第174話 鳴神ダンジョンの二層

 俺が冒険者ギルドへ行くと、マリアに声を掛けられた。

「グリム先生、少し話が有るのですが」

「何ですか?」


 マリアは俺を支部長室へ案内した。

「グリム君か、ちょうど良かった。紹介したい人が居るのだ」

 支部長が話をしていたらしい男性へ顔を向けた。その男性は日本人ではないようだ。


「こちらはダンジョン写真家のヨウスケ・ミュルヴィルさんだ」

「生活魔法使いのグリム・サカキです」

 俺が自己紹介すると、ヨウスケがニコッと笑った。


「噂の生活魔法使いですね。上級ダンジョンで活動している生活魔法使いが居ると聞いて、話を聞きたかったのです。少しよろしいですか?」


「ええ、少しだけなら構いません」

 俺は支部長の隣に座った。

「生活魔法の中に、空を飛べる魔法があると聞きました。それを登録したのは、グリムさんだそうですね」


「ええ、幸運にも貴重な生活魔法を手に入れて、登録しました」

「『ウィング』という魔法だとか。それは攻撃魔法の『フライ』と同じような魔法なのですか?」


 このダンジョン写真家は『ウィング』に興味を持ったようだ。

「いえ、生活魔法の『ウィング』はD粒子で翼を作って、それに乗って飛ぶ魔法です。『フライ』とは違います」


 ヨウスケが頷いた。

「どれほど飛べるのです?」

「航続距離という意味なら、十五キロほどです。飛行機などと比べると極端に短いですが、ダンジョン内なら十分だと思っています」


 少し話をして、俺をヨウスケが気に入った。

「支部長、鳴神ダンジョンを撮影に行く時の護衛を、グリムさんにしてもらえませんか?」


 近藤支部長が驚いたような顔をする。

「こちらで二人の護衛を用意しようと考えていたのだが、グリム君が承知するなら、構わない」

 俺は引き受ける事にした。ダンジョン写真家が、ダンジョンでどういう写真を撮るのか興味が湧いたのだ。


「護衛は二人必要なんですか?」

 俺は支部長に確認した。

「魔物と遭遇した時に、一人が魔物と戦い、もう一人が護衛対象の傍で待機するんだ」


「もう一人は誰になるんでしょう?」

「B級冒険者のチーム『蒼き異端児』に頼んで、リーダーの後藤君から承諾をもらっている。だから、もう一人は攻撃魔法使いの彼になるだろう」


「へえー、B級冒険者の後藤さんですか。どういう人なんです?」

「彼は強烈な攻撃魔法の使い手だ。フォートスパイダーを仕留めた事がある」


 フォートスパイダーは砦のように大きく頑丈な蜘蛛の化け物という意味だ。本当に砦のように大きい訳ではないのだが、それほど倒すのが困難な魔物だった。


「フォートスパイダーって、実際に家ほどの大きさがある巨大蜘蛛ですよね。確か『ソードフォース』を撥ね返したと聞きましたけど」


「そうだ。それを攻撃魔法で仕留めたんだ」

 どんな魔法で仕留めたか知りたくなった。やはり威力と射程は、生活魔法より攻撃魔法が上なのかもしれない。


 護衛の報酬は、冒険者ギルドの規定に沿った金額が支払われる事になった。

 俺は支部長に頼んで、鳴神ダンジョンについての情報を教えてもらった。一層は分かるので、二層の情報を中心に調べる。


 二層にも様々な魔物が棲息しているが、注意しなければならないのはワイバーンとスティールゴーレムのようだ。


 スティールゴーレムは、『コールドショット』や『サンダーソード』が通用するだろうか? ちょっと不安になったが、フォートスパイダーを仕留めた後藤が一緒だという事を思い出した。大丈夫だろう。


 ヨウスケを護衛する日、俺は鳴神ダンジョンへ向かった。仮設小屋で着替えて待っていると、ヨウスケが来た。このダンジョン写真家は、D級冒険者らしい。普通なら上級ダンジョンへは入れないのだが、護衛を付けるという条件で特別に許可をもらったようだ。


 ヨウスケも着替えて、もう一人の護衛である後藤を待つ。五分ほど待った頃、後藤が現れた。

「待たせてしまったようだな」

「いえ、まだ時間前ですから」

 俺たちは自己紹介して、後藤が仮設小屋で着替えるのを待ちダンジョンに入った。


「グリムは、鳴神ダンジョンのどこまで進んだのだ?」

 後藤とヨウスケには『グリム』と呼んでくれと言ってある。後藤は逞しいという感じではないが、鍛えられた肉体の持ち主である。


「一層を攻略して、二層に入ったばかりです」

「ならば、一層で遭遇する魔物は、グリムに任せよう。二層では私が魔物を倒す」

「分かりました」


 一層ではヨウスケの希望に沿って進んだ。俺が一人だったら階段へ一直線なのだが、いくつかの森と草原へ行き、景色と魔物を撮影する。


 魔物の場合は、撮影した後に俺が始末する事になるのだが、ヨウスケは『プッシュ』を魔物に叩き付けた瞬間を撮りたがった。


 オークの顔面にD粒子プレートが叩き付けられ、その顔面が歪み鼻血を噴き出しながら宙を飛ぶオークの姿を連射で撮影していた。


 一層の最後にブルーオーガと遭遇し、『オーガプッシュ』『パイルショット』で仕留めると、後藤が感心したように声を上げる。


「ほう、ブルーオーガをほとんど瞬殺か。生活魔法も凄いのだな」

「本当です。生活魔法に、こんな強力な魔法が有るとは知りませんでした」

 ヨウスケも驚いているらしい。


 階段を下りて、二層に入った。峡谷エリアの光景を見たヨウスケは、フランス語で何か叫んで夢中になってカメラのシャッターを切り始める。


 二層への入り口は、山の中腹のような高い場所にあり、峡谷を見下ろす事ができる。ここからの眺めを気に入っている冒険者は多いらしい。


 俺もこの景色が好きだ。荒々しい地形なのだが、人を惹き付ける魅力を持っている。

「グリム、頼みが有るんだ」

 ヨウスケが急に言い出した。


「何ですか?」

「『ウィング』で飛んでくれないか。この景色の中を飛んでいる君を撮影したいんだ」

 俺が少しためらっていると、

「顔は分からないようにするから、大丈夫だよ」


 ヨウスケは俺の個人情報がもれないように配慮すると言った。俺は承諾して、『ウィング』を発動する。D粒子ウィングの鞍に跨った俺は、空へと飛び立った。


 峡谷の上を飛び回り、宙返りや急降下をして見せる。ここにはワイバーンが居るので、用心して奥へは行かず早めに切り上げて戻った。


「ありがとう、いい写真が撮れたよ」

 後日、この時撮影した写真がフランスの雑誌に載って話題となる。そして、多くのフランス人冒険者が、ダンジョンで活躍する生活魔法使いが存在する事を知るのだ。


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