第181話 転入生
泉の水の効果について聞いた近藤支部長は、考えてから質問した。
「グリム君は、ゴブリンキングからマジックバッグ系のドロップ品を手に入れたのだったね。その内部の時間経過はどうなのだ?」
支部長も内部時間が遅延するマジックバッグを利用する事は、すぐに思い付いたようだ。
「内部の時間経過が遅くなります。試しに泉の水を入れると、魔力回復の効果が二時間ほど続きました」
「なるほど二時間か。チェックするために出し入れした時間を考慮しても、三時間ぐらいが限界だという事だな」
「泉の水を万能回復薬と呼んでいるんですが、その効力を数日持続させるような方法が発見されない限り、万能回復薬は本格的には使えないと思っています」
支部長が頷いた。
「私もそう思う。ところで、二層で活動しているのかね?」
「いえ、三層で宝箱探しをしていました」
「一人だと大変だろう。見付かったのか?」
「ええ、ですが、船をプチロドンに壊されました」
「それは災難だったな。だが、大きな収穫があったのではないのか?」
俺はオーク金貨の袋と金属板を取り出した。
「ふむ、オーク金貨だけで、数千万円という価値になる。この金属板は、秘蹟文字か。……これはオークションに出すのか?」
「秘蹟文字の意味が分かるまでは、売らないつもりです」
「そうか、この金属板の写真を撮らせてもらえないか。知り合いの研究者に調べてもらおう」
「分かりました。意味が分かったら、教えてください」
俺が秘蹟文字の金属板を支部長に教えたのは、これが警告だったり重大な意味があった場合、冒険者の生命に関わるかもしれないと思ったからだ。
新発見のダンジョンに関する五年ルールでは、宝箱の中身まで報告する必要はない。但し、例外は警告文などのダンジョン内の危険を知らせるものだ。
俺は秘蹟文字の内容が警告文だった場合を考え、支部長に報告した。
ちなみに受付で冒険者が報告する場合は、俺たちはこれだけの実績を上げているのだぞ、と他の冒険者に知らせるためでもある。
そうでないと実績も上げていないのに、どうして昇級したのだと批判されるからだ。その結果、大金を稼いでいると知られても、それほど危険が増す訳ではない。
世の中には小金持ちが大勢居るので、わざわざ返り討ちに合うかもしれない強者である冒険者を襲おう、と考える犯罪者は馬鹿だと思われているからだ。
支部長に報告した後、俺は明日からどうするか考えた。船を修理に出さなければならないので、海での探索は難しくなる。『ウィング』を使って、という事も考えたが、やはり船がないと海中探索は難しい。
「二つの宝箱と万能回復薬という実績を上げたんだ。少しペースを落として、将来を考えよう」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
B級冒険者の後藤は、東京の冒険者ギルド本部へ来ていた。本部へ来たのは、本部の資料室を使うためである。本部資料室には、世界中から集められた魔物の情報やダンジョンから産出されたドロップ品の情報が整理されており、B級冒険者以上なら自由に使える。
「後藤君じゃないか。今、どこのダンジョンで活動しているのだ?」
声を掛けたのは、冒険者ギルドの理事である
「渋紙市の鳴神ダンジョンです」
「ああ、新しく誕生したダンジョンだな。かなり有望そうなダンジョンみたいじゃないか」
「ええ、有望ですよ」
二人は後藤が駆け出しだった頃からの知り合いであり、慈光寺の家族とも付き合いがある。二人が雑談をしている時に、慈光寺が末娘の話を始めた。
「そう言えば、亜美が渋紙市のジービック魔法学院に転校して、冒険者になると言い出したのだ」
「ん、東京の魔法学院ではなく渋紙市ですか?」
「そうなのだ。東京にも優秀な魔法学院があると言ったのだが、渋紙市のジービック魔法学院でないとダメなのだと言い張るので困っている」
後藤は渋紙市のジービック魔法学院に何か特別なものがあったか考え、グリムの事を思い出した。
「お嬢さんは生活魔法の才能が有るのですか?」
「ああ、生活魔法の才能が『C』で、攻撃魔法の才能が『C』だったはず」
「ジービック魔法学院は、生活魔法の教育に力を入れていると聞きます。お嬢さんは生活魔法使いになりたいのかもしれないですね」
慈光寺が困ったような顔をする。
「最近、使える生活魔法が増えていると聞いている。だが、まだまだ攻撃魔法が上だと思うんだが、どう思う?」
「生活魔法使いでC級冒険者の若者を知っていますが、スティールゴーレムを一撃で倒しましたよ。生活魔法は確実に進歩しています。その波に乗るのもいいと思います」
「生活魔法というのは、スティールゴーレムを一撃で倒せるのか。知らぬ間に進歩したようだな」
後藤の助言で、慈光寺亜美は渋紙市のジービック魔法学院に転校する事が決まった。亜美はジービック魔法学院の転入学試験を受け合格しているので、何の問題もなく転校し、アリサたちの後輩となった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
最初の授業の日、二年生の教室で亜美が緊張しながら担任の先生が来るのを待っていると、望月カリナという女性の教師が現れて名前を呼び始めた。
名前の点呼が終わると、担任の自己紹介が始まった。
「私は魔装魔法使いのD級冒険者だったのですが、引退して教師をしています。何か質問や相談があったら、気軽に声を掛けてください」
亜美が手を上げた。
「先生、質問してもいいですか?」
「いいですよ」
「この学院では、生活魔法が得意な先輩たちが居ると聞きました。本当ですか?」
カリナが頷いた。
「三年の結城さん、母里さん、御船さん、君島さんの四人が、生活魔法を得意としています」
「その先輩たちが、週刊冒険者に載っているのを見たんですが、本当に飛べるんですか?」
カリナが亜美に視線を向けた。
「慈光寺さんは、転校生なので知らないのですね。魔法レベル8になって、『ウィング』という生活魔法を習得すれば、飛べるようになります」
やっぱりそうなんだ、と亜美は笑顔になった。
「私も『ウィング』を習得できますか?」
「才能があって努力すれば、できますよ。先生も努力して『ウィング』を習得しました」
生徒の間から、『ウィング』を見たいという声が上がり、カリナは失敗したという顔をする。だが、この状況では見せないと収まらないようだ。
カリナが『ウィング』を発動した。赤く輝くD粒子ウィングが現れ、カリナは素早く鞍を付けて跨った。
「『ウィング』というのは、こういう魔法です」
少し浮いて飛んで見せる。その様子を、亜美が感激した様子で見ていた。
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