第176話 猫型シャドウパペットの完成度

 来た道を引き返し始めた時、頬から血が流れているのに気付いた。ナインスハイブレードの爆風で飛んできた何かの欠片で頬が切れたらしい。傷に絆創膏を貼って応急手当をした。


 地面に伏せたくらいでは完全に防げなかったのか。『プロテクシールド』は使った方が良かったかな。戻り道でワイバーンに遭遇した時の事を考え、魔力を温存しようと魔法を使わなかったのだが、間違いだったか?


 後藤が使う『ドレイクアタック』は、威力が凄いだけに消費する魔力も多そうだった。そうなると、万一の場合には自分がワイバーンと戦う事になると思ったのだ。だが、大きな怪我をするような事にでもなれば、魔力温存どころの話ではなくなる。


 ワイバーンと遭遇する事もなく地上に戻った俺と後藤は、ヨウスケから礼を言われた。

「本当にありがとう。写真を現像したら二人にも贈ります」

 ヨウスケは良い写真が撮れたと満足しているようだった。


 二人と別れた俺は、冒険者ギルドへの報告を後藤がしてくれるというのでマンションに戻った。テーブルの上にメティスを置くと、俺の影から猫型シャドウパペットの『コムギ』が出てきた。


 コムギの首にメティスが入っている巾着袋の紐を結び付ける。

『黙っていなければならないというのは、退屈なものです』

「仕方ないだろ。メティスに話し掛けられて返事なんかしたら、変に思われる」


 コムギが俺を見上げる。

『このシャドウパペットの顔の筋肉が上手く動かせません。最初に造形した段階で顔の作り込みが不十分だったようです』


「へえー、造形が適当だと、その部分の筋肉がちゃんと作られないのか」

『そのようです。完成度はD粒子の練り込み・造形・イメージで決まると思われます』


 コムギの場合は造形とイメージが甘かったという。メティスによると完成度は六十点だそうだ。

「評価が厳しいな。そんなにダメなのか?」

『複雑な動きをしようとすると、できないようです。必要な筋肉がないのだと思います』


 獣医学の本でも購入して、猫の骨格や筋肉構造について勉強しなければならないという事だろうか? 面倒だが、完成度の高い猫型シャドウパペットを製作するためには必要らしい。魔導人形師というのも一朝一夕にはなれないようだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 グリムと別れて冒険者ギルドへ行った後藤は、近藤支部長と会って無事にヨウスケを護衛した事を報告した。


「無理を聞いてもらって感謝する。ところで、グリム君は上級ダンジョンで活動できそうでしたか?」

「ブルーオーガを瞬殺していた。それから考えれば、浅い層なら大丈夫だろう。ただ多数の魔物に囲まれた時はどうするのか、その点が心配になった」


 支部長は楽観的だった。

「それは大丈夫じゃないですか。囲まれそうになったら、飛んで逃げればいいのですから」


「『ウィング』だな。『フライ』と違って燃費が良さそうな魔法だったからな」

「ええ、そうらしいです。この支部でも才能が有る職員に、生活魔法を習わせ『ウィング』を習得させようと思っているほどです」


「ん、『ウィング』を取得できる魔法レベルは、『フライ』以上に高いのでは?」

「いえ、魔法レベル8ですよ」

 それを聞いた後藤が驚いた。魔法才能が『D』の者でも習得できるレベルだったからだ。


「本当に魔法レベル8?」

「そうですよ。ですから、生活魔法の才能が『D』の者には、習得させようと思っています。遭難者の捜索や救助活動に役立ちそうですから」


 後藤が腕を組んで考え始めた。それを見た支部長が、

「どうしたのです?」

 そう尋ねた。後藤が支部長に視線を向けた。

「私の生活魔法の才能が『D』なのです。つまり私でも習得できるという事ですな?」


「B級冒険者のあなたなら、短期間で取得できるようになるのでは」

「『ウィング』で運べる重量は、どれほどになるのです?」


「グリム君は百五十キロまで大丈夫だと言っていました。ただ時速三十キロまでしか飛行速度を出さないという条件なら、二百キロまで大丈夫なようです」


「二人乗りして飛べるという事か。便利そうだな」

 冒険者の中にはメインとなる魔法の他に『D』以上の魔法の才能を持った者が多い。たぶん生活魔法の才能が『D』以上となる冒険者は多いのではないか。


 後藤は生活魔法を習得するかどうか真剣に考え始めた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ヨウスケの護衛で鳴神ダンジョンへ潜った翌日、俺は冒険者ギルドへ行った。カウンターで魔石を換金してから、鳴神ダンジョンの事を聞いた。


「三層への階段が発見されたそうです」

 受付の加藤が教えてくれた。

「早いな。それで三層は、どういうエリアなんです?」

「海エリアだそうです」


 海の中に島がポツポツと存在するエリアらしい。波が高く潮の満ち引きまで存在するという。

「呆れるほどリアルに海を再現しているのか。上級ダンジョンは驚く事ばかりだな」


「でも、意外に海の魔物の数は少ないらしいです。その代わり巨大ザメの魔物が出るらしいですよ」

「巨大ザメか。船じゃなくて『ウィング』で飛んで島に向かうのがいいのか」


 加藤が何か言いたそうな顔をする。

「何か有るんですか?」

「海中で宝箱が発見されたんです」


「むっ、海中の宝箱と巨大ザメか。……宝が欲しければ、巨大ザメを倒せという事か。他の冒険者はどうするつもりなんだろう?」


「C級以上の冒険者は、悩んでいるようです」

 当然だろう。宝箱の中には億単位となる宝が眠っているのかもしれないのだ。それを無視して先に進もうと考える冒険者は少ないに違いない。


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