第182話 亜美の成長
亜美は担任のカリナから職員室に呼び出された。
「何でしょうか?」
「教えて欲しい事があるの。慈光寺さんは、東京のプラナタ魔法学院から転入したのよね?」
「そうです」
「プラナタ魔法学院は、魔法学院の中でも優秀な学校だと思うけど、転校した理由は何か教えてもらえる」
「生活魔法使いになるためです」
カリナは目を丸くした。カリナ自身は生活魔法の真価を知っているが、東京の生徒が生活魔法使いになりたいと言い出すほど、世間一般の評価は高くなかったからだ。
「変わっているのね。普通、慈光寺さんのような人なら、攻撃魔法使いを目指すものなんだけど」
「私は、生活魔法使いになりたいんです」
「分かりました。それで一年生の時に生活魔法の授業を受けたと思うのだけど、魔法レベルとどんな生活魔法を習得したか、教えてください」
「魔法レベルは『2』、習得した魔法は『ライト』『プッシュ』『リペア』『コーンアロー』です」
「十分じゃないけど、これから頑張れば、挽回できそうね」
亜美の顔が曇った。
「この学院では、生活魔法に力を入れていると聞きました。二年生の中で優秀な生徒は、どれくらいの実力なのですか?」
カリナは優秀な生徒と質問されて、タイチの顔を思い浮かべた。
「そうね。魔法レベルは『7』、習得している魔法は『プッシュ』『コーンアロー』『ブレード』『ジャベリン』『サンダーアロー』など十数個だったはずよ」
亜美の顔が青くなった。実力差が思っていた以上にあったからだ。
「心配しなくてもいいのよ。頑張れば、挽回できると言ったでしょ」
「お願いします。本当に生活魔法使いになりたいんです」
カリナは力強く頷いた。
「それじゃあ、訓練場に行って、慈光寺さんの生活魔法を確認させてもらえる?」
「はい、分かりました」
二人は訓練場へ行った。そこでは一人の女子生徒が攻撃魔法の練習をしていた。練習している魔法は、『ヘビーショット』だ。
魔法レベル10にならないと習得できない攻撃魔法である。優秀な攻撃魔法使いなんだと亜美は思った。
「君島さん、一緒に使ってもいい?」
「あっ、カリナ先生。どうぞ、どうぞ」
君島という名前を聞いて、生活魔法が得意な生徒も君島だったと思い出す。
「同じ名字の生徒が居るのかも」
カリナは何か呟いた亜美に目を向けた。
「どうかしたの?」
「何でもありません。生活魔法は何を発動すればいいのですか?」
「そうね。まずは『プッシュ』を発動して」
亜美が『プッシュ』を発動させると、二重起動で『プッシュ』を発動するように言われた。
「済みません。生活魔法が多重起動できる事は知っていますが、実際に多重起動を使った事はありません」
他の魔法学院では、生活魔法の多重起動を教える事がないのを、カリナは思い出した。
そこで多重起動について説明し、実際にダブルプッシュを発動させて見せた。
「これが多重起動ですか。随分威力が変わるんですね」
学年の途中であっても転校するべきだった。亜美は決断が遅かったと感じた。
「先生、挽回するためにはどうしたらいいでしょう?」
「まずは魔法レベルを上げる事が必要ね。そのためには学院の巨木ダンジョンに潜って、魔物を生活魔法で倒す必要があるのよ」
「分かりました。明日から巨木ダンジョンに挑戦します」
「いえ、さすがに一人では危ないから、誰かパートナーを見付けないと……」
それを聞いた由香里は、タイチを推挙した。
「なぜ、タイチ君なのです?」
「彼は少し焦っているようです。放課後、毎日のように水月ダンジョンに潜っているようなんです」
「それはダメね。もう少し冷静な判断ができる生徒だと思っていたのだけど」
「グリム先生が、鳴神ダンジョンで活躍しているので、自分もと思ったようです」
「焦る必要なんかないのに、困ったものね」
カリナはタイチに亜美のお守りを頼む事にした。
タイチを紹介された亜美は、その少年が礼儀正しい冒険者で、十分な実力を持っているらしいと気付いた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。巨木ダンジョンなんて、すぐに攻略できるから、F級になって水月ダンジョンに挑戦しよう」
タイチを紹介したカリナは、溜息を漏らした。
「張り切るのはいいけど、ダンジョンでは慎重に行動しなさい。油断は禁物よ」
その日からタイチと亜美は、週三日ほど放課後に巨木ダンジョンへ潜るようになった。亜美はタイチに生活魔法を教えてもらいながら、生活魔法の技量を上げる。
亜美が魔法レベル5になり昇級試験を受けてF級冒険者になった頃には、タイチたちのチームと一緒に水月ダンジョンで探索するようになっていた。
魔石を換金するためにタイチたちと一緒に冒険者ギルドへ行った亜美は、『グリム先生』と呼ばれる生活魔法使いの第一人者に紹介された。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
俺が昼飯を食べてから冒険者ギルドの資料室で調べ物をしていると、タイチたちが現れた。
「あれっ、一人増えている」
「転校してきた慈光寺亜美さんです。一緒に水月ダンジョンで活動しています」
タイチが亜美を紹介した後、資料室の椅子に座って話し始めた。
「グリム先生、僕たち十層の草原エリアで、ブラックハイエナで苦戦しているんですが、どうしたらいいでしょう?」
俺はタイチたちが『オートシールド』と『センシングゾーン』を習得しているか確かめた。
「ええ、僕は習得しています。でも、他のメンバーはまだです」
俺は他のメンバーの顔を見た。少し不安そうな顔をしている。
「だったら、他のメンバーが習得するまで待つんだ。特に『センシングゾーン』は重要だから、習得してから十層に挑戦するべきだな。そうでないと怪我人が出るぞ」
タイチがガクッと肩を落とした。
「僕は焦っているんですかね?」
「誰かに言われたのか?」
「カリナ先生に注意されました。張り切り過ぎだって」
俺は魔法レベル8になってから習得できる生活魔法の中に重要な魔法が多いから、それらを全員が習得してから進んだ方が良いと助言した。
話が終わりタイチたちが資料室を出たので、俺は調べ物に戻った。その時、メティスが俺の影から猫型シャドウパペットのコムギを出した。読みたい資料を探そうと思ったらしい。
昼過ぎの資料室は、ほとんど使う者が居ないので独占状態だ。誰か入ってきてもコムギだったら、ペットを連れ込んだぐらいにしか見えない。
だが、資料室に入ってきたのは、先ほど別れたばかりの亜美だった。亜美はコムギに気付いて首を傾げる。
「その猫はどうしたんです」
亜美はすぐにコムギが普通の猫でないのに気付いた。眼が猫の眼ではなかったからだ。
誤魔化そうとしたが、誤魔化しきれずに秘密を守るという条件で教える事にした。
「こいつはシャドウパペットのコムギだ。まあ、使い魔みたいなものなんだ」
亜美が驚いた顔をする。
「これも生活魔法なんですか?」
「生活魔法に直接関係はない。鳴神ダンジョンの宝箱から手に入れた『シャドウパペット製作法』という本を読んで、作れるようになったものだ」
亜美は俺以外で初めてシャドウパペットの存在を知った者になった。
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