第173話 ダンジョン写真家

 天音は大きなストレスを抱えていた。このところ勉強ばかりしていたからだ。由香里に相談すると、久しぶりにダンジョンへ狩りに行こうという話になった。


「アリサたちも誘おうよ」

「そうだね」

 天音たちは久しぶりに四人で水月ダンジョンへ行く事になる。ダンジョンハウスで着替えた四人は、ダンジョンの前でタイチに声を掛けられた。


「あれっ、天音さんたちもダンジョンですか?」

「ええ、久しぶりに暴れようと思って」

「暴れる? ああ、狩りをしようというんですね」


「タイチ君たちは、どの層で活動しているの?」

「五層です。リザードソルジャーの狩りをしています」

「じゃあ、五層まで一緒に行きましょう」


 天音たちとタイチのチームは一緒に五層へ向かった。その途中に遭遇した魔物は、天音たちが一瞬で倒してしまう。


 アタックボアと遭遇した瞬間、天音のクイントジャベリンが飛んで毛皮に覆われた胴体を貫いた。次にリザードマンと遭遇した時は、千佳が走り寄ってトリプルブレードで斬り捨てる。


「先輩たちは凄すぎます」

 ヒカルが声を上げる。それを聞いたアリサが、

「このくらいは、皆もすぐにできるようになるから」

「でも、私たちはF級になったばかりで、五層に下りられるようになったのは、最近の事なんです」


「そうなの。一年で一番進んでいるのは、どのチーム?」

 由香里が尋ねると、西根という一年生がリーダーをしている攻撃魔法使いだけのチームだとタイチが答えた。


「ああ、タイチ君が居たチームね。攻撃魔法使いだけなのに頑張っているのね」

「もう八層を攻略して、九層に進んだそうです」

「九層か、あそこは早撃ちの練習をしていないと、危険なエリアなんだけど」


「そうなんですか?」

 由香里がなぜ早撃ちが必要だと言ったのか、タイチには分からなかったようだ。

「迷路エリアだから、『マナウォッチ』があまり役に立たないのよ」


「そうなんですか。それだとどうなるんでしょう?」

「いきなり魔物と鉢合わせする事になる」

「でも、それは西根たちだって分かっているだろうから、何か対策を考えているんじゃないですか?」

「そうね」


 鳴神ダンジョンのような新しいダンジョンは別だが、ダンジョンに潜る時は、事前に調査するのが普通なので、大丈夫だろうとタイチは思った。


 他人の心配より、自分たちの生活魔法をどのように伸ばすかが問題だった。それをアリサに相談してみた。

「自分が得意とするものを見付けて、徹底的に鍛えるのも良いんじゃないかな」


「得意とするものですか?」

「タイチ君は、生活魔法の中で得意なのは何?」

「『ブレード』です。でも、得意と言っても、少しだけ発動が早いというだけです」


「それを徹底的に鍛えればいいのよ。そうだ、千佳」

 アリサは千佳に居合斬りを見せてくれるように頼んだ。


「いいけど、『ブレード』と『ハイブレード』、どっち?」

「じゃあ、『ブレード』でお願い」


 千佳は傍にある木に近付いた。その後ろでタイチたちが見学している。

 スタスタと普通に歩いて木に近寄った千佳が、一瞬の動きで腰に差している刀の柄と鞘に手を掛け、全身を使って抜き放ち木に向かって振る。


 グリムが見せてくれた居合術を真似て、日本刀の先にV字プレートを発生させ木の幹を斬り付ける。ちょうど五メートルの距離だ。


 直径二十センチほどの木が真っ二つになった。

「ええーっ!」

 タイチが声を上げた。抜き放たれた刀の軌道をなぞるように『ブレード』が発動したと分かり驚いたのだ。その発動までの時間はタイチなどとは比べられないほど早い。


 千佳が見せた生活魔法流の居合斬りは、タイチたちに大きな影響を与えたようだ。

 その後、五層でタイチたちと別れたアリサたちは、十層の草原エリアでアーマーボア狩りをした。もの凄い勢いで駆け回るアーマーボアを狩る。


 時々遭遇するブラックハイエナの群れは、全員で攻撃して殲滅する。

「ふうっ、こうしているとストレスが吹っ飛んで、消えちゃうような気がする」

 天音が声を上げた。


 それを聞いた他の皆も頷いた。

「そうね。二週間に一回くらいは、ダンジョンに来るようにしようか?」

 アリサの提案に三人が賛成した。


「そう言えば、由香里は魔法レベル8になったんだよね。『センシングゾーン』『オートシールド』『ハイブレード』『ウィング』の四つは習得したの?」

 アリサが確認した。


 由香里が嬉しそうに笑顔を浮かべる。

「もちろん、習得したよ。鞍もちゃんと作ったから」

 由香里が鞍を作った時、天音も一人乗りの鞍を注文している。


「良かった。そうだ、皆で飛んでみない」

 天音の提案で飛ぶ事になった。四人は『ウィング』を発動しD粒子ウィングを発生させると、空に飛び上がった。


 由香里の横に並んだアリサが声を掛ける。

「大丈夫?」

「もちろん、早くダンジョンで飛んでみたかったのよ」

 学院の訓練場で試しに飛んでみた事はあったのだが、自由自在に飛ぶのは初めてだった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 楽しそうに自由自在に飛び回る彼女たちを見ていた者が居た。冒険者兼ダンジョン写真家のヨウスケ・ミュルヴィルだった。ヨウスケは父親がフランス人で母親が日本人というハーフである。


「あの娘たちは、何者なんだろう。それに彼女たちが乗っているものは?」

 日本で発明された飛行の魔道具ではないのかと思ったヨウスケは、アリサたちが飛んでいる写真を夢中で撮る。


 ヨウスケは新しく発生した鳴神ダンジョンの写真を撮るために、フランスから来日した。まだ冒険者ギルドの許可が下りないので、水月ダンジョンの写真を撮って時間を潰していたのだ。


 ダンジョンから出て冒険者ギルドへ行ったヨウスケは、受付で空を飛んでいた少女たちについて尋ねた。

「ああ、彼女たちは生活魔法を習得しているんですよ」

 対応したマリアが答えた。


「生活魔法だって……初耳だ。生活魔法に空を飛ぶような魔法などなかったはず」

「最近になって魔法庁に登録されたものです。知らなくても無理はありません」


「凄いな。日本では生活魔法使いがダンジョンで活躍しているのか」

「この渋紙市では、生活魔法が見直されているのですよ」

「でも、鳴神ダンジョンで活動している生活魔法使いなんて言うのは居ないんでしょ」


「一人だけ居ます」

「信じられない、居るんだ。是非紹介して欲しい」


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