第175話 ワイバーン
二層の入り口から峡谷へ下りる道は、斜面に作られた獣道のように細く曲がりくねった道だった。その細い道を下りると、峡谷の谷底に到着する。
「まず二層の中心部へ案内する」
後藤が先頭に立って進み始めた。ここからは、俺がヨウスケの傍で護衛する事になる。最初に遭遇した魔物は、突貫羊だ。
後藤が『バレット』の一撃で仕留めた。攻撃魔法は使い手の熟練度や魔力量によって威力が変わると言われているが、魔力弾が突貫羊に命中し頭が爆ぜた時にはゾッとした。
B級冒険者はC級とは格が違うと聞いていたが、俺の想像以上に力の差が有るようだ。その後、下半身が山羊で上半身が人間のサテュロス、スモールゴーレム、リザードソルジャーと遭遇したが、全て魔力弾の一撃で仕留めている。
「この先にゴブリンの町があるが、どうする?」
後藤がヨウスケに聞いた。ゴブリンの集落は、百匹未満が村、百匹以上が町と呼ばれている。この先に百匹以上のゴブリンが居るという事だ。
「ゴブリンはいいです」
ヨウスケは百匹以上のゴブリンと遭遇したくなかったようだ。
「そうか。ゴブリンの町には、ゴブリンメイヤーが居るんだが」
ゴブリンメイヤーというのは、ゴブリンの町長の事だ。こいつを倒すとマジックポーチが手に入ると言われている。但し、俺が持っている特別製のマジックポーチほどの収容能力はなく、五十リットルほどの容量が有るらしい。
後藤が俺のマジックポーチに目を向けた。
「そのマジックポーチは、ゴブリンメイヤーのものとは違うようだな」
「分かるんですか。これはゴブリンキングのマジックポーチです」
後藤が少し驚いたような顔をする。ゴブリンキングは遭遇する事自体が、珍しい魔物だからだろう。
「さて、そろそろ行こうか」
ゴブリンの町を避けて先に進んだ。二層の中心と呼ばれる場所には泉があった。この泉の水は体力を回復させる効果があるという。
「この水を大量に汲んで、外で販売すれば大儲けできると考えた冒険者が、ポリタンクに何個も汲んで外に持ち出したら、普通の水に戻っていた」
後藤が思い出し笑いをしながら話してくれた。
「ダンジョン内だけしか効果がないというのですか?」
俺は後藤に確認した。
「いや、時間の問題らしい。泉から汲んで五分ほどしか効果がないんだ」
俺は試しに飲んでみた。冷たくて美味しい水だ。次の瞬間、身体から疲れが消えたように感じた。
「確かに疲れが取れたように感じました」
ヨウスケと後藤も飲んだ。
「本当ですね。疲れが消えました」
後藤が笑った。
「なぜ笑うんです? もしかして嘘だったんですか?」
「嘘じゃない。だが、本当に体力が回復したかどうかは、証明されていないんだ」
この水を飲んで体力が回復したと感じる者が多かったという話だけらしい。
ヨウスケは泉の写真を何枚か撮った。
「次は、ワイバーンの写真を撮りたいです」
それを聞いた後藤は渋い顔をする。
「ダメなのですか?」
その顔を見た俺が尋ねた。
「いや、この後、スティールゴーレムが現れそうなところに案内しようと思っていたのだ。万一、ワイバーンと戦うような事になると、魔力残量が心配になる」
「それならスティールゴーレムは、俺が仕留めます」
「そうか、自信が有るようだな。任せよう」
後藤はワイバーンが現れそうなところへ案内する事になった。
そこは幅二十メートルほどの川が流れており、流れの真ん中に中洲があった。土砂が積もって島のようになっている場所で低木が茂っている。
そこで一時間ほど待つとワイバーンが飛んできた。その中洲はワイバーンの巣ではないが、お気に入りの休憩場所だと言う。
俺はワイバーンについても調べてきていた。ファイアドレイクより一回り小柄だが、小回りが利く素早い翼竜みたいな化け物だ。
ただ気を付けなければならないのは、口から圧縮した空気の塊を吐き出す魔法を使えるという点である。
ヨウスケは夢中でカメラのシャッターを切っていた。それに気付いたのだろう、ワイバーンが俺たちをジロリと睨む。岩の陰に隠れていたのだが、見付かったようだ。
後藤が前に出て『ドレイクアタック』を発動した。大量の魔力が後藤の身体から流れ出し、後藤の目の前で圧縮され球形になると、ワイバーンに向かって飛翔した。
ワイバーンは攻撃に気付いて飛び上がった。御蔭で『ドレイクアタック』は空振りとなる。上空に舞い上がったワイバーンは、俺たち目掛けて急降下を開始。
接近して魔法を使うつもりなのだろう。後藤はワイバーンを睨み、『ドレイクアタック』を二連射する。『ドレイクアタック』も百発百中ではないのだ。
一発目は完全に外れたが、二発目がワイバーンの近くまで飛んで、ワイバーンを感知すると爆発した。その威力は凄まじいものだった。ワイバーンの翼がボロボロになり落下。
落下したワイバーンを『ソードフォース』で発生させた魔力の巨大な刃でトドメを刺した。
「お見事でした」
俺が声を掛けると、後藤は緊張を解くように大きく息を吐き出した。ワイバーンは赤魔石<大>とワイバーンの皮をドロップ品として残した。それを後藤が回収して、俺たちの所へ戻ってきた。
「ワイバーンは、空を飛べるグリムに任せた方が良かったかな?」
「いえ、こちらも飛ぶまでに時間が掛かりますから、後藤さんが倒すのが正解です」
後藤が戦っている最中も、ヨウスケは写真を撮っていた。怖くないのかと疑問に思うほど、被写体を追うヨウスケの顔は真剣だ。
最後はスティールゴーレムの写真だった。岩陰から撮影していたヨウスケが満足した時、なぜかスティールゴーレムが俺たちの方へ歩き始めた。
「グリム、出番だぞ」
後藤が声を掛けた。俺は肩を竦めて岩陰から姿を現してスティールゴーレムを睨んだ。俺に気付いたスティールゴーレムの歩く速度が速くなる。
俺はマジックポーチからD粒子収集器を取り出した。予めD粒子を溜め込んでからマジックポーチに仕舞っていたものだ。
D粒子収集器に溜め込んでいたD粒子を放出する。右手に持った黒意杖を上段に構え、ナインスハイブレードを発動。
空中に生まれた巨大なD粒子の刃は、空気を震わせ轟音を発し音速の三倍ほどでスティールゴーレムに向かって振り下ろされる。驚くほど頑強であるはずのスティールゴーレムに食い込み切り裂いていく。
その後、衝撃波と爆風が周りに広がる。俺は素早く地面に伏せて防御した。爆風が収まった時、スティールゴーレムが消えていた。
「ゴホッゴホッ、埃を吸い込んじまった」
「しかし、凄い威力の魔法でした。生活魔法は驚きの連続です」
後藤とヨウスケの顔には驚きが有り、生活魔法の存在をアピールできたようだ。
スティールゴーレムは黒魔石<中>と中級解毒魔法薬を残していた。俺が回収すると引き返す事になった。
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