第180話 プチロドン

 水筒に入れた泉の水が効力を失ってからも、一時間ほど海中の岩に向かって攻撃する練習を続けた。

「ふうっ、水中の標的を攻撃するのが、こんなに難しいなんて。何か良い方法を考えなきゃな」


 俺は練習を切り上げて海に出る事にした。とにかく実際に宝箱探しをしてみないと何が必要なのか分からないと思ったのだ。


 収納アームレットから小型船を取り出して、海に浮かべてから乗り込む。メティスが俺の影から蛙型シャドウパペットである『ゲロンタ』を出した。


「少し沖に出た場所から探し始めよう」

 俺は船を操縦し沖へと向かう。一キロほど沖に出たところから探索を始めた。メティスが制御して、ゲロンタを海に飛び込ませる。


 メティスは宝箱探しに集中しているので、俺はプチロドンが出てこないか見張る。この海にはプチロドンの他にもマーマンやクラーケンなどが居るようだが、やはり強敵はプチロドンである。


 クラーケンも巨大な化け物なのだが、こいつは海面に上半身を出してから襲ってくる習性がある。その瞬間を狙って攻撃すれば、仕留められると聞いていた。


 船の上から海を見ると、巨大なカエルが海の中を泳いでいる。やっぱり平泳ぎか、クロールで泳げないのかな。変な事を考えていた時、メティスの声が頭に響いた。


『クラーケンです』

 船の前方八メートルほどにクラーケンが浮上した。その多数の足をゆらゆらとさせながら近付いてくる。俺はクラーケンの眼と眼の間を狙って、クイントコールドショットを発動した。


 D粒子冷却パイルが飛翔し狙い通りに眼と眼の間に突き刺さる。ストッパーが開いて、大きな運動エネルギーがクラーケンに叩き付けられた。


 その衝撃をクラーケンの柔軟な身体が受け止める。だが、追加効果で発揮された冷却がクラーケンの脳を凍らせ、それが致命傷となりクラーケンは消えた。


 赤魔石<中>が海底へと沈んでゆく。それをゲロンタがキャッチして船に戻ってきた。

『この辺りに宝箱はなさそうです』

「そうか、場所を移そう」


 俺はゲロンタから魔石を受け取ると、船をもう少し沖へと移動させた。またゲロンタが海に飛び込み探索を開始する。ゲロンタが綺麗なサンゴ礁を発見。そのサンゴ礁の上に宝箱らしきものがあるのを見付け、確かめようと近付いた瞬間、巨大な存在に気付いて逃げ出した。


『グリム先生、プチロドンが来ます』

 俺は海面を探し巨大な黒い影を見付けた。『パイルショット』で攻撃したが命中しない。


 俺は頭を切り替えて『ヒートシェル』を使う事にした。セブンスヒートシェルを発動、金属を投入せずに飛ばした。海中に飛び込んだD粒子シェルは、プチロドンの前方を通過し海底に着弾する。


 その瞬間、D粒子シェルの内部にある圧縮空気が超高温で加熱され爆発を起こした。海中での爆発は衝撃波を周りに広げ、プチロドンにもダメージを与える。


 直撃した訳でもないので、致命傷にはほど遠い。だが、苦痛を感じたプチロドンは少し離れた場所へ避難した。


 俺はゲロンタを船に引き上げ、プチロドンの様子を窺う。プチロドンは船に向かって進み始めた。勘で狙いをつけてセブンスコールドショットを発動。


 幸運にもD粒子冷却パイルが胸鰭むなびれに命中して、冷却の追加効果を発揮。胸鰭と周りの海水が凍りついた。その氷を取り除こうと、プチロドンが暴れる。


 小型船の真下に潜り込んで暴れたプチロドンの尾が、小型船の船底を叩いた。六メートルある小型船の船尾が一瞬だけ海面から持ち上がる。その時、嫌な金属音がした。


 大揺れする小型船の中で、俺はあちこちをぶつけて痛みを味わった。

 痛みを堪えながら、セブンスコールドショットを連続して発動する。一発目は手前に着弾したので、角度を変えて二発目を放つ。それが右に逸れたので、修正して三発目を放った。


