第184話 魔導特許と魔導職人

「シャドウパペットと言ったな。こいつらはどこから出てきたのだ?」

 近藤支部長は驚きの表情を浮かべたまま尋ねた。

「見ての通り、俺の影の中からですよ」

「影の中……そういう能力が有るから、シャドウパペットなのか」


 支部長が納得したように頷いた。その横ではマリアがゲロンタをジッと見て、

「このカエル、目が小さすぎませんか?」

「市販のソーサリーアイを使っているので、仕方ないんだ」


「なるほど、本格的なものを作るには、専用のソーサリーアイが必要になりますね」

 近藤支部長はゲロンタを値踏みするように見てから口を開いた。

「もしかして、このカエルを使って海中から宝箱を引き揚げたのか?」


 俺はちょっと得意そうに笑った。

「どうです。凄いでしょ」

「そういう使い方もできるのなら、蛙型も欲しいと言い出す者が多いかもしれんな」


 俺は支部長に顔を向けた。

「そこで相談が有るんですが、魔導特許について教えてください」

 俺は支部長から魔導特許を専門に扱う弁護士を紹介してもらい、シャドウパペットに関する魔導特許を取得する手続きを行った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その魔導特許は魔法庁で受理されたが、それを審査する松山審査官は頭を抱えた。

「部長、これはどうやって審査すればいいのですか?」

「何の特許なのだ?」


「シャドウパペットの製作法です。シャドウパペットというのは、使い魔みたいなものだと聞いています」

「変なものが出てきたな。そういう特許は再現テストで確認するしかないだろう。鎌倉の御大に頼むしかない」


 鎌倉の御大というのは、魔導職人の名匠である龍島孝蔵だった。魔道具に関する技術のほとんどに精通しているという人物だ。


 魔法庁の東京本部ビルに龍島が呼ばれた。

「忙しいというのに、呼び出しおって」

「申し訳ありません。先生でないと扱えないような魔導特許が出願されたのです」

 龍島には大勢の弟子が居るので、先生と呼ばれる事が多かった。


「どんなものじゃ?」

 松山審査官がシャドウパペットについて説明した。

「ふむ、面白そうなものじゃな。だが、それの再現テストをするには、生活魔法使いが必要なのだろう。どうする?」


「魔法学院に優秀な生活魔法使いが居るそうなので、協力を頼みました」

 魔法庁が協力を頼んだ生活魔法使いというのは、カリナだった。魔法庁は魔法教育課との繋がりがあり、その伝手で呼ばれたカリナが龍島に紹介された。

「よろしくお願いします」


 カリナはシャドウパペットの説明を受け、それを出願したのが、グリムだと知ると驚いた。その様子に気付いた松山審査官が尋ねる。


「望月さんは、榊という人物を知っておられるのですか?」

「ええ、同じ学院で働いていた生活魔法の教師でした」

「なるほど、元同僚だったのですか。どういう人物なのです?」

「生活魔法に関する天才です。今ではC級冒険者として、鳴神ダンジョンで活躍しています」


「そうなると、このシャドウパペット製作法というのも、鳴神ダンジョンで手に入れたものかもしれませんね」

 松山審査官がそう言った。カリナもありそうな事だと思う。


 材料となるシャドウクレイとダークキャットの黒魔石は三回分だけ用意したという。

 龍島たちは魔導コアと指輪の製作を最初から成功させた。だが、シャドウクレイにD粒子を注ぎ込み、成形してから仕上げをする段階で失敗した。


「手順通りにやったのに……この特許に間違いが有るのでしょうか?」

 二度失敗したので、松山審査官はガッカリしている。それを聞いたカリナは、電話を貸してもらいグリムに連絡した。


 電話を終えたカリナが戻ってきて謝る。

「失敗したのは、私が悪かったようです。D粒子が均一に混ざらないと失敗するようなのです」


 最後のシャドウクレイに時間を掛けてD粒子を練り込んだ。それを龍島が猫の形に成形する。そして、魔導コアを入れ、仕上げに魔力を注入する。


 粘土のようなもので形成されたものが、本物の猫のように変わるのを目撃した松山審査官は興奮した表情を浮かべた。そして、小さな猫が完成する。


「成功したようじゃな」

 龍島がホッとしたように声を上げる。カリナも成功して緊張から解放された。


 誕生した猫型シャドウパペットは、生まれたての赤ん坊猫のように弱々しい存在だった。すぐに転ぶし変な動きをする。だが、本当の猫のように動いている。


 再現テストでシャドウパペットの製作に成功した事から、グリムの魔導特許は成立する事になった。魔法庁が扱う魔導特許は、普通の特許とは違い国際的なものになる。


 普通の特許は、各国それぞれに特許を出願して特許権を手に入れなければならないが、魔導特許は国際魔法管理機構という組織が一元管理しているので、日本で出願して特許が認可されると国際的なものになるのだ。


 龍島がシャドウパペットを製作したという情報は、魔法庁や冒険者ギルドに広まり大勢の者がシャドウパペットを見学に訪れた。


 グリムが出した魔導特許は、世界各国の言語に翻訳されて日本の魔法庁と同じような各国の管理組織に配布された。


 それらの国々の中で大きな話題となったのは、イギリスとフランスだった。わざわざ日本まで来て、魔法庁のシャドウパペットを取材し新聞やテレビで報じた。


 ちなみに、なぜ出願者であるグリムのところに直接行かなかったのかというと、グリムが魔導特許の出願時に、個人情報の公表は許可せず、ライセンス料の徴収を国際魔法管理機構に任せたからだ。


 イギリスとフランスでは、シャドウパペットの製作販売を行うという魔導職人たちも現れた。それらの魔導職人に共通しているのが、生活魔法の才能が『D』以上だという事だ。


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