第179話 泉の水

 俺は蛙型シャドウパペットの制御をメティスに任すと、浴室に連れて行った。浴槽に水を溜めて、そこに蛙型シャドウパペットを入れる。


「成功だ。ちゃんと浮くようだな」

 浮き袋は口と繋がっており、空気の出し入れができるようになっている。ただ空気を吐き出して深く潜った後は、頑張って泳いで浮上しなければならない。


 翌日、渋紙市に戻り冒険者ギルドへ行って、三層の情報を集めた。と言っても、受付で聞いただけだ。


「海中の宝箱探しは、手子摺てこずっているようです。探そうとすると、プチロドンに邪魔されると聞きました」

 受付のマリアが教えてくれた。


 巨大ザメには『プチロドン』という名前が付いたらしい。数百万年前に絶滅した巨大ザメ『メガロドン』ほど大きくないので『プチロドン』と命名されたという。


「上級ダンジョンで活動するベテラン冒険者なら、撃退する方法も知っているんじゃないですか?」

「水中の魔物は、倒し難いそうです。水中のものは、ズレて見えるので命中率が落ちるし、水の抵抗は空気とは比較にならないほど大きいですからね」


「へえー、ベテラン冒険者でもそうなんだ」

「ただ攻撃魔法使いは、『ロッククラッシュ』を何度も発動して、高速魔力榴弾で仕留めるそうです」


 『数撃ちゃ当たる』方式で仕留めているのか、少しずつ軌道を修正して命中させるのだろう。何か良い方法はないのだろうか?


「そうか、上級ダンジョンは大変だな」

「他人事みたいに言ってますけど、グリム先生も上級ダンジョンで活動する一人なんですよ」

「そうだけど、俺はまだ駆け出しだから」


 マリアが呆れたような顔をする。

「駆け出しの冒険者が、上級ダンジョンで活動しているのが、凄い事なんです。支部長はここから初めてA級冒険者が出るんじゃないかと、期待していましたよ」


 A級冒険者か。なれたら良いな。そのためには実績を上げないとダメなんだよな。俺は情報を教えてくれたマリアに礼を言ってから冒険者ギルドを出た。


 翌日は疲れを取るためにゆっくりして、その次の日に鳴神ダンジョンへ潜った。

 俺の後ろからB級冒険者の赤城が率いるチーム『レッドキャッスル』が入ってきた。赤城が俺をチラッと見てから、マジックバッグから四輪装甲車のようなものを取り出した。


「凄え、ダンジョン用装甲車だ」

 赤城たちは装甲車に乗り込んで出発した。取り残された俺は、装甲車の後ろ姿を見て溜息を漏らす。


『どうしたのです?』

「あの装甲車は高いんだろうな」

『購入されるのですか?』

「まさか、オーダーメイドの装甲車なんか、一億円以上するんじゃないか」


『買えると思いますが?』

 貯金額から考えれば、買えない事もない。だけど、一人で装甲車に乗るのも、どうなんだろう? そんな事をするより『ウィング』で飛んだ方が良さそうな気がする。


 問題は『ウィング』を使うと魔力が消耗するという事だ。

「俺は、装甲車より魔力回復薬が欲しいよ」

『そう言えば、後藤様が教えてくれた泉が回復するのは、体力だけなんでしょうか? もし、魔力も回復してくれるのなら、魔力回復薬の代わりになるのでは』


「確認する必要が有るな。今日は『ウィング』を使って、泉まで行こう」

 俺は『ウィング』を発動し、D粒子ウィングの鞍に跨ると飛び上がった。五十メートルほどの高さを維持しながら、ブルーオーガの森まで行く。


 気付かなかったが、たぶん赤城の装甲車を追い抜いただろう。階段の上空から垂直に降下して、階段前に着地した。ブルーオーガが走って来るのが見えたので、急いで階段に駆け込む。


 ブルーオーガと戦わずに二層へ行く事ができた。峡谷エリアへ出た俺は、もう一度『ウィング』を発動して、D粒子ウィングに乗ると中央にある泉に向かった。


 ワイバーンに見付かると厄介な事になるので、高さ三メートルを維持して地形に沿って中央へ飛ぶ。そういう飛び方だと時速三十キロほどしか出せないようだ。


 それでも歩くよりはずっと早く泉に到着した。

『確認しましょう。まずは魔力カウンターで魔力の残量を計測です』

 俺は魔力カウンターを出して魔力残量を計測した。魔力残量は九十四パーセントだった。


「よし、泉の水を飲むぞ」

 そう言ってから水を飲む。確かに疲れが取れた感じがする。そして、また魔力残量をチェックする。


「あっ、魔力残量が百パーセントになっている」

『そうすると、この泉の水は魔力回復薬、いや体力も回復するので万能回復薬のようなものなのでしょうか?』


「万能回復薬? そんな凄いものなのか」

 問題は泉の水の効力が汲み上げると五分ほどで消えてしまうという点だ。

『この泉の水を効力をキープしたまま持ち運べたら、便利になりますね』


 便利になるどころの話ではなくなる。冒険者なら狂喜するだろう。

「このマジックポーチの内部は、時間経過が遅くなっているから、泉の水を入れた場合、どれほど効果が持続するか調べてみよう」


 俺は水筒に泉の水を入れて、すぐにマジックポーチに収納した。そして、また『ウィング』を使って移動を開始する。


 途中、デビルスコーピオンやスティールゴーレムと遭遇したが、戦わずに飛び越した。階段に到着し、三階に下りる。


 泉の水を汲んでから二十分ほどが経過している。水筒に入れた水を飲んで魔力が回復するか確かめてみた。

「回復した。マジックポーチの中では効力が長続きするみたいだ」

『どのくらい長続きするのでしょう?』

「それは確かめないと分からないな」


 そう言った俺は、目の前に広がる光景を眺める。そこには青々とした海が広がっていた。遠くに島がポツポツと見えるが、ほとんどが海水で満たされているエリアだ。


 海エリアの入り口は、左右に海岸線が広がっている場所だった。俺は左の方向に岩場みたいな場所があるのに気付いて、そちらへ向かう。


 海に出る前に水中の標的を攻撃する練習をしようと思ったのだ。一キロほど歩いて岩場に来ると、海の中を確かめる。海中にも岩がある。


 その海中の岩を目掛けて『パイルショット』を発動した。D粒子パイルが海中に飛び込み狙った岩を完全に外して、海底に突き刺さった。


「光の屈折も考慮して、狙ったつもりだったんだけど……二メートルも外れている」

『深さや距離が分からないので、どれほど照準を補正していいか判断できないのでしょう』


 メティスの意見を聞いて溜息を漏らす。こんな事ではプチロドンは倒せそうになかった。水中の標的に対して照準を定める練習をしながら、泉の水がどれほど効果が続くかテストした。


 結果、二時間ほど効果が持続する事が分かった。但し、水筒をマジックポーチから出し入れしているので、その時間を考えると、もっと効果は持続するはずだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る