 D粒子冷却パイルがプチロドンの背中に突き刺さる。ストッパーが開いて、D粒子冷却パイルが持つ運動エネルギーの全てをプチロドンに注ぎ込み、その背中を陥没させた。


 プチロドンが海中で血を吐き出した。そして、追加効果の冷却が内臓を凍らせる。プチロドンは藻掻き苦しみ死んだ。


「三連発が命中しなかったら、船がバラバラにされたかもしれないな。ベテランの冒険者たちが手子摺るはずだ」


 俺は愚痴るように言いながら、身体のあちこちに痛みを感じていた。ふと、横を見るとゲロンタが俺をジッと見ている。


『グリム先生、初級治癒魔法薬を飲むべきです』

 メティスが俺の怪我を心配していたようだ。マジックポーチから初級治癒魔法薬を取り出して飲んだ。この薬は不味いので、飲む時は一気飲みする。


 初級治癒魔法薬が全身に染み渡るのを感じた。少し経つと痛みが減少し消える。

「さて、宝箱を引き揚げよう」

 ゲロンタが細いロープを持って海に潜り、発見した宝箱にロープの先端を結び付ける。メティスが結び終わったと告げたので、宝箱を船の上に引き揚げた。


 ゲロンタは海底から黒魔石<小>を拾い上げてきた。俺は蛙型シャドウパペットが居るから良いが、他の冒険者は海底に沈んだ魔石の回収はどうしているのだろう? 自分で潜って回収するのだろうか?


『宝箱の確認をしましょう』

 メティスに促されて、俺は宝箱を開けた。もちろん用心のために、『プロテクシールド』を発動している。


 宝箱の中身は、オーク金貨だった。三百枚ほどあるだろう。金貨の他に金属板も入っている。縦十五センチ・横十センチほどの大きさで文字が刻まれていた。


「これは魔法文字でもないな」

 俺が知らない文字が刻まれているようだ。ゲロンタに金属板を渡して、メティスが読めるか確かめる。


『これは魔法文字の中で、秘蹟文字と呼ばれているものだと思いますが、解読されていない文字です』

 魔法文字の中にはいくつか種類があり、秘蹟文字は特別な場合にのみ使われる文字らしい。


 金貨を布袋の中に移し、空になった宝箱は海に投げ込んだ。戻ろうとして、小型船が壊れているのに気付いた。スクリュープロペラが破損していたのだ。


「プチロドンが暴れた時に、壊れたんだな」

『どうしますか?』

「『ウィング』で戻ろう」

 俺は『ウィング』を発動しD粒子ウィングに跨ると、小型船を収納アームレットに仕舞って岸に戻り始めた。


 二層と一層を経て地上に戻った俺は、冒険者ギルドへ向かった。受付で支部長への面会を求める。

「何か重要な発見があったのですか?」

 マリアが尋ねた。


「二層の中央にある泉についての情報がある」

「それでしたら報告が出ています。体力を回復する効果があるそうですね」

「それだけじゃないらしいんだ」


 マリアが驚いた顔をする。

「そうなんですか。支部長に声を掛けてきます」

 しばらく待つと支部長室に来るように言われた。支部長室に入ると、大きな机で支部長が書類にサインしていた。


「二層の泉について情報が有るそうだが、体力が回復するという話なら知っているぞ」

「ええ、それは後藤さんから聞きました。ですが、今日確認したのですけど、魔力も回復するみたいです」


 サインをしていた支部長の万年筆の先がボキッと折れた。

「ほ、本当なのか?」

「ええ、魔力カウンターで確認しましたから、確実です。ベテランの冒険者である方たちも何人かは気付いたと思いますよ」


 俺が予想を告げると、支部長が渋い顔をした。冒険者の中には、ポリタンクを持ち込んで大量に地上へ持ち出そうとした者も居たらしいから、本当は気付いているのではないだろうか?


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