」
「ご活躍は聞いています。凄い冒険者だと尊敬しています」
「尊敬されるほど凄くはないよ。世界冒険者ランキングでは、やっと百位以内に入っているという感じだからね」
「お嬢さんも冒険者なんですか?」
「ああ、魔法学院の生徒だ。将来は生活魔法使いになるそうだ」
「生活魔法か、フランスで行われた世界冒険者フォーラムで、空を飛ぶ魔法が噂になっていましたよ」
生活魔法については情報が少ないという話が出たので、亜美はもうすぐ教科書が完成する事を教えた。
「それはいい。フランスの友人に教えよう」
それが切っ掛けでグリムとカリナが作った教科書が、世界中で販売される事になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます