第183話 支部長との相談

「グリム先生は、シャドウパペットの事を公表しないんですか?」

「いずれは公表するつもりだ。ただシャドウパペットについては、不明な点も多いんだ。もっと研究してから、公表しようと思っている」


 亜美がコムギをヒョイと抱き上げて頬ずりする。

「手触りは本物の猫のようだけど、大きさの割に重いみたい」

「本物の猫じゃないからね」


「シャドウパペットは、誰にでも作れるのですか?」

「いや、生活魔法がかなり使える者じゃないとダメだろう」

 亜美がニッコリと笑った。


「グリム先生、私を弟子にしてください」

 俺は亜美をジッと見た。悪い子ではなさそうだが、信頼できる人物かどうかは分からない。


 ならば、なぜシャドウパペットの事を教えたのかというと、ここで強引に誤魔化すと周囲の者に喋ってしまいそうだと思ったからだ。


 それにタイチがチームに入れたのを知っているので、それほど性格が悪い人物だとは思えなかった。


「それは生活魔法使いの弟子に、という事なのか、それとも魔導人形師、シャドウパペットを作る者として弟子になりたいというのか、どっちです?」


「両方です。でも、それが無理なら、魔導人形師の弟子にしてください」

 余程シャドウパペットが気に入ったようだ。


「すぐに弟子にはできない。人物を見定める時間が必要だ。ところで、何で戻ってきたんだ?」

「あっ、忘れていました。これはグリム先生ですよね?」


 亜美がバッグから出したのは、フランスの雑誌だった。鳴神ダンジョンの二層にある峡谷が表紙になっており、その峡谷の上空を舞っている生活魔法使いの姿が写っている。


 光の関係で顔は分からないようだが、間違いなく俺だった。

「そうみたいだ。ダンジョン写真家が撮影したものだろう」

「やっぱり、そうなんですね」

 亜美が嬉しそうにしている。そして、大事そうに雑誌をバッグに仕舞った。


 ちなみに冒険者の師弟制度は存在する。ベテラン冒険者の戦い方に憧れた若手冒険者が弟子入りして、戦い方を学ぶというものだ。それは習い事や道場とは違い、技術の後継者を育てるという面が強いので、落語家が弟子を取るような制度と似ている。


 その制度が発展したものが、バタリオンと呼ばれるものなのだ。

 俺は亜美と話し合い、週に一回だけ一緒に学院の生徒指導室で、生活魔法の教科書作りを手伝ってもらう事にした。


 これはカリナと話し合って、新しい生活魔法の教科書を作ろうという事で始めたものである。今まではカリナと二人で作業していたのだが、それを手伝ってもらう事にしたのだ。その作業を一緒に行う事で、亜美の性格や人柄を知ろうと思ったのである。


 亜美が資料室から出て行くと、俺はコムギに視線を向けた。

「メティス、コムギを出す時には、近くに人が居ないかチェックしてからにしてくれよ」


『申し訳ありません。私の不注意でした。でも、シャドウパペットについては、そろそろ公表するつもりでいたのではありませんか?』


 シャドウパペットの存在を隠したままダンジョンでコムギやゲロンタを使うのは、限界だと感じていた。隠したままだとずっとソロで活動するしかなくなる。


「そうだな。製作方法を特許化して、公表するのがいいと思うんだけど」

 魔法に関連する特許は、特許庁ではなく魔法庁が一括管理している。それは魔道具なども同じなので、魔導特許と呼ばれている。


『近藤支部長に相談しては、どうですか?』

「何だか、公表に積極的だな」

『公表されないと、私が人前で使えません』


 メティスは人前で堂々と使いたいらしい。メティスの肉体を代替しているのがシャドウパペットなのだから、メティスとしては自由に使えるのが嬉しいようだ。


 わざと亜美にコムギを見せたんじゃないかと疑りそうになったが、メティスは元々人目を気にしないので、偶然だろうと思い直した。


 俺は支部長に面会を求め、支部長室で話をする事になった。ソファーに座った俺に、支部長が声を掛ける。

「どうした。また三層の海で宝箱でも発見したのか?」


「いえ、三層ではなく一層のキラープラントの草原で発見した宝箱の中身なんですが、実は上級治癒魔法薬だけじゃなかったんです」


 支部長が頷いた。

「五年ルールでは、宝箱の中身は対象外だから、報告しなくてもいいんだぞ」

「それは知っています。ただ上級治癒魔法薬と一緒に入っていたのが、本だったんです」


 支部長が椅子をガタッと鳴らして立ち上がった。

「ま、まさか、魔導書をもう一冊入手したというのではないだろうな」

「違います。魔導書ではなく別の本です」


 ちょっと残念そうに支部長が椅子に座った。

「そうか。魔導書だったら、史上初めて魔導書を二冊手に入れた冒険者として歴史に名前が残ったはずだ。それで何の本だったのだ?」


「『シャドウパペット製作法』という本です」

 支部長が首を傾げた。

「シャドウパペット? それはどういうものだ?」

「実際に見てもらった方が早いので、出します。驚かないでください」


 メティスが俺の影からコムギを出した。

「なんじゃこりゃー!」

 それを見た支部長が大声を上げる。その声は支部長室の外にも聞こえたようだ。外からマリアが飛び込んできた。


「どうしたんです? あらっ、猫じゃないですか、支部長は猫嫌いなんですか?」

 マリアはテーブルの上に乗っているコムギを見て、可愛いと思い頭を撫でた。それを見た支部長が警告する。

「それは普通の猫じゃないぞ。手を離したまえ」


 マリアは首を傾げ、コムギをジッと見る。そして、その目がソーサリーアイだと気付き、ゆっくりと手を離した。


「それは使い魔なのかね?」

「使い魔の分類に入ると思いますが、魔物を使い魔として活用している訳じゃなく、俺が作ったものです」


 支部長が厳しい顔になって、コムギを睨む。

「魔導書よりも大事おおごとじゃないか。シャドウパペットというのは、全て猫なのか?」

「別のものもあります」


「見せてくれないか?」

「分かりました。今度は蛙型なので、驚かないでください。特にマリアさん、お願いしますよ」

「蛙ですか。分かっていれば、大丈夫です」


 ゲロンタが俺の影から飛び出し、テーブルの上に乗った。それを見たマリアは、叫びそうになって手で口を押さえる。


 支部長もビクッと身体を震わせていた。ゲロンタはビジュアル的に人を驚かせるようだ。


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